シンタックホーム 菅野照夫
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2011年08月30日

173日目 大震災での変った被災者の心情

このたびの「東日本大震災」に際して、
「職人がつくる木の家ネット」
NPO緑の列島ネットワーク」の
皆様はじめ多く方々に御見舞いやら
励ましのお言葉を、そして物資の
ご支援を賜りまして、
終生忘れることが出来ません。 

こころより感謝申し上げます。
ありがとうございました

 
 天地イタズラ」と言いますか、大津波で被災されたかたの
心情を
思うと何とも遣り切れないものを感ずるとしか言いようが
ありません。
 

それこそ一瞬にして家族を失い、家を流され、その
悔しさを誰にも
ぶつけられない心情を思うと居てもたっても
居られない。

際どい所
で難に遭わず良かったねと言われない悲しさ、
これは此処被災した
方への同情も出来ないのです。
流されない方の顔も見たくないと
思っているようです。

本当に同情するなら「金」をくれという昔「TV番放送」に
ありましたが、
今まさにその心情だとおもうのです。
・・・・・・・・流されない我々は
どうすりゃ言いのですか。

本当に困ります。被災翌日あった方にも
言われたのです。
高いところに住んで良かったと皮肉なのかと
思い返答が
出来ず困りました。

 平場に住んで何処の行くにも、身体を前のめり
せず歩ける
姿勢が羨ましいかった。毎日そのような
体験しない方々に今言っても
判る前、自転車を漕ぐに
してもペダル漕ぐにしても、足に大きな力を
加えないと
トテモ前に進めません。

高い所に暮らし以上それは
比較になりません。
荷物を背をてっも、そうです。坂道を登る
辛さは
とても口に出せるものじゃない、
そうして親や先祖は暮らしを支えて
来たのです。

誰も災難には遭っては行けないのですが、
今被災
された方々はその辛さを考えた事が
ありますか、本当は我々も
平場に住みたかった。

それが本音です。
人は「楽を」したいのは
誰も同じです。
 
でも何処で住んでる以上、
運命だと考えるべきです。
命や住んでいる
環境を口に出して変るなら
こんな楽な事はないと思う。

今回の天災で
他国の方々が多くが
手を差し伸べてくれた事を感謝すしかないのでは
ないかと思う。
 

この世に生きて、見る方向を変えると
良い方向に成るものだと先人から
教わったが
実践すると必ず到達するものだとも教わったが
その通りに
なった事を
何度もあり、今が一番底であると
認識しなえと、一生不幸で
終わる気がする。  

「結論」だと考えるものである。
 

明日も又、陽が昇るのを繰り返しで
「一生」終える時には晴れるよう
努める
のが、人生であると思う。 







 

posted by kanno at 19:06| 岩手 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月28日

171日目 お菓子のCM

このたびの「東日本大震災」に際して、
「職人がつくる木の家ネット」
NPO緑の列島ネットワーク」の
皆様はじめ多く方々に御見舞いやら
励ましのお言葉を、そして物資の
ご支援を賜りまして、
終生忘れることが出来ません。 

こころより感謝申し上げます。
ありがとうございました。

  
この震災に議員さん市民に何をしたのか・・・・・・・・・常に自分際良ければ後は無し
 お菓子CMに「かっぱえびせん」という有名歌があるが、ナゾッテ言うと 
面白
い。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

CM
ソングの歌詞を紹介します。
 

題 『かっぱえびせん』
 

やめられない 
やめられない

かっぱえびせん (パクパク)

 
とまらない 
とまらない

かっぱえびせん (パクパク)
 

やめられない とまらない

やめられない とまらない
 

やめられない とまらない



カルビーのかっぱえびせん・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・凄い歌詞です。 


「総理大臣」を決める選挙
 

「県知事」を決める選挙

「県議会議員」を決める選挙
「市議会議員」を決める選挙
 

「総理大臣」の選挙は国民に関係ない無縁選挙・・・・・空の上で決まる。
そして雇われマダムのように使い捨てされ、足跡は「歴史」にのこる。

恥ずかしい。
  そんなこと恥ずかしいなんておもったら出らえません。
面の皮が厚いから出るので恥ずなんて言葉は学校でも無視してきたから、

勝手な大儀をもって出馬するんだね。

昨日辺りから県知事が被災地
めぐりで過去4年の実績を披露する・・・・・・パチパチ

 
今後4年間の構想に被災者は・・・・・・
シーンと静まり。
支持の議員だけが拍手。?

これから出馬する方々はポリーシなどはない
ただと出たいだけ、
河童えびせんの歌の通りが大部分、

自分と自分の仲間が
当選すれば、
4年間適当な事をして飯が食える.。

 
やめられない とまらない

やめられない とまらない・・・・・・・・ハイそれまでよ。


果たしてどなたに栄光が・・・・・・・・・頑張ろう。だって



posted by kanno at 08:53| 岩手 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月27日

 大震災から 170日目 月日の経つのが早い

このたびの「東日本大震災」に際して、
「職人がつくる木の家ネット」
NPO緑の列島ネットワーク」の
皆様はじめ多く方々に御見舞いやら
励ましのお言葉を、そして物資の
ご支援を賜りまして、
終生忘れることが出来ません。 

こころより感謝申し上げます。
ありがとうございました。 

 
この頃頻繁に発生する「余震」、処が庭の
周囲の木々の異常差が目に付く
庭先には、
高野槙・ツバキ・桜・エンジュなど、その他の
木々にも異常伸びて
いる。毎日と言って
いいほどの地震の性ではないのかと考えるが。
 
恐らく入大きな立ち木ほど「根」が揺れて、付根の
隙間から表面から色々な
栄養素が浸透し
ているとしか考えられないのである。


市道から家の入り口付近
エンジュの女木と男木
など精力を伸ばして伸びているようだ。
 

西側の木などは栄養素の行き方が不味いのか
例年葉のつきも悪く「ガス木」だと
思っていた
3月の震災以後の葉の色、枝の伸びようと
異常である。

南面の隣家が
境界ぎりぎりに建っているため、
日光の辺りが悪く、正直な自然界は日当たりを
求め
とにかく日の当る方に伸びている本当のようです。
 

北面の加工場の日陰でとにかく毎年日の当る方に
伸びのは当たり前と思って
いたがそれでも、今年は
異常年である。「山」に色々苗木を植えてもそうですが
沢の低い所の「木」ほど伸びは知っていたが、自然界
とは競争社会であるのは
事実、遠くから山の木々を見ると
凸凹なく成木になりますが、伐採するとこんなに
凸凹
だったのか驚くことがあるが正にその通りである。
 

「人間界」も同様、何ですか今回政界の出来事は正に
成木の立ち木と同じでは
ないのか口先3寸で飯が食える
輩の行いは、「民」を担保抵当にして、己等際
よければ
後は野となれ山となれでは、超不在の「旦那」選びでは
「民」は奴隷と同じ
ではないのか。何をしているのだ「津波」
被災者が立てないような餓鬼の争いを
何とかしないと、
全ての国民は一斉に「毒」を飲ませるような事では
クーデター
でも起さないと国はよくならないと思う。
・・・・・・アホナ連中ではこの先真っ暗だ。
 

自分の「ブログ」について、埼玉県久喜市「釜a田工芸」
の和田さまには皆、
早く菅野の再開を待っているので何でも
「身近な仕事や木造」についてのことを
書いてくれと懇願され
もうし訳なく思っておりますが何とか努めているのですが
今回の震災が影響してどうも捗りません。本当に申し訳なく
完全回復までは程遠くもうしばらく勘弁してください。
 21日から
書いてる「ブログ村」伝統工法住宅ランキングも休中もズート
6位を
キープしていましたが昨日は2位まで上がり、多くの方々の
アクセスに感謝
しております。ありがとうございました。

勝手な書き方で申し訳なく。
今後ともよろしくお願いします。 
尚、写真等も多く撮影していますが編集まで手が回らず後日
掲載したいと
考えていますのでよろしく。








 
posted by kanno at 07:43| 岩手 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月26日

169日目「大震災時」の建物

このたびの「東日本大震災」に際して、
「職人がつくる木の家ネット」
NPO緑の列島ネットワーク」の
皆様はじめ多く方々に御見舞いやら
励ましのお言葉を、そして物資の
ご支援を賜りまして、
終生忘れることが出来ません。 

こころより感謝申し上げます。
ありがとうございました
 

この頃頻繁に発生する「余震」と言うか、大震災後の揺れ戻しか・・・・・・・・・・?

 我家は昭和46年(1971年)築、オイルショックの始まりno
馬鹿景気の始まり
時に建てました。

予算もなく目と鼻先に住んでいる「師匠」が引き受けて
くれて
何とか現在まで住んでおり、間取は冠婚葬祭を考え、
畳敷の和室を主体が
当時の考えであり、構造的には「師」の
考えが多く盛り込まれており、勿論我も
それが当然のように
異論もなく当時建てました。

壁が少なく、現在の「建築基準法」
では完全なる「既存不適格」ですが、法が謳う
「耐震改修」
などは行なう気がありません。
 

(余談)丘の上の畑だった所を、機械で整地、
余分な土は斜面に押し出し完全なる
地山だった上に
建てたので、建物の狂いは時々検査していますが狂いや
歪みはない
ので後を継ぐ家族には法的には適合
しないけれど、現法律どおりの耐震改修は
行なわないと
宣言している。

出入りの勿論設計者などにもお金がかからないので
今遣ったほうがよいのではとアドバイスされますが、
行なう気はありません。

万が一倒壊しても国は面倒見るわけでもなく、
被災しても手を貸しでもなく最後は
自己責任であり、
それで命を失っても自業自得です
責任は自分にありです。
 

今回の「東日本大震災」時にも運よく、自宅の作業場で
仕事を行なってたので
発生時から建物の揺れを観測
避難した庭先で屋根から基礎まで観察できた
のです。

我家は海抜35mの所にあり、津波は
此処まで来たら海抜30m以下が全滅である。


我家に上ってくる辺りに市道工事の際貝殻は出た所があり、
推測すると「貝塚」が
合ったのだと地元学の歴史の先生に
言われた記憶もあり、古代人もこのような高い
場所で暮らした
跡ではないのかと思う。

その先生曰く、陸前高田市の貝塚は大体
海抜30m付近に
点在しており、間違いなく過去に避難生活でこの辺りに
住んで
いた確証だと思うのです。(海抜35mは今回1m以上
沈下で後日正確高さが出ると思う)
 それから時代を経るうちに
海から遠い所では暮らしてゆけず、平場に下がり
暮らしてきたのだと
想像できる。忘れた頃に「大津波」来るという口伝が今回も
生かされないのは残念である。・・・・・・・・・・・・・


歴史事実を解明できない
研究者とは本当に研究者と
言いないのではないかと思う。

今朝の新聞記事です。・・・・・・・・今になって気がつくなんて
可笑しいです。
再考して当然であり、卯の上れ研究者は謙虚になって、
国民に事実は懸命だと思うが反論される方がおりましたら
遠慮なく書き込んでください。法に間違いあるという事を
気づくのは工学の使命ではないのか。

と考えますが如何なもんでしょう。平民より「学」があり
国家国民を考える学者なら皆感謝すると思う。









posted by kanno at 10:43| 岩手 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月23日

166日目「大震災後」以前と変った事

このたびの「東日本大震災」に際して、
「職人がつくる木の家ネット」
NPO緑の列島ネットワーク」の
皆様はじめ多く方々に御見舞いやら
励ましのお言葉を、そして物資の
ご支援を賜りまして、
終生忘れられません。
 

こころより感謝申し上げます。
ありがとうございました。
 


この頃頻繁に発生する「余震」と言うか、大震災後の揺れ戻しか・・・・・・・・・・?

頻繁に発生は次を予感させるのです。 それとは、地震が来る直前、
音が凄いのです。
地鳴りと言うか・・・・・
地の底からの大きな叫び声とも思われる。 

仕事部屋は電柱の「掘った手柱工法」一部
2階建てなので、
結構揺れが
ダイレクトに入り2階は特に震動を拾うのです。

現代の法律で造る建物なら揺れは多少少ないと思うが筋交いも
ない
建物は電気を引く電柱と同じで「地」の揺れに対して抵抗しません。
 

勿論、人が着物の帯を締めたようには造ってあるが、地底から来る
震動には
抵抗すればするほど人と同じで力んでも始まりません。

この地上は地下で起きる動きに対して抵抗しても始まりません。
 

今回大震災後「人間」が構築したものは、初期の震動が海水に伝わり
水動かしその力「大津波」として波状、力が大きければ大きいほど
加速したと
思うのです。 

とにかく地震研究者から聞いて見たいが、恐らくこの地下に
大きな割れ目か
空洞が出来、地下からの呻き声となって
地上に伝わってくるのだろう思う。

以前は地震が来るのは予地は出来なかったが、今では
10数秒前に
前ぶれが
頻繁である。 

研究者は遭遇していないからこのような話は理解できないだろうが
この地に住む我々には以前の地震と違うのは肌で感じていると思うのです。

 
誰か「ものしり関係者」のお話を望むものです。



 
  
posted by kanno at 07:02| 岩手 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年08月21日

164日目

201103111446 「東日本大震災」被災より・・・・・・・164日目  
このたびの「東日本大震災」に際して、「職人がつくる木の家ネット」
NPO緑の列島ネットワーク」の皆様はじめ多く方々に御見舞いやら
励ましのお言葉を、そして物資のご支援を賜りまして、終生忘れられません。 

こころより感謝申し上げます。ありがとうございました。
 

時間が経つに従い、多くの知人友人建て主らの多くがまだ何処で
発見されずに居り「ブログ」を書けませんでした。

でも毎日掲載されるを
待っているので書いてくれと再三電話等で
要請され、過去を忘れる
ためにも書いて忘れようと思います。 

8
月の上旬被災地岩手県「陸前高田市」は全力でサポートした
自衛隊の
部隊の引き上げ、避難所の閉鎖が行なわれ、
取りあいず仮設住まい
ながら、今後を考える時期となり、
9坪とは言い狭い仮設棲小屋くらしで暑さを乗り切ろうと前を
向いて歩いています。
 

しかし、世界から笑われるフシダラ「政治」の御蔭で
国のお金が全然
回りません。誰のための政治なのか見ての通りです。

一番困っている津波被災者・原発爆発放射能被害者などは
蚊帳の外での
「政」では開いた口が閉じるどころか、腮外れたの
も知らずして我利我利
亡者では被災者・被害者国民、
飛んだ無能政治屋を選んだ付けと
トバッつりがきました。


次の選挙では現在の与党も野党も充てにはできませんので
変えないと
国民全部が首を吊るしかないと思う。
昨年旦那に着いた時の顔相から
言ってキツネ顔相見事に当りました。

己が努力せず仲間の功績を横取り
では信ずる仲間も居るまい。
「御方」に「赤い腰巻」を頭から被せられて踊る
キツネの旦那では
騙される「民」は哀れと言うしかない。

 
こんな「稲荷様」では本当に祭っている神社を頼んで「アブラゲ」を
預けて
官邸から出てもらはないと民が困る。壱円の御賽銭預けて
退散してもらうほかない。

早く縁切したほうが良い。




posted by kanno at 12:41| 岩手 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
 
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