シンタックホーム 菅野照夫
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2009年05月27日

木の「100日の行」

製材所から加工場を経て、この地にお嫁に来た木材が、落ち着く場所が決まった「き」はこの先何10年若しくは100年は、この地で雨風に叩かれながら生きながられるだろうと思うのです。

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木は割れるのが当然です。そこでその割れを誘発してやると素直に割れてくれるのですが、中に己の力で割れを起こし材もあり大変です。

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外壁から飛びでている母屋や棟木などは常に大変な環境に置かれるわけです。今回も含水率の高い材だったので、電動丸鋸で材の表面に誘発するように鋸目を入れ時間が経つのを待ちました。

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確かにノコメとおりに割れが発生し、ギザギザな割れは1本だけでした。材巾の真ん中が素直に割れ、余りみっともない姿ではないので一安心です。確かに収縮方向が1本1本違うわけですから、これなど見た目からも本当に大変だったのです。

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2009年05月22日

旧「たばこ倉庫内部」見学

春になったら色々と突然が重なりブログにまで手が回らずご無沙汰しました。

P1030813.jpg真中付近から奥方向

戦後昭和20年代後半に建てられた桁行30間・梁間8間坪数300坪の木造の倉庫、現在はJAの肥料などを保管するため、まだまだバリバリの現役で使用されているのです。

P1030810.jpg桁から3間の所の中間柱と火打ち・四方方杖組

建てられた当時、周辺は田畑の野原に巨大な建物だと子供心に記憶しており、もちろん中などにはトテモ入れるなど、国・旧「専売公社」の管理施設だったのです。今は農業関係で時々中に入るが、いつもカメラを忘れるので、内部構造写真を撮ることが出来ませんでしたが、今回運よく撮影できた。

P1030809.jpg梁受け方杖組

戦後のどん底時代、米つくりだけでは生活が間に合わず、農家は収入を得るため近郊近在では皆葉タバコを生産したのでこれだけ大きな倉庫が必要だったのだと思うのです。それにしても木材の豊富な時代と、全て手つくりで良く建てたものです。このあたりが国策事業でなければ出来ません。

P1030812.jpg中間柱に柱表面保存のための保護板、受け束石の出っ張りの削除

内部は車、馬車・トラックが自由に入れる二間巾の通路に二間間隔で中間柱が建っている。
梁間8間は桁から3間の所に受け桁と柱、そして真ん中2間を置いて受け桁と柱、次の3間は左右対称という単純な構造、小屋組は合掌組です。内部壁は全部5分板壁で仕上げ湿気を嫌うので、可也の神経が使われた想像されます。


P1030815.jpg桁方向の取り付け方杖・火打ちおさめと板壁

外部はモルタルペンキ仕上げ、屋根はセメント瓦葺です。この建物は「戦後遺産」であり「登録有形文化財」の候補になりうると思うのですが、「市」はどの様な考えを持っているのかいつか機会があったら聞いて見たいものです。

P1030808.jpg真ん中付近から入り口方向を見る。


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2009年05月02日

長い「構造材」

12m超えての1本材は、幾ら優秀な「大工」が継ぎ手を作って1本ものになっても、強度は半分も無いのが、先人からの教えです。
現代工法は、構造計算と補強金物を使用することによって大丈夫だと言いますが、それは後からツケた理屈であって、立っている木をそのまま倒して使うのが「木なり」と称して安全なのだと叩き込まれてきた。

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先日建てた建物も全て、継ぎ手がありません。しかし組むのには大変だと、若い大工さんは嘆く、その複雑な組み方が、完成した後に真価を発揮するのであって、金物を使ってOKとは訳が違うのです。

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それが「本物」ではないのか、金物をめたらやたらにやっつけ仕事で出来た建物では長きにわたり安心というものないのです。仕口なども難しくなく「込み栓」を刺して組んだものは絶対と言い斬れるほど破壊は無く、そのような仕事より「ボルト金物」などの方が後で楽だと直ぐに逃げてしまうなんて、「木を売り買い、加工刻む時、組み立てる時」以外は「金・・・・物ー銭ー工具」は要らないのが本当ではないのか。

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2009年04月28日

続 これが気仙大工の「伝統構法・木組み」だ

伝統工法は「壁」(土壁が主だ言う方々は、「木組み」の強さを知らないからであり、基準法の壁耐力にしか目が行かないのである。先人が考えたのは、ホゾによる強度を如何に工夫するかしかないが結論であり、社寺などで考えだした1つに、ダボによる木組みで組むということを考えがある。

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写真の建物などもホゾをなるべく太く、それに比例して長くすることで木組みの「強度」が出来ると考えがこのような建物をつくって来たのだと思う。梁・桁(下梁・下桁)の木巾を大きくして、それに比例して「穴・ホゾ」決め手いるのです。だからゴツイ大きさが判る。それを更にもう一本(上梁・上桁)までホゾを貫通、例えば「和服」に帯を締めた形にまで、変形しない工法になったのです。

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現代工法の胴差などは、着物の肌着の紐みたいなもので締めても、どう考えてもそれはやはり強度が出来る訳がない。それを「実大試験」で証明されたのです。建物は「高さ・広さ・大きさ」に比例して考えるのが本当ではないのか。上・下梁の間隙は多きな木材が入っていると同じなのです。貫なども、内法貫と地貫だけの無駄を一切省き、柱上部を固めることと更に柱がバラバラに動かないように「地貫」支えるというのが、伝統工法のつよさなのである。 (別建物の写真・解体中木組み)

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貧弱な材料でつくっても、長期にわたり強度は不可能であり、消え逝く古民家などの材料が、再生が効くのは太さ、五感の目に見ての安定感などにも繋がるからではないのか。難しい計算の羅列も良いが、長く棲めることであり、無駄なエネルギーを使って環境破壊しながら建てる愚かさは、銭の亡者が住むためではないと思うが如何な問かと思う。
(別建物の写真・解体中のホゾ)


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(続く)


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2009年04月25日

これが気仙大工の「伝統構法・木組み」だ

ブログご無沙汰しました。腹据えかねての投稿です。

気仙から内陸に向かう国道沿いに骨組みだけの「木組み」建物が建っています。
建て型から言って、明治乃至それ以前の建物ではないかと推察する。もちろん石場建てです

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現在、国は「伝統的構法」(20年度)なる委員会を立ち上げ、3年間で伝統工法を解明しようと全国から地域の建て方組み方などを検証するために、要素試験・実大実験など行なっているが、所詮材料が「基準法」仕様の中でナントカならないかと研究者の頭を悩ましているのです。

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首都圏の古民家再生の棟梁に写真を見せたところ関東周辺には見たことがないということでした。それではこの組み方はこの地域独特ではないのかということです。

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下梁に柱ホゾを通して、そのまま上の梁まで貫通しているのです。もちろん梁などの巾も大きく、柱穴などもトテモ大きいです。そして上梁の下端で再度ホゾ肩をつけてホゾをいくら細くして収めてあるのです。

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このような組み方は、現代のピン工法より何倍と変形が少なく、もちろん筋交いなども不要です。妻側から組んで、桁行そして小屋梁と木組みをして収めます。これが本物の「木組み」であり、計測していないが、解体時などには骨組みを外しのに大変苦労します。(次回作り方詳細などを・・・続く)

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2009年04月06日

「木と人」

木を人に例えると、生きて生かされるは「夫婦」みたえなものであると思うのです。
木は大きく成長するには、土壌が確りしている事が大事であり、ハッキリしている木は「杉」の木です。良い土壌に根がつくと、皮に近い部分は白太、芯は赤身であり、それが段々年月年輪を重ね、太く大きくなるに従い、赤身部分が太さの大半をうめるようになる。

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白太(自由水)は、春の彼岸から秋の彼岸までは「水」を吸え上げるために活動する「男」と同じである。秋から春は水を下げ、冬場は凍害の割裂の予防を行うが、芯に近い赤身(結合水)はその間に表皮から遠い白太を段々活動が鈍るため、脂分の赤身に変えていく、だから赤身部分は人で言う「女」に変化していくのです。

活動を止めた所謂伐採すると、表皮に近い白太(自由水)は「水」を含み気温が高くなると、腐食作用が始まるのです。成長する時には必要だったものが伐採の後は早く製材を行ないと白太の良さがなくなるのです。そして2年も外に置くと白太は完全に腐食してしまうが、芯の赤身(結合水)は、同じ木なのに、赤い部分は全然腐食はしないのです。

P1060612.jpg


・・・・専門語・・・・[日本大百科全書(小学館)]

自由水(例えると「男」)
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E8%87%AA%E7%94%B1%E6%B0%B4/
化学的にいって種々な程度はあるが、結合している状態にある水を結合水というのに対し、それ以外の通常の状態の水を自由水という。たとえば沸石中に含まれる沸石水や、シリカ、アルミナなどの含水酸化物に含まれる水など、結晶構造の層の間のすきまに入り込んだだけで、結晶水ではないようなものがそうである。また水溶液中やゲル中で、溶質となんらかの相互作用のあるものが結合水であるのに対し、なにも相互作用のない通常の水が自由水である。これは広く、生体や土壌中の水でもそうであって、それらの構造の中に引き付けられている水を結合水というのに対し、引き付けられていない、自由に移動できるものを自由水といっている。生体では一般に、自由水が多いと、生理的変化は活発になる。

結合水(例えると「女」)
http://100.yahoo.co.jp/detail/%E7%B5%90%E5%90%88%E6%B0%B4/
生体、土壌などに含まれる水のなかで、濾過(ろか)や風乾のような簡単な操作では除去できない水をいう。それらの構成分子あるいは結晶と、水素結合以上の強い相互作用で引き付けられている水と考えられている。結晶水や親水コロイドの安定化に寄与する水が例である。鉱物では、粒子間に物理吸着した水も簡単な操作では除去されないことがあり、現象的には結晶水との区別は困難である。なお、結合水に対して、除去が容易で移動が自由な水を自由水という。

自然とは「木も人も」同じではないのか。
「男」の放蕩、「女」の種の保存・・・・・・・それが自然では。




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2009年02月05日

改修・模様変え工事は難しい

模様変え工事、全面改修なら楽ですが部分工事なると残しところと、新装部分をどのように取り合わせるかの判断は今までの見えない内部はどのように収めてあるのか、壊さなければ不明が多い。 既存の「和風」出窓を撤去したら張り出し玄関壁に多くの部分が埋め込まれてあり、解体してから、アーアーとなる。 FI2616536_1E.jpg 40年近く前の工法を洗い出さないと無理です。写真 工事前ましては出っ張っている当時玄関構造のタイル張り腰壁などは、樋の雨漏りなどで蟻の棲みかともなっていることが多い。 工事費を多くかけずに仕上げる難しさと増して一番目に着く場所と来る。また元のように収めるのも工期がない。写真 出窓取り外したらあーあーです。タイル仕上げに戻しか新しくするか難しい ・・・・・全体を考える。 FI2616536_2E.jpg FI2616536_3E.jpg          無難な「木」で現した方法がベストと決め、2日かで仕上げるように指示、材料を吟味した結果、住まい手も出来上がったら納得の感じ、職人さんがよかったと感謝されニンマリとしているが、住まい手は心の中で喜んでいるようしだった。写真 下見張りで完成
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2008年07月27日

漸く「伝統構法」継承の第1歩

今月12日、「これからの木造住宅を考える会」(略・これ木連)が昨年「改正(改悪)建築基準法」が施行されると同時に、この法律に異議を唱えた「6団体」(優良工務店の会、職人がつくる木の家ネット、日本民家再生リサイクル協会、伝統木構造の会、緑の列島ネットワーク、日本曵家協会)が垣根を越えて結束、シンポジウム「このままでは伝統構法の家がつくれない!」が、新宿の工学院大学で開催した。


昨年、9月14日からの国と意見交換を皮切りに、国土交通省(住宅局・建築指導課)と数回意見交換会を行ってきた。その意見交換会で「改正建築基準法」の矛盾が数多く指摘され、国はいったん決めた法律を意地とメンチで改正できない国土交通省(住宅局・建築指導課・木造住宅推進室)は、今後の打開と法整備のための色々な施策を考えだし、H20〜22年の3年間で「伝統構法」の位置づけをすることに決定、4月に「伝統構法」の委員会が立ち上がった。


そこで、「これ木連」は拙速に国、研究者、実務者が一同に介し,伝統構法の法律への位置づけについて話し合う「このままでは伝統構法の家はつくれない」シンポジウムを企画開催した。



当日の詳細内容が「職人がつくる木の家ネット」「JANJANニュース」で公表になった。

―写真― 
1.大勢入場者受付 
2.会場は超満員 
3.入りきれない方はロビーの大画面で 
4.最後にネット会員寺川さん、宣言文読み上げ 
5.100名定員の懇親会も超満員で会費未納もちらほら、大目に見ましょう。・・・・・・
熱気がムンムン、飲み物ガンガン、会話はガクガク、意気揚々と、
今後に繋がるでしょう。 ・・・・・・でも3年待のが辛く悲しい。


「職人がつくる木の家ネット」が4部にわたり詳細を

http://kino-ie.net/act_011.html

http://kino-ie.net/act_012.html

http://kino-ie.net/act_013.html

http://kino-ie.net/act_014.html

7月12日の記事が昨日「JANJANニュース」
http://www.news.janjan.jp/

【もうひとつの“官製破壊”「伝統構法も崩壊の危機」でフォーラム】
http://www.news.janjan.jp/living/0807/0807232704/1.php

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2008年07月26日

地震の揺れと強さの判断

「震度7の建築経済学」いわて北部地震、気になったお墓の「縦と横」

激震「バーンときた」 料理店の食器粉粉

―写真― 洋野町墓石倒壊(朝日新聞)

現在、地震の震動強さを表し機器が多くあり、またそれによっていち早く我々が取得できることは良いことです。



しかし昔の人は、色々な自然界の物の動きから判断していたのです。義務教育しか受けなかった自分は、色々師匠に巡り合い話の中から聞いたことは、周りの物の動きから会得するのが一番と教えて貰った。

地震のとき身近と言うと、先祖代々の墓地の墓石の動きです。今回の「岩手・宮城内陸地震」「岩手県北部地震」強さから言うと、後者の北部地震です。前者の時には震源地が近い割に、墓石の動きがなかったが、先日の「岩手県北部地震」では墓石の全部とは言わないが、一部にずれが現れたのです。

―写真― 我が家の墓石のズレ




谷を埋めた部分の丘との境付近、真東の方向に建っている墓石が15度ほど時計の逆周り方向に回転したのです。生まれてこの方大きいと思った地震は1978年6月の宮城県沖地震、まだ墓地が山肌にバラバラに点在していたとき、自然石の墓標が結構倒壊したのです。5年前の「三陸南地震」のときには倒壊は灯篭など壊れたが、墓石のずれは結構あったのです。

底辺の大きさ2倍の以上の高さ縦長の「棹石」は現在倒壊防止のため、ダボを入れてなるべく倒壊だけは防ぐようになってきましたが、建物に例えると現代工法の2階建て住宅と同じです。逆に横長なら倒壊の可能性は低いのになぜか「地震国」でありながら、縦長なのです。まあ「天地」という論法から行けばその通りかもしれない。

震度とかマグニチュ―ドとかより、一番手っ取り早いのは、建物被害と墓石の倒壊は比例している。墓石が倒壊するとかなり大きな地震だと言います。この1ヶ月の間に起きた地震を比較するのには良い勉強になりました。

―写真― 一番大きくズレた親類の墓石 陸前高田市震度5弱




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2008年07月25日

「伝統工法」とは地震体験の積み重ね工法である

7月24日、産経新聞記事から・・・・・

<<<【東北地震】震度6強、でも被害が少なかった理由は?>>>


最大震度6強、地震の規模を示すマグニチュード(M)は7・2。24日未明に発生した岩手県沿岸北部の地震は、広範囲で強い揺れが観測されたが、全半壊などの家屋の大きな被害は確認されなかった。

 筑波大の八木勇治准教授の解析によると、地震エネルギーを示すモーメントマグニチュード(Mw)は阪神大震災(平成7年)と同じ6・9。阪神では6400人以上の犠牲者の約8割は倒壊した家屋や家具の下敷きになった。この違いは、地震波の特性によるものだという。



東大総合防災研究情報センターの古村孝志教授によると、一般に周期の短い地震波は小さな構造物を激しく揺らし、周期が長い地震波は大きな構造物をゆっくりと揺さぶる。阪神大震災では、木造家屋などの被害に強く影響する周期1〜2秒の地震波(キラーパルス)が強かった。

 今回は、周期が0・1〜0・2秒の短周期地震動が強く、キラーパルスがほとんど含まれていないことが、古村教授らの解析で分かった。プレート(岩板)の内部で起きる

地震は、短周期の地震波が強く出るという。メカニズムは異なるが、6月14日の岩手・宮城内陸地震も、キラーパルスは弱かった。

 一方、岩手県洋野町や青森県八戸市の人たちは、被害が軽微だった背景に、耐震性の高い住宅が多かったことや、防災意識の高さがあるという



「古い家は自分たちで山の木を切り出して建てたものが多い。都市部で建てる普通の家の3〜4倍の太さの柱やはりを使っている」と、洋野町種市の測量設計事務所社長、酒井義隆社長(51)。別の建築士は「古い大工は柱と土台、金属の留め具を使わずに柱と梁(はり)を組む。異物を使わない分、揺れを吸収しやすいのではないか」と分析した。

 八戸市の無職女性(70)は「戸棚は引き戸のものを選び、茶碗(ちゃわん)などが飛び出さないようにしている。ここは地震が多いから、古い人はみんな防災意識が高い」と話した。

 同市周辺は平成6年12月の「三陸はるか沖地震」をはじめ、多くの震災を経験してきた。青森県が昨年度から行っている耐震診断員の派遣事業で、八戸は真っ先に参加を訴えた自治体のひとつ。同市建築指導課の大原満課長は「住民も市も震災対策に対する意識は高い」と語った。

と記事が。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・



このように地方でくらし住民にとって、なぜあの建物が倒れなかったかが一番の説得力である。

それはただ単に技術力が良かったもありますが、その建物に携わった棟梁の力量を評価したからであり、そのような事実を目の当たりにした方々が我々「大工」を支えてきたのであり、一棟も建てた事のない「えせ研究者」が、建物欠陥を指摘しても、それは嫉妬以外の何者でもないのではないでしょうか。

今後3年間かけ、急ごしらえの「伝統工法」を再評価する国土交通省の委員会が開かれるのですが、どんな難しい「研究語」をならべるより、昔から「百聞一見にしかず」は一番の説得力があるではないのか。


30年前現場のつくり方を知らない工業高校の建築教師の方が何だかんだといって建てられた「伝統的工法」(国が強制的に仕口・継ぎ手などオール金物で固めた建物などは悲惨な結果)建物が平成15年5月「三陸南地震」のときに全壊しました。

またその直ぐ隣に建っていた「大手プレハブメーカー」の近代工法を屈指し、関東大震災の7倍の強度があると言う「T大教授」のお墨付きの宣伝建物も同様に全壊した。いかに国が東京標準で、全国どこにでも当てはまる「法律」を作っても、それは全国民にとっては不幸以外の何もでもなく、それでも儲かるのは大型戦車のような「大手ハウスメーカー」の応援のためとしか思いないのである。国行っていることは詐欺商売が遣りやすくして、地方の大工らを疲弊させるためとしか思いないのである。


―写真― 1=今回の地震震度 2〜5=H15.5月「三陸南地震」全壊建物2棟


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