シンタックホーム 菅野照夫
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2010年07月30日

伏見通り「民家」を歩く

稲荷駅を目指して幅の狭い通りを歩く、「伏見稲荷神社」への参詣で車道は、
車の数珠繋ぎ、その通りに面した民家の外壁、塀を眺めながら時代を読む。

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戦後作られたと思われる、「板塀」杉板なので年輪が浮き出て時代の流れを感じる。
でも職人の仕事は手を抜かずに「込み栓」止め、基礎と土台の間は「ねこ」を
挟んで、土台下の水切れ良くする「透かし板」を挟んである。

土台の腐食止めを考えた工法です。

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「ねこ」だけの腐食なら簡単に交換が出来る、現代工法のように、
基礎に緊結せよと法律にうたってあるが、確かにつくられた時は法律に合致するが
5年10年と立つと「美人」だって皺が出るのに、10年も現在のままでいて欲しい
なんて、劣化を知らない法律学者の考えることは可笑しいんじゃない。

まあ、国民生活など法律は関係ないと驕りがある限りこの国はよくならない。
今回の選挙にとんでもない大敗は、国民生活を知らない「トップ」のアンキョク
さは見ての通りである。〜〜〜〜トップになると足元が「幽霊」なる愚かさの典型だ。

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「米屋」のつくりは「重厚」「繊細」が感じる「木つくり」の民家は凄い。

伝統的「格子」つくり、職人の見る眼には手間がかなり掛かったであろうと思う。
排気ガスや空気中の塵が、吸湿性の木に取り付き汚れを出し、恐らく毎年水洗い
など行っているのだろう。水洗いの後が、木目を削りまた木の良さを醸し出している。

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「ささら下見板」竪桟のところで水洗いが止まるので、其処だけのこりまた微妙な
木目を出しているのです。これは時間がつくり出し物で、つくり手に初めから
要求されてもこのようなつくりはできません。

住んでいる方が作り出し模様であり、現在の家との違いが、此処でわかる「品格」では
無いのか、現在の住宅は、最初良くて時間とともにやつれ、「塗装」でリニアルしたのとは
大きな違いであり、「京女」が時間と共に外見を変えると同じだと思う。
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「家」とは正に「女」なりと或る方に教わったがその通りだと思う。


posted by kanno at 07:14| 岩手 ☔| Comment(0) | ■ 古民家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月19日

大阪に飛騨の「萱葺合掌造」

とにかくデカイ萱葺屋根です。
新大阪駅の北に向かう、地下鉄御堂線3つ目駅「緑地公園」下車
徒歩約15分 面積が大きな公園の1画、大阪府の所有です。

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案内を読むと、1956年9月移築(昭和31年)早くから保存を考えていたんだね。
戦後復興が漸く順調に成ってきた時代、先見性のある方と行政が考えが良かったから、
残れたのですね。

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とにかく大きな萱葺屋根に圧倒されるのです。西方向から

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東側からもまた風情が違う、建ててあった場所を見学したいものです。
平地ではなく
山裾かなと思うのです。何度振り返っても萱葺屋根が大きい。

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戸口の中から小屋組みを見上げると大きな部材、どの様にして組んだの想像するのも
また勉強になるものだ。

上を外の軒先の茅の厚みも厚い。

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戸口から中へ、鉞削りの後が見事です。

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20代に一度言ったきり今後時間をとり、もう一度建ってあった地域を訪れたい。



posted by kanno at 09:33| 岩手 ☁| Comment(0) | ■ 古民家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月14日

国指定重要文化財「渡辺邸」 

チット訳ありで「リバイバル」
2007年11月02日掲載
大型民家の紹介です。
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
新潟県北部・山形県米沢に近い「関川村」に、
国指定重要文化財「渡辺邸」を訪ねた。
有名な新潟県「村上大工」の作です。

役場HPで紹介されている。>>>>>>>下記アドレス変更になっていました。http://www.vill.sekikawa.niigata.jp/info/kankou/18seiki/watanabetei.htm 
新しいアドレス
http://www.vill.sekikawa.niigata.jp/info/kankou/18seiki/watanabetei.html
「渡邊家」紹介
http://www.watanabe-tei.com/
詳しく掲載されています。

真向かいの役場庁舎よりも大きい、
木造建築です。とにかく大きいのの一言です。

―写真― 全景がカメラに入らないくらい大きい。

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中に入るとまた驚く、裏口までの奥行きが30mは
ゆうにある。ビックリの一言・・・・・・・・・・・・・

―写真― 中の広さは想像を超えています。

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入って来た戸口を振り返ると、昔は馬車まで入れる
「大戸」が建っている。
鴨居の高さを見ても大きさを感じる。

―写真― 手前にも廻し戸がアリ、
さらに潜り戸も付いている。

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中間頃から、裏口を見る。
このような柱のみ、壁のない家は現在の建築基準法では、
絶対〜絶対建てる事は不可能だ。
どんな優秀な設計士が設計したって、無理であり、
それくらいの能力のある方はいないだろうと思う。
先人は素晴らしい、だから今まで残っていたんだ。
現代のバラック工法は足元にも及ばないであろう。

―写真― 中で楽々、キャーチボールが出来るくらい
広さは想像できます。

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近くの方達だろうか、炉辺に辺りながら、
話し込んでる。
木組みを見てください。どんな地震にも
ビックともしない骨組みは現代では無理でしょう。
これだけの建物造るくらいの「旦那」も
いないし、作り手も段々細くなってきた。
本当に貴重な「文化財」だ

―写真― この写真は渡辺家の1部だけで、
マダマダ一杯あります。

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posted by kanno at 15:11| 岩手 ☁| Comment(0) | ■ 古民家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月10日

「秋山郷」の民家「旧山田家住宅」-2

「伝統構法」の法制化を急がないと危惧しているので、昨日は脱線しました。

1122.jpg 秋山郷の謂れ  

「旧山田家」は秋山郷の遺産として、この「大阪の地」にあることは大きな意義があると思うのです。もちろん現在「秋山郷」にも長野県内にも、往時をしのぶ古民家は無いとの事

1117.jpg 骨組み

それが唯一此処だけに残されたことは、後に続く世代には大きな資料であると思うのです。
大阪府の橋下知事はこのような「行政経費」が掛かるものは即刻「無駄」な経費なので、排斥せよと行政命令に近い発言をされたとか聞きました。

1118.jpg 表木戸

もちろん大都会だからこそ、このような保存が出来るのであって、地方では「行政」を含めなるべく直視はしません。心の底にはあっても出来ない「無力」を感じ、諦めが先にきてしまうのです

1119.jpg 板の間では無く土座間

「タイムスプリット」してもこのような古民家を見ることは不可能なのです。

研究者が調査・資料を残しのも、それは大事なことなのですが、直接、手を触れこの眼で骨組みや形があること、どんなに優れた研究者の説明より、現物がある存在意義の方が大金積まれるより、途方も無く大きいのではないでしょうか。――――――「百聞は一見にしかず


1120.jpg 南側だと思われる


「伝統的構法」の法制化の為、21年度から各地に残る「古民家」の「調査」を兼ねて見学していますが、此処大阪の植物公園の一角に十二棟も、全国からの「古民家」が残されているのは大きな「宝」ではないのかと考える。

眼先のことも大事だが、壊し、廃棄したら何百年の歴史が取戻せないのです。

1121.jpg 鈴木牧之との関わり

posted by kanno at 07:37| 岩手 ☀| Comment(0) | ■ 古民家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月08日

「秋山郷」の民家「旧山田家住宅」-1

1111.jpg 説明案内板

大阪の民家園に日本唯一現存されている18世紀中ごろの「茅壁民家」を見学。
元の場所は豪雪地「秋山郷」長野県下水内郡栄村上ノ原に有った
「旧山田家住宅」を1961年に移築されているのです。

1112.jpg 西妻外茅壁

この建物は珍しい、外壁は「茅壁」で出来ているのです。
又、柱は「石場建て」ではなく、「掘っ立て柱工法」。

1113.jpg 入り口付近茅外壁

もちろん屋根は「茅葺屋根」とそして「床板・畳」がありません。
土間に莚を敷き「土座住まい」の生活、珍しいとはこの建物なのです。

1114.jpg 茅壁の内側

外から見ると「雨・雪」の時に働く「茅蓑つくり」で外壁が出来ていると言う事です。
自然素材を上手く利用した工法、恐らく冬季は豪雪のため完全に雪の中での生活と想像される。

1115.jpg土座住まい 床・畳なし

雪が家の中に入らなければ良いわけだから、自然の風などは家の中には
入らず雪室だったので結構温く暮らせたと思うのです。

1116.jpg 掘っ立工法
元、建ってあったこの地域には足を踏み入れていないので、自然がどのような地域で
あったのかは想像できません。聞く所によると豪雪地帯だということだけです。



posted by kanno at 15:12| 岩手 ☀| Comment(0) | ■ 古民家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年02月18日

石原東京都知事殿

神田駅から北方向に「神田多町二丁目」と言う町がある。
http://www.daisuki-kanda.com/guide/association/ta2/index.html

昭和40年代初め、2年ほどお世話になった町なのですが、
もう当時の面影は影の1部しか残っていません。
もちろん、寝起きしたところなどは巨大マンションが建ち
時代が何処かに飛んでしまっている。

02000.jpg角に建つ昭和初期のモダンデザイン


町の中心交差点角で店を開いて頑張る老夫婦と当時のことを話した。
20代パリパリのベッピンさんだと記憶しいているが、街のことを
聞くと自分らの代で店を閉めるとの寂しく話し、今では顔見知りも
いなくなったとしみじみと話していた。

真向かいの昭和初期のモダンな建物も来月解体されるとのことだと
通りの角には頑張って、昔を残してくれている建物がまだ何軒か
あったが、後、数年でこの町から昭和を生き抜いた木造建物が
消える日が遠くないのだと感じたので残る建物を写真にして
残しておこうと通りを歩いた。

02001.jpgもう消えるのみ

大きな象に踏み潰されても可笑しくない「昭和の木造建築」
未来文化を語る文筆家の石原都知事はどう考えているのだろう。
幅広く文化を語る本などが多数あるが、町名の由来などを残しのには
このような「昭和遺物」などは「ほうき(法規)」をもって
捨て去るしか考えないのだろうか。

この地に住んでいながら、「住民票」のない市民を住まわせるために
巨大建物をつくり、町の発展とはなんだろうと思う。

02002.jpg話をした八百屋の店昭和初期
posted by kanno at 07:45| 岩手 ☁| Comment(0) | ■ 古民家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
 
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