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2010年05月30日

自然界の猛威から「復興」の喜び

00530.jpg 細かくて読めませんが1面特集
「岩手日報」記事
http://www.iwate-np.co.jp/iwate-ouen/iwate-ouen.html

2008年6月14日、突然地面を揺さぶり襲った「岩手・宮城内陸地震」
震源地が近く、岩手県内最大の被害地「須川温泉道路」が予定より
1年と2週間早く、本日国道『342号線』須川温泉―真湯間が開通の運びとなった。

未曾有の被害に、復旧に何年掛かるかと関係者が呆然として始まった復旧工事は
トニカク「3年間」で言うことで難工事に手をつけたが、冬場の豪雪期間除き
予定の1年と2週間を残し、通行できるまでにこぎつけたのです。

「岩手・秋田・宮城」3県を跨ぐ山々が連なる高地、特に岩手県側は急斜面の
連続する中を『342号線』が走り地震時には前後の道が崩落土砂で孤立した。
車12台大型バス1台が取り残され、不幸中の幸いと言うか全員無事避難が出来た。

本県、隣県とも関係するだけあって、約2年の不通は本当大変であった。
須川温泉には秋田県周りが余儀なくされ、温泉好きには大変不便をしたがトニカク
国道開通は観光客、それを迎える観光業者には大きな励みとなるだろう。

当時全国の方々には色々とご心配やら、多くの義援金などで復興の後押しに対して
感謝申し上げます。

ありがとうございました。

あの大地震で「崩落」須川大橋も地震を忘れないようにと自然の猛威を残しため
保存されることになり、多くの方々に見学していただきたいです。

人ごとではありません。今年も天候不順の「天災」が来る気配であり、トニカク
自然猛威はこの時の大地震以外は何方にも被害にあって欲しくありません。

今朝の県紙「岩手日報」は4ページに渡り「開通特集」で支援感謝の紙面で一杯です。

多くの皆様、東北新幹線「一関駅」下車、定期バスが運行してますので時間のおり
訪ねて見てください。・・・・・・被害箇所多くが見学できます。


posted by kanno at 05:46| 岩手 ☁| Comment(0) | 気仙の辺辺(あたりほとり) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月29日

テーブルマウンテンの「無様な寄合」

国家国民生活を良くする、今の「政治」の国情不安は何ですか。

現 国頭(くにがしら)は、「竜宮城」から亀に乗って出てきた、御先祖は
「浦島太郎」の系統らしい「ボンボン」が遣る事が常に「国家国民生活」の
目線では無い。

日本国の「大山」(おおやま)の現状、外国にある山「テーブルマウンテン」(南ア)
のようなつくりに、国民は昨年の総選挙において場所提供し、方向が変るかと期待して
いたが、テーブルマウンテンでの「無様な寄合」は、消費者いや国民生活を考える
「乙姫」が生まれた所の考えを主張、ボンボン太郎はトウトウ堪忍袋の尾が切れ、
「追放の段」が下った。

昔から意固地な「党」だから言うことは、終始「理想論」では本物の
国民生活に結びつかない困ったものだ。

数が少なくても政権党になったのに、柔軟性が無い。

日本国についた「皮膚ガン」のようなものだ。良いお医者さん見つけて治療専念し
聞く所によると、次の選挙まではもたないとの噂も駆け巡り、トウトウ「乙姫様党」
も時間の問題らしい。自ら墓穴まで・・・・・・・・・あの世で歴代の党首は同見ているか。

消え去るのも運命かも、野党になった異母兄弟の「兄貴」もかなり苦労しているらしいし。
もう時代は、還暦を過ぎ「前期高齢者」などと己等が決めた方向に御国はなってきた。

「現」浦島太郎ボンボンだって、空けては成らない「箱」を空けた責任は
「棘の道」だ。・・・・・・・・・その痛みがわからないとはもう「命運」ではないのか。

あべ+ふくだ+あそう=に続く、世襲議員は要らない。世界と国情の解る
「野武士」の出現を待つしかない。「詐欺的議員」は国家が不幸になる。

「親良い」から「孫も良い」は間違っても無い。

『親辛抱 子堕落 孫宝飯道』では駄目、国民は解るべきだ。

++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++++

※「平成」元号の世とは・・・・・・・・・「テーブルマウンテン」


>>>「平成」の名前の由来は、『史記』五帝本紀の「内平外成(内平かに外成る)」、
『書経』大禹謨の「地平天成(地平かに天成る)」からで「内外、天地とも平和が
達成される」という意味。<<<

・平らな山http://www.yamaguchi.net/archives/000664.html

※「昭和」元号の世とは・・・・・・・・・ 「農」の萬邦が
<<<「昭和」の由来は、四書五経の一つ書経尭典の「百姓昭明、協和萬邦」による。>>>

「百姓昭明、協和萬邦」には、国民の平和および世界各国の共存繁栄を願う意味が込めら
ています。「家族みんなが和気あいあいとして,仲よく力を合わして暮らすと,
そういう人たちが寄り集まることによって,すべての家々(百姓)が平和で
明るく栄えていく。その和気は,隣近所,字より郷,町,郡,県と人々を
ことごとく和合し,果ては国中の民が和を愛し,天下はよく治まる。
更にその和気は広く万国に及ぼし,国々の和合協力することまちがいなし。」とは要って
世界に仕掛けた「第2次世界大戦」で滅び、以後の苦難、現世は忘れている。



posted by kanno at 07:59| 岩手 ☁| Comment(0) | 未来が見えた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月28日

天・地「超寒い」

この五月、天も地もそして懐も寒いのはオイラだけか、

グラフの通り、1975年からデータ、2010年は酷い

22-0528.png

● 寒い・・・・・・・・気象ばかりではない次の全て

地=寒い

・ 自分・・・・・・・・・・懐と心と年が寒い
・ 家・・・・・・・・・・・・約40年前・・・時代の違いが
・ 仕事・・・・・・・・・・本物より偽者の為に苦労する
・ 地域・・・・・・・・・・高齢化、今後誰が地域を生かしのだ
・ 町・・・・・・・・・・・・個人が店を構えることは人件費が問題
・ 市・・・・・・・・・・・・後何年持つか忘れている市議会議員
・ 県・・・・・・・・・・・・日本一大きな「県」主は誰か見えない
・ 国・・・・・・・・・・・・砂糖坊チャンの「政」甘え考え
・ 政治・・・・・・・・・・「与・野」のひと、団栗にもならない
・ 世界・・・・・・・・・・「銭」が不安定、伝染病より始末が悪い

天=寒い

・ 日食・・・・・・・・・・その陰が通過した影響だと言う方が
・ 地震・・・・・・・・・・地球自体が風邪を引いてクシャミの身震いかも
・ 津波・・・・・・・・・・海底の掃除だと言う方がいる。
・ 氷山・・・・・・・・・・が無くなるのがこの寒さなのか???

わが町の過去1963年8月からの「気象グラフデータ」は大いに参考になる。http://www.data.jma.go.jp/obd/stats/etrn/view/daily_s1.php?prec_no=33&prec_ch=%8A%E2%8E%E8%8C%A7&block_no=47512&block_ch=%91%E5%91D%93n&year=1963&month=08&day=&view=g_tem

今朝の温度も10度、特に平均気温が酷く低い・・・・・・・・・・・おお「天地」よ、これからどうなる?????


posted by kanno at 07:06| 岩手 ☔| Comment(0) | ■ 未来が見えた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月26日

リバイバル(振り返る)

2010年5月26日のブログの「リバイバル」です。

出直し「石場建て工法」の法制化準備3年先

この「ブログ」1000回、いい加減な書き方をしてきました。
一区切りが付きました。

このブログの御陰で多く方々に色々と教えて戴き、皆様には、ハシタナイブログ付き合いありがとうございました。
前の「ドブログ」の時から「約280,000」 (ドブログ故障時を含むと)以上のアクセス感謝しています。・・・・・・・
そろそろ潮時とかとも考えています。・・・・・・・・・・・時々にしようかとも。?・・・・・・・・・・・・・・(末・追加を)

≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫≫>>>>>>>>>>>>>>>>

2007年6月20日国民のくらしの弾圧法「改正建築基準法」が施行され、

石場建てを望む「住まい手・つくり手」は、路頭に迷い、それにいち早く
気がついた官僚が打開の為に動き、9ヶ月後の2008年4月、「国」は超重い
腰を上げ動きだした。こりゃ何とかなると期待して今日まで来たが。

その2年間たるは「木造建築研究日本一」を語る研究者主導は、超固い
構造が一番という頑迷さから抜け切れず、昨年10月10日に遂に本音が
露呈、歴史的工法木造建物は「倒壊」危険が大でありその事実を「住まい手」
に説明するべきであると言い切ったのです。

合板等で作られた工法が一番安全と言う説明は、大地震があるたびTV・新聞
マスコミ等なんども語るは「大手ハウスメーカー」側の発言に終始して
来ているのです。今一番日本で「恐ろしい」のはマスコミ報道です。

0526-1.jpg 明治初頭の町屋敷街に建って居た民家

それを最大限の武器として広言するから、出先の建築行政マンなどは、歴史的
事実を歪曲されているとも知らず、最高学府の研究者の一言を信ずると言う
悪弊は始末においないのです。又その配下の研究者も将来の御身を考えて、
反論も出来ず、一般人には考え理解されない「超学閥階級」の弊害で本音も
言いず、ウンモンとした考えについては当人と話しと雰囲気で理解できる。

0526-2.jpg 今まで100年以上も支えた石場漸く重荷が?

当初の予定では、3年目の今年で何とかなるはずが、昨年の不祥事が国会まで
問題となり、「検討委員会」解体「大手ハウスメーカー」側の研究者の排除と
関西で長らく研究されて来た「石場建て研究者」に白羽の矢を「頭領」にした。
「新検討委員会」が4月16日に発足した。・・・・・・・・また3年めどですが。

0526-3.jpg このような配置の石場

その「頭領」は以前から「実物大振動試験」等を行なってきた関係が、
実務者側にも受け入れられ、超スピードで現在奮闘中だと聞いている。
同じ研究所に居った研究者が2008年3月に研究成果発表しているではない。

「伝統構法木造建物の地震応答と耐震性能に関する研究」がPDF123ページ
伝統構法木造建物の地震応答と耐震性能に関する研究・・・・・・向坊 恭介
http://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/2433/57259/1/26024.pdf

0526-4.jpg 柱の場所のみと束立て部分

地震に対して建物がどの様に動くか理解できるのではないのかと思う。

古民家幾度と無く「手バラシ解体」して来たが、写真通りその石場の下には
砕石なども一切無く、建築時の「土」がそのままあり、研究者「ヘリ口」論文より
100年以上の「工人」の方が無駄も無く格安な金額で工事されたのが伺えるが、

0526-5.jpg 唯の石

先人から言い伝え「上物」を同収めるかが重要だと教わったのです。
それは、「物と共生」したから可能なのであって、地震の怖さのみが強調されほど
先人は「アホ」では無かったと考える。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

追加

唯、その様に仕込まれて来た我々には、間違っていなかった事だけは事実だと
確信すれば
するほど研究者の考えと大きなズレを感じる。

確かに設計者が図面通りに表現したものが違うとは言えず、解っていたものを
法律どおりだからと言われ、万が一自然災害等で倒壊などになった時の責任等は
誰の負担になるのか。・・・・・・・・国は強制力があっても責任を取らない。
無責任以外の何者でもない。

法律側には一切の責任ないとすると図面作成者と施工者のどちらかが責を
負わなければならないのが現法律である。

果たして今後出来るであろう法律の解釈次第では、町場の工務店・大工は
瑕疵担保保険で救済できるのか考える所である。その法律は新築10年後には
効力がなくなるでは国民は益々窮地になると考える。

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昨日16日の訪問者 (
PC内 212  件)訪問者各位ありがとうございます。
ではまた次回・・・・・・・・よろしくお願いします。


posted by kanno at 07:07| 岩手 ☁| Comment(0) | ■ 伝統構法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月25日

この先「日本国」は何処へ行く

今朝の新聞を読むと、

全然バラバラ、この先「日本国」は何処へ行くのか?
お酒を飲まないのに毎日は酩酊状態の大旦那。
1年前に何を言ったか記憶にない状態、

30年以上も前、国会での証人喚問の時、
証人は質問に「記憶」に御座いませんを
連発したが。「世界を見る眼・国内を見る眼」、
メン玉がデカイの何処を見ているのだ。

世界の旦那の1員でしょうが、何も考え時に
「政」をしているのではないよ。

沖縄問題は、地名の問題ではない。
米軍基地をどうするかが、「日本国」の
問題であって、米国だって好き好んで
沖縄にいる訳ではない。

巨大な隣国の世界制覇と、世界から孤立して
1国だけで近隣諸国を敵に廻し、好戦的な国が
近くにいる以上、「日本国」自衛隊だけでは防御
出来ないためと、東南アジアの紛争等に睨む
必要から基地をおいて要るのだ。

連立政権の中には、「経典」の1つ覚えのように、
「平和」ばかり口にする「くノ一」党首がいるが

国内の平和は近隣が平和にならないと、「日本国」の
平和がないんだよ。何かの一つことを口にしてれば
棚からボタ餅が落ちて来ないよ。外交努力出来ない
国会議員なんか要らないよ。

国民全部は基地が日本国に無い方が良いに決まっている。
しかし、軍隊が必要な以上、基地は必要ではないのか。


posted by kanno at 09:08| 岩手 ☔| Comment(0) | 未来が見えた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月23日

「ツツジ」咲き過去この先「大津波・大地震」が何度も

今朝は5時から市内海岸全域「津波避難訓練」避難場所へと市民が
避難した。

520-1.jpg 5月20日時点「つぼみ」

異変続きです。・・・・・・・・・・・桜が今
桜前線 ようやく稚内に到達 観測史上最長の73日
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100522-00000029-maip-soci

我が家の「ツツジ」ようやく咲く。晩いです。(田植目安のツツジ)

523-1.jpg 今朝のツツジ

523-2.jpg ようやく咲いた

523-3.jpg 花芽が出る時の寒さで色もさえない。


明日24日は50年前の「悪夢」、昭和35年早朝、地球の裏側
「南米チリ国」に史上最大の地震が発生、24時間掛けて「太平洋」
一跨いで日本沿岸を襲い、大きな津波被害をもたらしたのです。

大船渡線は「陸前高田駅〜終点盛駅間」レール路盤が大きく被害、
長期に渉り「不通」となった。
http://www.bo-sai.co.jp/chirijisintunami.html

2008.11.11東海新報記事
http://www.tohkaishimpo.com/scripts/index_main.cgi?mode=kiji_zoom&cd=nws4085

2008.6.13東海新報記事
http://www.tohkaishimpo.com/scripts/index_main.cgi?mode=kiji_zoom&cd=nws3654

2003年5月26日 三陸南地震――――動画
http://www.youtube.com/watch?v=cSt_C0ki8K8

我、50年前大工道入門、最初つくたものは「チリから大津波」で亡くなった「人がこの世から行く時の棲小屋」の箱をつくった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

50年前の出来事

1960.05.22 チリ南部 マグニチュード9.5
チリ地震
死不2,200〜5,700(1万?)、広域地殻変動、
大津波(最大24m)、世界史上最大の超巨大地震。
日本に大規模遠地津波(6m)、死不140以上。
活動断層規模800×200km。 だそうです


参考文献

チリ地震(ちりじしん)は 1960年5月22日午後7時19分(日本時間同年5月23日午前4時11分)、チリの太平洋沖を震源として発生した地震。日本を含め環太平洋全域に津波が襲来した。 マグニチュードは8.5(モーメントマグニチュード9.5)と、有史以来観測された中で最大規模の地震である。

まず前震がマグニチュード7.5で始まり、マグニチュード7クラスの地震が5〜6回続いた後に本震がマグニチュード8クラスで発生した。また余震もマグニチュード7クラスであったために、首都サンティアゴ始め、全土が壊滅状態になった。

地震による直接的な犠牲者は1743名。負傷者は667名。また、アタカマ海溝が盛り上がり、海岸沿いの山脈が2.7メートル沈み込むという大規模な地殻変動も確認された。

また有感地震が約1000キロメートルにわたって観測された。

日本では地震による津波の被害が大きかった。 地震発生から
24時間後に最大で6メートルの津波が三陸海岸沿岸を中心に襲来し、
142名が亡くなった。

被害が大きかった岩手県大船渡市では津波により53名が
亡くなった。一方で度重なる津波被害を受けた田老町(現在の宮古市)では高さ10メートルの巨大防潮堤が功を奏して
人的被害は皆無であった。

地球の裏側から突然やってきた津波(遠隔地津波)に対する
認識が甘かった事が指摘され、以後、気象庁は海外で発生した
海洋型巨大地震に対しても、たとえばハワイの太平洋津波警報センター
と連携を取るなどして津波警報・注意報を出すようになった。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
まだ寒い日が続くのか?

posted by kanno at 07:50| 岩手 ☁| Comment(1) | 節・節 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月22日

日本民家集落博物館

1度は、絶対見学したい所と思っていましたが、その民家に関係する
国の事業に関わったので余計にも見学しなきゃと思っていましたが、
思いが叶いました。

022-01.jpg 出入り口案内板

現在、国は戦後住宅不足解消するため、古くからの木造建築
歴史工法を置き去りにした「伝統構法」、現在のバラック工法
「建築基準法」には整合性がないのに気がつき、法制化して次の
世代に引き継ぐ検討委員会を設置、22年度で法制化できるはずが、
当初の総括トップの中立性ない考え、意識の大きなズレで、3月
トップ解任と検討委員会解体、4月に新たな「検討委員会」が
発足した。

その「検討委員会」分科会「構法・歴史部会」に。前2年間の
「構法分類TT」では各地の「棟梁」など地域工法の「聞き取り調査」
などを行い。その地の棟梁の考え、古民家等の調査を行なってきたので、
自分等の建物つくりだけで自己主張は健全なるものが出来ないので、
全国各地に保存されている「古民家」調査なしで提案するのは、
偏ったことになるので、調査時間があれば足を伸ばしのが当然である。

022-02.jpg 河内布施長屋門ー出入り口

研究者だけの資料で「論ずる」のは大きな危険性が孕んであおり、
やはり現物を学ぶのが、例えとおり「百文一見にしかず」だと思う。
トニカク見ることによって得られる「知識」が一番大事ではなかろうか。
そのためにこのような「古民家」の展示保存場所があるのは、
後の世にまで伝える最良の施設であり大事にするべきだと
考えるが。

橋下大阪府知事殿。

02203.jpg 河内布施長屋門ー出入り口

「日本民家集落博物館」とは次の所にあります。〒561-0873 大阪府豊中市服部緑地1-2
■交通
●北大阪急行電鉄(地下鉄御堂筋線接続)「緑地公園」駅下車
●阪急電鉄「曽根」駅下車 徒歩約30分 東へ約2km
●国道423号線(新御堂筋)から西へ約1km(標示有)。服部緑地第1駐車場が最寄り。

http://www.occh.or.jp/minka/minkashurakuchizu.html

日本民家集落博物館は、日本各地の代表的な民家を移築復元し、関連民具と合わせて展示する為に1956年(昭和31年)に日本で最初に設置された野外博物館
詳しくは次の「HP」 http://www.occh.or.jp/minka/index.html

posted by kanno at 07:23| 岩手 ☀| Comment(0) | ■ 伝統構法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月21日

地方の「第一次産業」・・・・・・現状

我、日本国最果てに住む町、「気仙」の現状、基幹産業は「第一次産業」主であるが、市内の優良企業は「市役所」が最大の従業員(いや職員)を抱える「くらし産業」であるが、「市」は住民に対して「口から出る」のは丸い物(銭)が無いが「第一声」です。

0521-00.jpg 国道脇の里山見収め

先人らが庭先の平地の少ない里山を有効利用し、燃料は「薪」が主で営々と暮らして来たが、昭和30年代半ば「プロパンガス」という「新燃料」が流入、導入前は台所調理を取る燃料は近くの山から「広葉樹」を主としてきたが、戦後の燃料革命第一号。

0521-11.jpg 未だ40年〜50年の立木(合板材になるとの事)

もちろん暖をとる燃料も「薪」が必要だったが、以後コタツなどは「練炭」に変り今でもその火は大事にされ、それも性能の良い「電気式コタツ・アンカ」変化し、里山は燃料革命とともに衰退の一途をたどる。

0521-12.jpg 高い所からの眺め、風当たりも強くなるだろう

もちろん畑なども、池田内閣の「所得倍増論」により田畑の放棄が始まった。
昭和30年代の「山林」所有者は左「団扇」で仰ぐくらいお金が回ったものだ。が、加速した経済によって、国産材の高騰が「外国産材輸入」(輸入材)で暴落を続け、高騰の時代に植林した「杉」などは、現在産地は「ボロクソ」な値段で伐採されているのです。

0521-13.jpg 大型重機が作業安全をしながら

40年〜50年の「杉林」、植林する時は国策で奨励され、畑では間に合わないので杉を植えてきたがそれも全然貨幣価値にも値しない現在、林家の植林意欲がなくなり荒れ放題の「野山」と化するのが、眼に見えている。

0521-14.jpg 見えにくかった国道はっきりと

都会に住む方々の暮らしを良くする為に、「米」「野菜」「木材」「磯物」など生活に必要な物の生産は高齢化により増す増す弱体、里山でくらし高齢者、町から遠く離れてくらし「買い物難民」を「国家・国民・都会人」に大きな重荷なるだろうと予想される・・・・・・・それが現在の最果てのくらしだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・行く先は確実に「姥捨て山」が待っている。・・・・・・・・中国の一省になるしか道が無いもよ。・・・・・・・・・・・・・・・・米国の一州は遠しぎる。
posted by kanno at 06:18| 岩手 ☁| Comment(0) | ■ 気仙の辺辺(あたりほとり) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月20日

「ツツジ」の花が遅れている

数十年前より、この時期には満開に咲く庭先の「ツツジ」が寒いのか、花の咲が晩い。
今頃、このツツジを目安にして「親父」の代から『田植』(5月18日)のする頃と
決まっていたが何故か・・・・・・・と言うのは「苗箱」の品種分けに「花びら」苗の
上に負えて目印とシテ来たのです。

520-1.jpg  ツツジの咲が悪い何でか天候不順・・・?

昨年の稲刈り辺りは一生に一回の出来事の為、テンヤワンヤでしたので刈り取り後に
田を耕起する時間がなく、春までと言っていたいが今月に入り耕起、2回目の返しと
立続けの作業となり、即水張り「代掻き」とまでとなったのです。

520-2.jpg 3ヶ所の内最初の田圃

今日は子供の頃から知り合いで「稲つくり」専門の方に機械田植を行なっていただいた。
機械の無い時代には近所の大勢の「女衆」が総動員で何日も「手植え」でワイワイお喋り
しながら、一代イベント見たいだったのですが、今は完全に機械「田植」、お喋りする
相手がいなく、田植機械の「エンジン」の音だけが響く。

520-3.jpg 楽チン田植です。


4月の異常気象の原因は、数年後には明らかになるだろうが、2月末の「チリ大地震・
津波」の影響が地球運動にどのような結果をもたらしか・・・・・・現時点不明?

トニカク昨日19日は、我が家の田圃周囲の大半の田植が終わり、機械植え手に
何処よりも最後なので植えたら言われ、それでも昨年より4日も早く田植が完了。

520-4.jpg 6条機械植えは早い1反歩30分。

果たして秋の稔りの頃にはどうなるのか、欲張りの心配が尽きない。

520-5.jpg 3ヶ所目を終わり・・・・・後は秋が来るのが楽しみ


posted by kanno at 06:36| 岩手 ☔| Comment(0) | 節・節 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年05月18日

「高倉」

地方によって様々な「民家工法」があるものです。この建物倉は面白い形である。

018-01.jpg 何となく見た感じがほっとする

「太い柱4本+地貫」だけの工法、現建築基準法で適用できる法律があるのだろうか。

日本の南の地域に建つ「倉」なのだそうですが、果たして建築の専門研究者は
「現法」に当てたら何と解釈して説明するのだろう。

018-02.jpg 建物説明


筋交いも無く、太い柱を見ると倒れると想像する方がいるだろうか。
このような建物でも、地上に建つ以上は「法律」によって役所から確認を
受けなければならない。果たして誰が「OK」を出しのだろう。

建てられた年代不詳ですが、移築民家として36年前大阪府指定有形文化財
としてされている。

018-03.jpg 梯子の頂点


奈良時代の寺院建物にはこのような「丸形柱」で見るからに安心する建物が多い。

説明板を読むと「奄美本島」宇検村部連集落に建てられていた「高倉」。
太い柱の材料はツバキ科「イジュ」(ヒメツバキ)という固くネズミの爪も立たなく
登る事が出来ない。

018-04.jpg 床組みの鼻先が面白い


平桁の上に、均し材、竹を組んだ床で組まれ、高度な技術よりもこのような地域でしか
出来ない工法が珍しいと感心した。また「梯子」も丸太に刻みを入れた単純な工法。

018-05.jpg 何処から見ても違和感ない。

「高温多湿」な気候風土に逆らわない考えといい。
現代人の空調・高気密・高断熱などとは180度の考えの違い、
この建物が無言の説明しているではないのかと思う。


posted by kanno at 07:37| 岩手 | Comment(0) | ■ 伝統構法 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
 
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