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2007年04月28日

社会に生きるを最初教わった「師」の訃報

27日付け、岩手県紙朝刊社会面下段に、「訃報が掲載されているのが目に入った。

昭和29年4月から、昭和37年3月まで、7年間わが母校「長部小学校」(おさべ)で教鞭を取り、多くの教え児に慕われ、また、保護者には良い先生とは言われなかったが、児童にとっては強烈な先生だというイーメイジの「西城周郎先生」が亡くなった。(享年77歳)

確か数年ほど前、仕事で移動中近くを通ったので、隠居生活中の先生のお宅にお邪魔して、昔の話をしたのが最後である。

母校に赴任した時は、若くて逆算すると、24歳ではなかったかと思う、そして1年先輩の5年生を受け持ち、2年間その先輩ら教えて、我々の方は昭和31年、6年生の時1年間だけだった。

色々な意味で物心がついてきた児らには、鮮烈な先生でもあった。それとは良い悪いを身体で教えた、先生でもある。現在なら大騒ぎなるようなことは一杯で、悪いときには手・鞭を持って「ぶん殴る」は当たり前の毎日である。

教科書より自然派という「イーメイジ」が強い、「海・川・山」が豊かな地域だったので、授業より野山に児童等を連れて歩き、体育運動などにも熱心で精力的動き心身を鍛えると意味で、今思うと良かったと思う。

60数年生き、全国に多く老若の「師匠」に恵まれたが、身体を張って教育された、我が人生最初の「師匠」だと振り返るのである。また今まで歩いてきた道筋をつけ、あらゆる困難にあたっても乗り越えられたも、「西城先生」の土壌が身体のどこかに合ったからだと、思うのである。

人生とは、「西に向かう一つの列車につながれ、何号車に乗っているかだけ、後からまた車両がつながれ、先頭車両が切り離されていくが如し」である。中には途中下車され、そのまま離れ別れていくのも「無常」と言うものだと感じるこの頃である。

もう人生列車に乗っている時間は残り少ない、出来る限りやれることは全力でやろう。それが先生に対する恩返しであり。次世代に繋がることになるだろうと、希望を持って行こう。

西城先生安らかに、ご冥福をお祈りいたします。

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むじょう【無常】むじょう(ムジヤウ)【無常】
―な
〔仏教で〕生有るものは必ず滅び、何一つとして不変・常住のものは無いということ
〔俗に、「はかない」の意にも用いられる〕
用例・作例
諸行―
―な世
―観・―迅速〔=きのうまで元気であった人がぽっくり死んだり若い人が老人に先立って死んだりするように人の世のはかないこと〕






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