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2010年09月25日

「芸術の秋」静かなる男「天性」を表現

K005.jpg  K003.jpg港の風景
気仙沼市の美術舘で開かれている同級生「佐々木勝彦」氏絵画個展も
いよいよ明日26日が最終日になってしまいました。


19日から2日間翌日は休舘、22~23日開催24日が休み、今日と明日のみ。
22日地元の同級生等も見学するというので1足遅く駆けつけた。

先組みはもう見学が終わりそうでしたが、しばらくぶりなので立話しながら眺め、
展示手前、右奥に小さな額の絵、対岸から五葉山らしき遠望した絵。
佐々木氏に最初の頃ではないのかと尋ねたら、そう最初のころだ言う事でした。

K001.jpg  K002.jpg魚の匂いがぷんぷん

地元の漁師などが働く絵が印象的である。絵に登場する姿は同級生の姿を描いている。
「静かな男」が描くとこのような表現なのか。
絵を見ているとジックリと考え、行動を起こしているのが現れている。

一つ一つ色々と説明案内され、「ひと」をどのように見、表わしか難しいのが解り
説明を聴いていると感じた。1つの道を究めることの難しさ、年老いた母親を面倒
見ながら暮らしているが、何かに集中できることの毎日で充実している語りに安堵した。

K006.jpg  K004.jpg顔の表現



posted by kanno at 18:52| 岩手 ☁| Comment(0) | ■日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月24日

「4000年前と1,200年前」先人は偉大

高度に経済が発達した現在、国民全て日々の生活に追われ、この国の先祖等は
どのように暮らしてきたかも知らずに時が流れ往くが、3代も過ぎると己の先祖は
どのように終えたのかも知らずに
過ぎてゆく。

邪馬台国研究 WEB
http://inoues.net/index.html
小矢部桜町遺跡
http://inoues.net/ruins/sakuramachi.html

我々の仕事、「木を組む建物」つくり仕事も10年以上前、富山県の小矢部市の
桜町遺跡から見つかった。それも遥か4000年の時空を越えて
出土したのです。
縄文時代中期にその様な技術で高床式構法原点、「穴とホゾ」があったと言う事です。
sakura016.jpg
sakura013.jpg
sakura014.jpg写真は小矢部市発行の「桜町遺跡」より

http://inoues.net/ruins/sakuramachi.html

木を刻むという、その時代にどうして作られていたのだろうと疑う。
今、関係がギクシャクしている隣国「中国」にも更に7000年前の工法の遺物が
あり、その工法と小矢部市の「桜町遺跡」の遺物はそっくりだと言っているのです。

「縦の材と横の材」を組むのは「伝統構法」の原点である。ましてはその工法の
原点は木材に「穴」を開けるが最初、「ホゾ」はその次、人の男女関係に似ている。
現存は『飛鳥時代』ですが、それより3000年近く前に原点があった言う事です。

記憶に新しい。

先人が積み上げてきた工法を否定する最高学府の研究者などは、銭の儲かる輩の
手伝いをして、己の主張が一番正しいと驕りの姿勢ではこの国は良くならない。
我々現場人を含め関係者は先人を敬う姿勢があっても良いのではないのかと思う。

「小矢部市・桜町遺跡」の検索で詳細な説明が出てきます。

1200年前の「日本後記」(現・官報)に「陸奥国・気仙郡」という地名が出てきます。

原文
『日本後紀』巻 廿 弘仁元年(八一〇)十月 甲午 廿七(旧暦)
甲午。禊於松崎川。縁大甞會事也。』陸奧国言。渡嶋狄二百餘人來着部下氣仙郡。
非當国所管。令之歸去。狄等云。時是寒節。海路難越。願候來春。欲歸本郷者。
許之。留住之間。宜給衣粮


この漢字から何を読み取るかは歴史家に任せるが、この秋、わが地元では「建郡」を
祝う行事を行なうとの事です。しかし当時の日本周辺の実情から言って、「渡嶋狄」
(としまてき)と言う。その「渡嶋」解釈は北海道説だという・・・・・・・?

当時の日本海側の実情はアジア大陸側の動きで日本海側各地には多くの「狄」(テキ)
の動きがあり、「北海道説」には疑問が多い。4000年前の縄文時代から交易があり
朝廷が遥か僻地の事を書き残しという事は、重大事だったに違いないと思う。


新暦では11月末ころの気候状態、取り扱いを国お伺い立てたと考えられるが、200人が
難破し、来春まで保護せよ言うことだと思う。それ以前約100年前に「陸奥国」が建国
国割りが行なわれれば更に100年以上遡り「気仙郡」存在していた事になると考えられる。

交易・物流の陰に、「海と船」は切っても切れない関係にあり、当時の物流船を想像する
ことは己の頭では無理、正倉院の大陸からの物を如何に、この国に運んだ事を考えると
なると先人の壮大さは想像を絶する。・・・・・・・・・・100年前も危ないと考える。

posted by kanno at 07:23| 岩手 ☁| Comment(0) | ■ 伝統構法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月22日

金沢・喜多記念館

金沢工業大学の近くに国指定重要文化財「喜多記念館」を見学
大学の西方向、本当に大学の近に建っているのです。

喜多家01.jpg喜多家11.jpg周囲

日本酒が売れなくなって現在、「記念館」として残しているだけで酒つくりはありません。
道は東西で、建物は南向きと言っていいほどで、古びた格子つくりで周囲と比較しても
時代が古いと感じます。

詳しくはWebで
重要文化財喜多家
http://www.design-to.com/kita/index.htm

喜多家112.jpg喜多家113.jpgおえの間と呼んでいる。

店部分に入り、ビックリするのは秋田県花輪の酒屋つくり似た内部構造です。
日本海沿いのつくりなのかと一瞬タイムスリットした感じです。

大きな土間、火溜り構造の小屋組み、梁枕・梁・小屋束・貫の構造の絶妙なバランス
大きな白壁、違和感を覚えさせぬ構法など、素晴らしいの一言です。

喜多家115.jpg喜多家114.jpg多くの人々の活躍の場

説明には

梁組(さしもの)・・・・・・・・・・通常は「はりぐみ」と呼ぶが金沢はさしもの

一般的に民家の梁は、太く大きく、時に必要荷重耐力を大幅に上回る丸太を使用してその豪壮さを誇るところがあるが、雪荷重も考慮しなくてはならない金沢においては、太梁を使わず縦横に使うことにより角梁の、数を増やすことによって貫を細くし、細かさを生かした意匠で組上げていく梁組が金沢町屋の特徴の一つ。

喜多家記念館 建築
http://www.design-to.com/kita/kenchiku.htm
BIKEN酒蔵工房
http://www.design-to.com/kita/sakagura.htm



posted by kanno at 07:48| 岩手 ☁| Comment(0) | ■ 伝統構法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月21日

伝建群「金屋町・山町筋」

北陸地方には往ってみたいと思っても、簡単には足が向きません。

東北や気仙から超交通の便が悪い。

0921-1.jpg0921-3.jpg千本格子とおり

最短飛行機と言っても「小松空港」は仙台からの便は1日1往復、
それも小松発昼12時の便、仙台からは帰り便14:35分、全然中途半端の時間帯、
勿論富山空港便は無し。

やむなく、新幹線を乗り継ぎ、朝一6時台発でも着くのは12:30分が最短。
今回は富山の棟梁に会うためですから多少の時間は没にし、島崎棟梁の協力を
得られたので充分。
そして高岡市内の「伝建群」を見学しようと思っていたのが叶いました。、

20代に古老に言われていた。越中人について

「信州・信濃・越中人」の歩いた後には草の生える暇が無いという位と言う。例え
その様なくらしから生まれた「木造建築」も、又素晴らしいのが残してある。

梵鐘などの鋳造では日本一の高岡市に、鋳造師・金屋町(千本格子通り)と
商人町・山町筋(土蔵つくりの町並)の伝建群が2ヶ所ある。

0921-2.jpg0921-6.jpg家並み

千本格子の通りを歩くと道幅が狭いのに、全然違和感がない。
考えてみると、両側二階建ての家並みの割りには空が明るく見え、建物の高さがギリギリに
抑えているのに気がつく、1階天井は2階の床板がそのまま、床梁・根太等の見える材は
かなり吟味している。

その家の中に入った瞬間も違和感がないつくりです。

聞くところによると冬の鉛色の空は変える事が出来ないのでの知恵だと。
1階も段々奥に行くに従い、和室の天井などもごく一般の高さに近くなる。
相当考えられた「構法」である。

0921-4.jpg0921-5.jpg天窓・格子つくり

もちろん段々奥に行くに従い、灯りはと言うとガラスの出来ない前はどうしたのか。
天窓がつくってあり、日中でも明るいのです。
座敷には縁側、そして庭は、坪庭を大きくした感じに仕上げてある。

(続く)


posted by kanno at 06:48| 岩手 ☁| Comment(0) | ■ 木造建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月20日

「芸術の秋」天性とはアリガタイ

隣町、とは言っても岩手県ではなく、宮城県気仙沼市・車で30分の所に有名な
建築家早稲田大学建築学科「石山修武」研究室が設計した。
「リアス・アーク美術館」に於いて、我が同級生「佐々木勝彦」氏が「油彩画展」を
昨日19日から26日まで期間開催された。

「リアス・アーク美術館」
http://www.riasark.com/
佐々木勝彦 油彩画展  50数点を展示するそうです。
http://www.riasark.com/modules/news/article.php?storyid=84

案内の紹介はがきを戴いておりましたが、別用で昨日は間に合わなかった。
申し訳ない。
佐々木勝彦091926-11.jpg案内のはがきです。


佐々木氏は東北大学を卒業、後は宮城県の教員を長く務め、気仙沼市松岩中学校
校長として平成18年に定年退職。今は東京暮らしの姪が大変御世話になりました。
以後、生まれ持った天性を発揮、ガーデニングや油絵など、絵画サークルの
代表世話人としても活躍している。・・・・・・・・天性とはありがたいものです。

尚、7年前に亡くなられた奥さんの「絵」も展示されてとの事

このブログをアクセスした皆様、興味がありましたら、今週はお休みの日が
多いので一度足を伸ばしてご覧になっては如何でしょうか。・・・・・・・・・

「リアス・アーク美術館」建物紹介 後日機会がありましたらこのブログで
http://www.riasark.com/html/outline.htm


posted by kanno at 06:21| 岩手 ☔| Comment(0) | ■日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月19日

日本一の米どころを往く

0917-0.jpg完全にべったりの稲、国もこうならなければ蹴れば良いが。皺寄せは誰が背負うのか?

上越新幹線越後湯沢駅で、私鉄「北越急行・ほくほく線」に乗り換え金沢方面へ向かう。

この路線はトンネルが多く、車窓は暗い景色が大半、ほくほく線59.5qのうち、単線の
トンネルが40.4qも占めており約70%がトンネル
である。特急「はくたか」に乗って
いると高架橋の外壁に囲まれ、トンネルばかりという印象。

僅かにトンネルとトンネルの間には日本一の米どころ『こしひかり』の産地、魚沼地方の
田園が少し眺める事が出来る。数年前12月末近く、急な誘いがあり川西町の
重要文化財「星名家」を見学
して以来、この地を通過です。
でも一瞬ですが広々とした田んぼを眺めるとほっとする。
0917-1.jpg黄金色なのに

しかし、先日の台風がもう直ぐ刈入れなのに、大風の影響で全面倒伏が各地で見られたのです。
猛暑の影響で実入りは良かったと思うが、収穫前にはしての「天」のイタズラにはどうしようも無い。ましては米の下落が囁かれている今、二〜三重以上の重みが農家を襲うのです。

もう国の基幹産業『農業』は現在のくらしには、馴染まなくなる方向です。
今後、政府、国民は食料の自給自足を真剣に考えないと、破滅の危機が迫って入ると
言っても過言ではないのか。都会で野菜を買って田舎に送るなどと話も聞かれるほど
地方の没落危機が目の前に来ているのです。

0917-2.jpg完全倒伏した稲



posted by kanno at 07:55| 岩手 ☁| Comment(0) | ■日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月18日

10年先が明るい「大工等」


今日は、「気仙大工」研究第一人者、東北工業大学教授「高橋恒夫」先生が、
気仙大工の地元において、久しぶりに講演を行なう。

その「大工」卵を育てている所がある。(大工の他、造園・家具・建具)
高校・大学を出た若者が真剣に、学問・実技を教えている所がある。気仙ではなく
北陸・富山県に民間育成施設「富山国際職藝学院」、発足して以来14年。(1996年)
多くの卒業生を配して来たのです。
0918-1.jpg校舎1部

詳しい内容。ホームページ  
http://www.shokugei.ac.jp/dept/index.html
http://www.shokugei.ac.jp/bosyu/index.html

今回、訳があり大工・家具・建具を指導している「オーバーマイスター」地元の
島崎英雄棟梁に逢うのが目的、棟梁は、自らの島崎工務店は弟に任せ、本物の建物を
つくりながら若者等に真剣に伝授している。
0918-2.jpg左が島崎棟梁
造作を教える

もちろん地元だけではなく、全国から男女関係無く、若者が集り教えを受け。
当日も、2班に別れ片や造作の「格天井」製作、もう1班は実物材に墨をつけ刻むという。
ことで、バラバラでありながら最後は1つになる遣り方で教えていた。

中には1級建築士の資格をもって勉強しているものもあり、図面作成なども即実社会で
使えるものもいると言う。それが教えの競争意識を生む仕掛けにもなっているのだと思う。

今の時代、新卒の高校・大学生等は勤め先ないと嘆得ているが、10年先には独立と
言う目標があることは、この学生の未来は明るいと断言しても過言ではないと思う。
0918-3.jpg全て手から教える

「寄らば大樹の陰」などと、甘えは今後益々不可能であり、自らの人生を早く掴んだものが
生きられる社会になるのが確実だというのは今の感覚である。

大工は「馬鹿で出来ず、利口で出来ず、中途半端はなお出来ず」と言った「田中棟梁」は
先月帰らぬ所へ旅立ったが、全国各地の講演などでは「大工職人」の素晴らしさを語り
次世代の事を気にかけて来た。島崎棟梁とは十月の「偲ぶ会」ではまた逢えるのが楽しみ。
0918-4.jpg皆一つに向かう

田中棟梁は「富山国際職藝学院」設立にも奔走、第一回の入学式にも来いと言われ、
入学式で、新入生を前に「禅の渇」を入れた印象は今でも忘れない。



posted by kanno at 07:40| 岩手 ☀| Comment(0) | ■ 未来が見えた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月15日

「気仙大工」展示会・講演会

先週から放蕩してブログ忘れていました。

お知らせです。

当地陸前高田市「気仙大工左官伝承館」において

「 気仙大工展示会 」を開催

内容

1 趣 旨
江戸時代から昭和にかけて、気仙大工と呼ばれた技能集団が、宮城県北部をはじめ、
日本各地で民家などを建築し、その技能の高さと誠実な仕事ぶりが高く評価されている。
気仙大工が各地で建築した民家の中から、特に気仙大工の優れた特徴が見られる
建築物について写真や模型等を展示するとともに、気仙大工の匠の技を紹介し、
気仙大工のさらなる活性化と振興に寄与する。

2 名 称
   気仙大工展示会

3 開催日時
   平成22年9月18日(土)〜27日(月) 10日間

4 開催場所
   陸前高田市市民の森 気仙大工左官伝承館(陸前高田市小友町字茗荷地内)

5 実行組織
(1)主催 気仙大工展示会実行委員会
(2)主管 箱根振興会(陸前高田市市民の森 指定管理者)
        電話0192-56-2911(気仙大工左官伝承館内) 

6 展示内容
(1)気仙大工の建てた民家に関する展示
   (小友町内の民家、気仙地区内の民家、出稼ぎ先で建てた民家)
(2)匠の技を表現する模型の展示
(3)諸職人棟梁の業績紹介

7 体験コーナー
   展示会期間中の土、日、祝日に子供を対象とした体験コーナーを開設する。

尚、開催を記念して「気仙大工研究」第一人者 東北工業大学教授高橋恒夫先生の
記念講演会が開催されます。

20100802140332429_0001.jpg

高橋恒夫先生は、今年一月「近世在方集住大工の研究 」という本を出版

著者名:高橋恒夫/著
書籍紹介: 近世における日本各地の主要な在方集住大工(地方在住の大工集団)について、長期間にわたる地道な現地調査と資料収集の結果の基盤的データと体系的な研究。19件に及ぶ大工集団の発生の背景や要因、その実態、大工の活動や組織、技術などの形態について、網羅的かつ体系的な考察を試み、従来の建築生産史研究における大工研究の隙間を埋める画期的な研究成果。

近世在方集住大工の研究の詳細

第1編 近世在方集住大工とその発生形態
第2編 近世在方集住大工の大工人数
第3編 気仙大工とその活動
第4編 出羽・越後・甲斐・周防の在方集住大工とその活動
第5編 近世在方集住大工を取り巻く環境
第6編 近世在方集住大工の形態とその位置づけ

出版社名:中央公論美術出版  価格:50,400円

当ブログH22年2月7日号に掲載しております。
http://kinoie-kanno.seesaa.net/article/140500278.html




posted by kanno at 08:16| 岩手 ☀| Comment(0) | ■ 気仙大工 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月08日

「干天の慈雨」と「高級魚の初物?」

220907-1.jpg定点北方向を見r

「天」が漸く平常に戻りつつの状態になる。

9月7日夜明け前から雨音がし、隣で寝ている人は「畑」に秋野菜を植えられると喜ぶ。
もう何日続いたか知れない「酷暑」、お盆明けトラクターで畑を起こして何日か、焼け土に
水道水では完全に「焼け石」に水。

日中の最高気温も28度、但し湿度が高くて蒸し風呂状態、でも温度が低いのはおお助かり。
パックに野菜の種を蒔き、葉になっても熱すぎて葉がしおれて移植するにも、雨が降らないと無理と諦めていたが、植える前に穴を開け、水を注ぐと何とかなると植えている。

正に「干天の慈雨」とこの事なり。

職人手間や会社給料取りも安定しない毎日、調子が良いからと「住宅ローン」など組めない世相、これからドウシリャ良いのよ。・・・・・・・・・・旦那を決める選挙も「口ばかり」でドッチ決めりゃいいのよ。―――――当方は資格無し、指でも銜えて模様眺めだ。

マスコミの動きを見ていると「勝手な正義」を掲げているが、果たして己等だって裏で何しているかわからん連中、銭の方角に転ぶ姿勢が見え見えではないのか。
時の政治を語る詐欺報道は如何なものかと思う。「景気だ雇用だ」と、口先3寸で綺麗ごとを語り、飯食う連中は良いかも知れないが、地方の現状をどれだけ知らせているか疑問である。

220907-3.jpgキンキラ魚体の初物 約30cm


昨日漸く2度目の秋刀魚船が入港、漁場から35~36時間掛けての水揚げ、この季節2週間遅れでヤットきました。例年なら、水揚げ後1日休みだったのに、不漁で「高級魚」に??、今年はなり来年以降もどうなるやら、鱈腹食べることができません。

陸は日照り、海は大不漁と、第一次産業存亡の危機ではないのか。

魚体に傷のあるやつを、近くの同業者が、日ごろ世話になっていると物々交換です。都会ではどんな物でも、傷物を売ることは出来ないので、捨てるなら分けて喜んで貰えるならと、
もちろん「刺身」で十分食べられる。――――――酒のスバデに十二分にです。

味覚の秋便り。

220907-2.jpg10匹の秋刀魚


posted by kanno at 06:19| 岩手 ☁| Comment(0) | 節・節 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年09月04日

摂氏30度超え


昨日は夜明けと同時に、我が家の周囲の草刈を行なう。

日中ではとても暑くて、無理だ。

汗が滝のように流れ落ち、もうタマラン「天然サウナ室」水浴びシャワーでないと堪らん。

日中家の中の温度計「32.5度」を突破している。

定点-0903-1.jpg正直〜〜〜本当かと思う。

家の中へは、業務用換気扇(50cm)を改造した強制送風機で日陰の空気を寝る頃まで送り、

トニカク部屋の温度下げる工夫をしないと、家族も堪りません。

40年も前、関東での仕事、寝泊りの簡易プレハブはもっと酷い。

夜中過ぎまで眠れない。

漸くあたりが静かになった、丑ミツ時になって寝られるのを何度も経験したが、

今年の暑さはそれに匹敵する。・・・・・・・・もの凄い熱さ。

朝駆った草、1日で夕方には完全に干草になっている。

大きな草の影の小さな草もグニャグニャに萎れ明日は完全に枯れるだろう。

もう堪らん熱さだ。・・・・・・・・稲刈りが近いが、「胴割れ米」が予想される。

この熱さでは、手の出しようが無い。。。。。・・・・・・


「あんこ諦めろ」と昔の例え。

夕べ真夜中近くでも・・・・・・・部屋温度28度、猛烈な熱さです。


定点-0913.jpg北の方角の山「氷上山」「金色堂」への金が取れたところ
posted by kanno at 05:06| 岩手 ☀| Comment(0) | ■ 定点観測 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
 
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