シンタックホーム 菅野照夫
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2011年08月28日

171日目 お菓子のCM

このたびの「東日本大震災」に際して、
「職人がつくる木の家ネット」
NPO緑の列島ネットワーク」の
皆様はじめ多く方々に御見舞いやら
励ましのお言葉を、そして物資の
ご支援を賜りまして、
終生忘れることが出来ません。 

こころより感謝申し上げます。
ありがとうございました。

  
この震災に議員さん市民に何をしたのか・・・・・・・・・常に自分際良ければ後は無し
 お菓子CMに「かっぱえびせん」という有名歌があるが、ナゾッテ言うと 
面白
い。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

CM
ソングの歌詞を紹介します。
 

題 『かっぱえびせん』
 

やめられない 
やめられない

かっぱえびせん (パクパク)

 
とまらない 
とまらない

かっぱえびせん (パクパク)
 

やめられない とまらない

やめられない とまらない
 

やめられない とまらない



カルビーのかっぱえびせん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・凄い歌詞です。 


「総理大臣」を決める選挙
 

「県知事」を決める選挙

「県議会議員」を決める選挙
「市議会議員」を決める選挙
 

「総理大臣」の選挙は国民に関係ない無縁選挙・・・・・空の上で決まる。
そして雇われマダムのように使い捨てされ、足跡は「歴史」にのこる。

恥ずかしい。
  そんなこと恥ずかしいなんておもったら出らえません。
面の皮が厚いから出るので恥ずなんて言葉は学校でも無視してきたから、

勝手な大儀をもって出馬するんだね。

昨日辺りから県知事が被災地
めぐりで過去4年の実績を披露する・・・・・・パチパチ

 
今後4年間の構想に被災者は・・・・・・
シーンと静まり。
支持の議員だけが拍手。?

これから出馬する方々はポリーシなどはない
ただと出たいだけ、
河童えびせんの歌の通りが大部分、

自分と自分の仲間が
当選すれば、
4年間適当な事をして飯が食える.。

 
やめられない とまらない

やめられない とまらない・・・・・・・・ハイそれまでよ。


果たしてどなたに栄光が・・・・・・・・・頑張ろう。だって



posted by kanno at 08:53| 岩手 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月27日

 大震災から 170日目 月日の経つのが早い

このたびの「東日本大震災」に際して、
「職人がつくる木の家ネット」
NPO緑の列島ネットワーク」の
皆様はじめ多く方々に御見舞いやら
励ましのお言葉を、そして物資の
ご支援を賜りまして、
終生忘れることが出来ません。 

こころより感謝申し上げます。
ありがとうございました。 

 
この頃頻繁に発生する「余震」、処が庭の
周囲の木々の異常差が目に付く
庭先には、
高野槙・ツバキ・桜・エンジュなど、その他の
木々にも異常伸びて
いる。毎日と言って
いいほどの地震の性ではないのかと考えるが。
 
恐らく入大きな立ち木ほど「根」が揺れて、付根の
隙間から表面から色々な
栄養素が浸透し
ているとしか考えられないのである。


市道から家の入り口付近
エンジュの女木と男木
など精力を伸ばして伸びているようだ。
 

西側の木などは栄養素の行き方が不味いのか
例年葉のつきも悪く「ガス木」だと
思っていた
3月の震災以後の葉の色、枝の伸びようと
異常である。

南面の隣家が
境界ぎりぎりに建っているため、
日光の辺りが悪く、正直な自然界は日当たりを
求め
とにかく日の当る方に伸びている本当のようです。
 

北面の加工場の日陰でとにかく毎年日の当る方に
伸びのは当たり前と思って
いたがそれでも、今年は
異常年である。「山」に色々苗木を植えてもそうですが
沢の低い所の「木」ほど伸びは知っていたが、自然界
とは競争社会であるのは
事実、遠くから山の木々を見ると
凸凹なく成木になりますが、伐採するとこんなに
凸凹
だったのか驚くことがあるが正にその通りである。
 

「人間界」も同様、何ですか今回政界の出来事は正に
成木の立ち木と同じでは
ないのか口先3寸で飯が食える
輩の行いは、「民」を担保抵当にして、己等際
よければ
後は野となれ山となれでは、超不在の「旦那」選びでは
「民」は奴隷と同じ
ではないのか。何をしているのだ「津波」
被災者が立てないような餓鬼の争いを
何とかしないと、
全ての国民は一斉に「毒」を飲ませるような事では
クーデター
でも起さないと国はよくならないと思う。
・・・・・・アホナ連中ではこの先真っ暗だ。
 

自分の「ブログ」について、埼玉県久喜市「釜a田工芸」
の和田さまには皆、
早く菅野の再開を待っているので何でも
「身近な仕事や木造」についてのことを
書いてくれと懇願され
もうし訳なく思っておりますが何とか努めているのですが
今回の震災が影響してどうも捗りません。本当に申し訳なく
完全回復までは程遠くもうしばらく勘弁してください。
 21日から
書いてる「ブログ村」伝統工法住宅ランキングも休中もズート
6位を
キープしていましたが昨日は2位まで上がり、多くの方々の
アクセスに感謝
しております。ありがとうございました。

勝手な書き方で申し訳なく。
今後ともよろしくお願いします。 
尚、写真等も多く撮影していますが編集まで手が回らず後日
掲載したいと
考えていますのでよろしく。








 
posted by kanno at 07:43| 岩手 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月26日

169日目「大震災時」の建物

このたびの「東日本大震災」に際して、
「職人がつくる木の家ネット」
NPO緑の列島ネットワーク」の
皆様はじめ多く方々に御見舞いやら
励ましのお言葉を、そして物資の
ご支援を賜りまして、
終生忘れることが出来ません。 

こころより感謝申し上げます。
ありがとうございました
 

この頃頻繁に発生する「余震」と言うか、大震災後の揺れ戻しか・・・・・・・・・・?

 我家は昭和46年(1971年)築、オイルショックの始まりno
馬鹿景気の始まり
時に建てました。

予算もなく目と鼻先に住んでいる「師匠」が引き受けて
くれて
何とか現在まで住んでおり、間取は冠婚葬祭を考え、
畳敷の和室を主体が
当時の考えであり、構造的には「師」の
考えが多く盛り込まれており、勿論我も
それが当然のように
異論もなく当時建てました。

壁が少なく、現在の「建築基準法」
では完全なる「既存不適格」ですが、法が謳う
「耐震改修」
などは行なう気がありません。
 

(余談)丘の上の畑だった所を、機械で整地、
余分な土は斜面に押し出し完全なる
地山だった上に
建てたので、建物の狂いは時々検査していますが狂いや
歪みはない
ので後を継ぐ家族には法的には適合
しないけれど、現法律どおりの耐震改修は
行なわないと
宣言している。

出入りの勿論設計者などにもお金がかからないので
今遣ったほうがよいのではとアドバイスされますが、
行なう気はありません。

万が一倒壊しても国は面倒見るわけでもなく、
被災しても手を貸しでもなく最後は
自己責任であり、
それで命を失っても自業自得です
責任は自分にありです。
 

今回の「東日本大震災」時にも運よく、自宅の作業場で
仕事を行なってたので
発生時から建物の揺れを観測
避難した庭先で屋根から基礎まで観察できた
のです。

我家は海抜35mの所にあり、津波は
此処まで来たら海抜30m以下が全滅である。


我家に上ってくる辺りに市道工事の際貝殻は出た所があり、
推測すると「貝塚」が
合ったのだと地元学の歴史の先生に
言われた記憶もあり、古代人もこのような高い
場所で暮らした
跡ではないのかと思う。

その先生曰く、陸前高田市の貝塚は大体
海抜30m付近に
点在しており、間違いなく過去に避難生活でこの辺りに
住んで
いた確証だと思うのです。(海抜35mは今回1m以上
沈下で後日正確高さが出ると思う)
 それから時代を経るうちに
海から遠い所では暮らしてゆけず、平場に下がり
暮らしてきたのだと
想像できる。忘れた頃に「大津波」来るという口伝が今回も
生かされないのは残念である。・・・・・・・・・・・・・


歴史事実を解明できない
研究者とは本当に研究者と
言いないのではないかと思う。

今朝の新聞記事です。・・・・・・・・今になって気がつくなんて
可笑しいです。
再考して当然であり、卯の上れ研究者は謙虚になって、
国民に事実は懸命だと思うが反論される方がおりましたら
遠慮なく書き込んでください。法に間違いあるという事を
気づくのは工学の使命ではないのか。

と考えますが如何なもんでしょう。平民より「学」があり
国家国民を考える学者なら皆感謝すると思う。









posted by kanno at 10:43| 岩手 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月23日

166日目「大震災後」以前と変った事

このたびの「東日本大震災」に際して、
「職人がつくる木の家ネット」
NPO緑の列島ネットワーク」の
皆様はじめ多く方々に御見舞いやら
励ましのお言葉を、そして物資の
ご支援を賜りまして、
終生忘れられません。
 

こころより感謝申し上げます。
ありがとうございました。
 


この頃頻繁に発生する「余震」と言うか、大震災後の揺れ戻しか・・・・・・・・・・?

頻繁に発生は次を予感させるのです。 それとは、地震が来る直前、
音が凄いのです。
地鳴りと言うか・・・・・
地の底からの大きな叫び声とも思われる。 

仕事部屋は電柱の「掘った手柱工法」一部
2階建てなので、
結構揺れが
ダイレクトに入り2階は特に震動を拾うのです。

現代の法律で造る建物なら揺れは多少少ないと思うが筋交いも
ない
建物は電気を引く電柱と同じで「地」の揺れに対して抵抗しません。
 

勿論、人が着物の帯を締めたようには造ってあるが、地底から来る
震動には
抵抗すればするほど人と同じで力んでも始まりません。

この地上は地下で起きる動きに対して抵抗しても始まりません。
 

今回大震災後「人間」が構築したものは、初期の震動が海水に伝わり
水動かしその力「大津波」として波状、力が大きければ大きいほど
加速したと
思うのです。 

とにかく地震研究者から聞いて見たいが、恐らくこの地下に
大きな割れ目か
空洞が出来、地下からの呻き声となって
地上に伝わってくるのだろう思う。

以前は地震が来るのは予地は出来なかったが、今では
10数秒前に
前ぶれが
頻繁である。 

研究者は遭遇していないからこのような話は理解できないだろうが
この地に住む我々には以前の地震と違うのは肌で感じていると思うのです。

 
誰か「ものしり関係者」のお話を望むものです。



 
  
posted by kanno at 07:02| 岩手 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月21日

164日目

201103111446 「東日本大震災」被災より・・・・・・・164日目  
このたびの「東日本大震災」に際して、「職人がつくる木の家ネット」
NPO緑の列島ネットワーク」の皆様はじめ多く方々に御見舞いやら
励ましのお言葉を、そして物資のご支援を賜りまして、終生忘れられません。 

こころより感謝申し上げます。ありがとうございました。
 

時間が経つに従い、多くの知人友人建て主らの多くがまだ何処で
発見されずに居り「ブログ」を書けませんでした。

でも毎日掲載されるを
待っているので書いてくれと再三電話等で
要請され、過去を忘れる
ためにも書いて忘れようと思います。 

8
月の上旬被災地岩手県「陸前高田市」は全力でサポートした
自衛隊の
部隊の引き上げ、避難所の閉鎖が行なわれ、
取りあいず仮設住まい
ながら、今後を考える時期となり、
9坪とは言い狭い仮設棲小屋くらしで暑さを乗り切ろうと前を
向いて歩いています。
 

しかし、世界から笑われるフシダラ「政治」の御蔭で
国のお金が全然
回りません。誰のための政治なのか見ての通りです。

一番困っている津波被災者・原発爆発放射能被害者などは
蚊帳の外での
「政」では開いた口が閉じるどころか、腮外れたの
も知らずして我利我利
亡者では被災者・被害者国民、
飛んだ無能政治屋を選んだ付けと
トバッつりがきました。


次の選挙では現在の与党も野党も充てにはできませんので
変えないと
国民全部が首を吊るしかないと思う。
昨年旦那に着いた時の顔相から
言ってキツネ顔相見事に当りました。

己が努力せず仲間の功績を横取り
では信ずる仲間も居るまい。
「御方」に「赤い腰巻」を頭から被せられて踊る
キツネの旦那では
騙される「民」は哀れと言うしかない。

 
こんな「稲荷様」では本当に祭っている神社を頼んで「アブラゲ」を
預けて
官邸から出てもらはないと民が困る。壱円の御賽銭預けて
退散してもらうほかない。

早く縁切したほうが良い。




posted by kanno at 12:41| 岩手 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月04日

何で流れなかったの?

0002.JPG0002.JPG
四月四日 大船渡、まさか・・・・・・大きな瓦礫中に平成6年建てた家が残っていた。
何で周囲と同じに流れなかったのだ見るも無残な形、しかし「凛」としている。

前の家が覆いかぶさり後は外材の流木えぐり取られ、少し傾きながらも、瓦礫に
囲まれて入る事ができない。・・・・・本当に生き残ったものとして悲しい。・・・・・・
建て主の爺様が孫にと建てたのが、この震災を見ることなく2月に他界。
見せなくて良かった。

建てる時の思いが残り今後建てるのを止めようとも考えた・・・・・しかし世の中は
それを許さない。・・・・・・・・・・・またもや他の人建ててくれと非情である。

しかし家族が無事なのは何より。・・・・・安心したのです。



posted by kanno at 04:54| 岩手 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年06月02日

宮城県石巻市北上町に支援物資を届ける。

3月31日 宮城県石巻市北上町に支援物資を届ける。
P1050423.JPG P1050437.JPG
4時前           峠越え

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P1050444.JPGP1050443.JPG

追分温泉脇を通る


確かに我陸前高田市と同様酷い惨状である。

P1050449.JPGP1050451.JPG
北上川左岸道路

朝の4時前に出発、瓦礫に阻まれ本吉町で内陸方面に迂回。帰りの明るい時間なら確認出来そうである。

P1050442.JPGP1050443.JPG

          追分温泉

60数キロで米谷「登米」周り北上川沿い下り、津山から「追分温泉」の峠越えを回った。正解である。

仕事の関係で何度か通過、その仕事は子供の多くが犠牲になった「大川小学校」新築工事20数年前、応援で1週間ほど通うた道でもある。・・・・・・・当時を思うと可哀想である。
P1050475.JPGP1050466.JPG
見るも無残な瓦礫

鄙びた温泉宿の脇を通り段々夜が明けてきた、避難の方々が朝の空を見上げている。其処を通過すると、萱葺職人集落にでて北上川左岸の凸凹道を相川避難所を目指して走行。
P1050461.JPGP1050452.JPG
何処みても無残


家をでて2時間半、普段より1時間余計掛かり到着。165人が避難している相川センターに到着。・・・・・・後は後日。

P1050503.JPGP1050490.JPG
支援物資を佐々木氏に・・・・・・怖い姿・・・・くたびれている。

次回は避難所周辺・・・・・・・・・・

写真を2度クリックすると拡大写真になります。




posted by kanno at 18:57| 岩手 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月31日

第1波津波・・・・・・野島の岩肌が消えた

MEMO0010.JPG
第一回最高潮位、対岸石垣が引き波に・・・・・・・
次回は拡大します。この後恐ろしい風景・・・・引き波が嗚呼

15時34分であった。

縄文遺跡+貝塚

 

1千年に一度あるかないかないかの大津波。
スパンが長いと人は「間」を忘れるのだと気がついたのです。

我が家海抜35mの丘の上、歴史学先生(施主)に我が家の手前20m付近の畑の角に
「10年位」前、道路建設時に貝がたくさん出た、正月年始祝いに訪ねてきた。
その貝を見て、昔、貝塚があったのだと教えられた。
その時の話では陸前高田市内の貝塚は標高30m付近にあったと聞かされた。

MEMO0010.JPG
野島の岩肌が見えない。普段の野島は後日

そうすると「縄文」時代あたりからこの付近に人が棲みか構えていたのだと
想像がつく、当時人類も水辺の近くに住んでいたののだと解る。危ない所に住む現代人より
危険察知が早い古代人らしい生活であり。今回大津波で疑問が解けた。

MEMO0078.JPG引き波恐ろしい風景です。近景は後日
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

漸くブログにたどりつきましたが、写真掲載や長い記事を掲載は光通信が
正常に成ってから出ないと無理なのでしばらくはギリギリで掲載します。

津波の詳細は

失礼を・・・・・・・・・・・・・・・シンタックホーム・菅野 照夫



posted by kanno at 14:34| 岩手 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月29日

記録 大震災

P1040401.JPG昨日市内全域で電気がつきました。今日で震災80日目です。

津波第1波

2011 03 11000 被災より・・・・・・・80日目 このたびの「東日本大震災」に際して、「職人がつくる木の家ネット」「NPO緑の列島ネットワーク」の皆様はじめ多く方々にお見舞い、物資のご支援を頂きまして、終生忘れられません。こころより感謝申し上げますありがとうございました。


 
3月11日午後3時46分東北地方は 天地が突如引っ繰り返り、地鳴りと共に大地が大きく長く揺れ人々は右往左往し、隣人は家にいることができずに我が家にオッカナイと身体を震わせて駆け込んで来た。とにかく収まるまでの間安全なところに身を於くしかないのです。 そして、人々は破天荒な行動に変わったのです。


11日には車で1時間も掛かる「釜石」山仕事に行ったまま、翌日の昼まで不明の侭帰らずの、娘の亭主には何をさて置き、多くの皆様に無事を知らせる事が先と考え、腰から下は泥だらけになりヒョコッリ帰った事などを忘れ、途中被災しないであろう、「
NPO緑の列島ネットワーク」理事長大江忍氏(愛知県日進市)と「職人がつくる木の家ネット」持留事務局夫妻に際連絡すれば後は何とかなるだろうと考え。 13日に内陸の4号線沿いの町には携帯電話での連絡可能だろうと考え依頼したのです。


この先どうなるか予想できず動く事を考えると車の燃料を手当てしないと動きが取れないと予想、あるだけのポリ缶を用意して買うこと、炊き出し用米の精米するためにとにかく燃料が先・・・・・・・・勝手だと娘に雷を落とされたが御かげで炊き出し支援の米の精米ができた。
  

続く・・・・・・・携帯より。上手く繋がりますよう。光ケーブルまだまだです。
 

直後の校庭
P1040394.JPG
posted by kanno at 19:35| 岩手 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年01月30日

一隅を照らす「伝統構法」

「一隅(いちぐう)を照らす」という言葉は、比叡山を開いた
天台宗「伝教大師・最澄」の『天台法華宗年分学生式=山家学生式)』
>より出典したものです。

0130-00.jpg21日関係者で見学 

漸く、一隅を照らす」いや「千隅を照らす」が本当だとも言
われている。
わが国の生活様式の基は、平安初期同世代に生きた真言宗「弘法
大師・空海」との
教え2題が現代にも面々と根底にある。
 封建社会を打破し、近代国家に開国した「明治維新」にし廃仏
毀釈によって
伝統構法より洋風建築のつくりが・・・・100数十年経て
現代跋扈しだしたのです。

国の中枢を握る国大系(東)が戦後我がもの顔に銭の方角に向きを
変えて来たのだ。
 それはさて置き、2007年建築基準法改正で
「伝統構法」の息の根を止める
「法」によって木の家を建てる法に
難しくなったが、我々伝統構法つくりの
輩が一握りと見られたのが、
この
3年の間に全国から多くの木造関係者の声が
上げてきた。

0130-1.jpg関係者の損傷検査

本当はこの3月で方向が決まる予定で始まったのが、認めたくない
研究者が先になったお蔭で、振り出しに戻り、根本からやり直しと
なって
漸く1年が経とうとしている。 理解ある研究者の尽力と、
途中で終わりにしないと言う「国関係者」が奔走
した結果、出直し
1年の集約が目に見える形の「実大実験」が正月明け直ぐに
始まり
3週続けて行なわれ、当初の予想以上の成果を上げることが出来、
1月21日に完了した。

後は数値化したものを3月
19日と26日に成果の公表が
待たれる。
尚、19日「京都」26日は「東京」でフォーラムが開催される。
 
この1年準備と本物の「石場建て」工法を兵庫県三木市の「E−ディ
フェンス」に
於いてこの一月3週に渉り実験が行われたのです。

0130-03.jpg桁行・梁行隅柱挙動

(随時報告)
は「NPO緑のネットワーク」が行なったのです。 

NPO緑のネットワーク」http://www.green-arch.or.jp/dentoh/index.html 

参加者・見学者等の報告
 

宮内棟梁ブログ 
http://kinoie-miyauchi.seesaa.net/article/181855261.html
岩波さんブログ http://sanwa.shiga-saku.net/e564249.html
松井郁夫ブログ http://kinoie-matsui.seesaa.net/article/182604264.html
沖野棟梁ブログ http://blogs.yahoo.co.jp/kasiwazima12/27951503.html
草野設計ブログ http://kinoie-kusano.seesaa.net/article/182413632.html 

宮内さん岩波さん多くの関係者の皆様、舞台裏ご苦労様でした。

来年度に向け、我々「構法・歴史部会」全国の江戸末期以降の
「重文」木造建築の構法調査を急がねばならない。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

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29日の訪問者 (PC内133件)訪問者各位ありがとうございます。

ではまた次回・・・・・・・・よろしくお願いします。

posted by kanno at 07:20| 岩手 ☁| Comment(1) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
 
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