シンタックホーム 菅野照夫
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2008年09月30日

約150年前の考えと出来事

明治時代までにはまだ10年も前に建てられ、現在も住んでいる民家の聞き取りを行った。今から約6代前の2代目先祖が建てたのだそうです。八畳続きの座敷仕切りの「欄間」一対に意味深い彫刻がされていたのです。真ん中の釣束の左右に近い所には、左「波間から上る朝日」右「力強く湧く立つ雲」は日々の自然の表現、必ず上る「御天等様」何時も空は晴れていなく「天の力を現し雲」、この両方がないと、毎日の暮らしが出来ないのだという「自然界」を表現したもの。意味深いのはその隣にある。左の左は「生育中の瓢箪」右の右は「竹の生育」片方が縁起の良い生るもの、片や素直で1年で1人前となり、柔軟性があり天に向かい生長するという「竹」、「天地・人」を無言で表現したものです。現代の高度な教育環境では、このような形から日々の暮らしを読み取るなんて、どんなお偉い先生でも教える方はいなくなりました。そしてこの家が解体される時には、大型重機によってミンチにされるのを多くみてきたが、次世代の方がどのように考えなさるかは今の政治家の品格次第ではないのかと思う。毎日「オレオレ○○○」何とかで、騙される真面目な国民を阿呆と捕らえて脱線するのが恥ずかしくないのかと思う。
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2008年09月29日

続続『気仙大工→16間×6.5間」

関連ブログ 7月14日 7月16日 7月23日 8月21日 200年前「気仙大工先人」が建てた古民家、7月に縁があって山梨県に移築された建物を見学させていただいた。畳敷き座敷4部屋全部が「12.5畳」という広さにもびっくりした。200年前に建てられらたのは宮城県志津川町内、色々な文献から、伊達藩の大肝いりまでした家柄、東北の豪農の3本指にも入る位の家だったのが、時と共に衰退を辿り、縁あって解体の憂き目を乗り越えて、甲州まで来て安楽できる事が出来たのです。長い時間ですから、色々な出来事を物語るあとも結構あり、床の間座敷と前座敷を仕切る縁側柱には鋭利な刃物の傷があり、それもその柱にのみにだけありなんでだろうと思うのです。ましては「柱」に刃物を入れるなんて、相当の意味があったと想像するのです。
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2008年09月28日

「岩手型住宅」の推進」

「岩手型住宅」県が推進する施策一環としては、地域住宅ごとに分別した形いわゆる「遠野型住宅」「宮古型住宅」等と、「いわい(磐井)の家」「神のいる家「盛岡町家」」断熱仕様の「I地域」にあたる「西和賀の住まいづくり」、沿岸部「III地域」の「日本の名工・気仙大工」など、大まかに分けたようです。日本全体図では県全体は「II地域」ですが、山沿い地域はどうしても極寒地北海道仕様にしないと無理があり、また、太平洋岸に面した宮古以南は、海がもたらす気候が冬場でも温暖と、県央とは1ランク違いは謙虚にあらわれるのです。それに、林業県という産業推進の立場で「県産材」の推進も考えなければならない事情もあり、ハウスメーカー的考えとはどうしても難しいのだと思う。それがこのようなまとめで、「岩手型住宅」という題にされた、県民啓発のできるものになったと考えられる。岩手県とは言わず、隣県の「青森県・秋田県・宮城県」でも理解がいられることを、県際住む我々にも一助なっていただき物だと思うのです。
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2008年09月27日

「岩手型住宅」の推進」

「岩手県建築住宅課」が19年度から進めてきた住宅施策を、県民に知らせるパンフレットが出来上がりました。日本一広い県を山あり、平野あり、海岸ありですから、「省エネ地域区分」で言うと、I~III地域までまたがるので、画一的な施策が出来ませんから大変です。パンフのサイズは、A4サイズ表紙から裏表紙までで6ページです。1ページは「歴史と文化がたっぷりつまった岩手の楽しい家づくり」「岩手型住宅」大文字で書かれ手いる。難しいことばより、誰でも読める言葉が使われている。県民に平等に知らしめる難しさもあり、くらしへの応援、産業振興、山など保全管理と担当者にとっても頭の痛いところだろう創造する。あと2ページは後日 問い合わせ 岩手県建築住宅課 TEL 019−629−5933 またはこちらの「プロフィール」欄のメールに連絡下さい。shintac@nifty.com 写真の詳細を送ります。直ぐに無理ですが、次の明け方までに送ることが出来ます。
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2008年09月26日

H20年度「稲穂」

今年の我が家の田んぼ、まもなく稲刈りの時期が来ましので、稲穂を抜いてきました。隣で一緒の方のと、比べてみました。穂首を持って、垂れ具合の比較です。隣の田んぼの方が、実入りが良いようで、垂れ具合、粒の大きさはハッキリと違います。 で、今度は穂の数を数えるため、枝に付いた籾を分解、枝数も隣の方が「9枝」我が家のは「8枝」でした。籾の数は同じで96粒でしたが、確かに数は同じでも、田んぼを見る機会が昨年の4分の1も足を向けることが出来ませんでした。言い訳ではありません。その上天候不順と、春、庭先の紅葉の葉が少ないとブログに書きましたが、周囲を見回っても季節の変化と同じですが、30度の気温が超えたのは、経った1日のみ温暖化と言いながら、夏の天候は本当に不順、追肥なども、イモチ病が心配で行わずでした。結果はこの通りでした。本当に見るからにカボソイ茎、これだけ実をつける凄さ、正直に手一杯の力を出し、人に食べていただくための姿は、美しい。・・・・・・・・・そして「実るほど頭を垂れる稲穂かな」・・・・・・今度内閣はカクガイの大臣、口外が災いに成りそうだ。時間の問題ではないのか。
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2008年09月25日

「根」なにかに似ている??

組合(気仙大工建築研究事業協同組合)の関係で市内唯一「ホテル1000」での会合、時々出入りさせてもらうが、ホテルには、幾たび事どこか変化しているのです。前はホテルの中においていた。ケヤキの根の伐根が玄関外に飾られるようになりました。聞くところによると、市内の土木業者の社長が趣味で掘り出し、丁寧に磨きあげた2作品です。(写真) 左の下の形がシャチホコに見える。このような「木の根」を良くも大事に掘り出した物だと思う。ユンボなどは自前だから良いものを、それを大事に掘り出し、磨くだけの労力を考えたら想像も付かない位、お金が掛かったものでないかと思う。(直ぐにそう考える愚かさ) 帰りに車に乗ろうとしたら、先に乗った連れの方が、「鯱」(シャチホコ)に見えると言っているのです。(写真) 角度を変えるとなぜか人が二人に見えます。確かに言われてみれば、その様な形に見えるが。左右に置かれた2作品はホテルに出入りして方々の見守っているのかも知れない。もう一体も「駱駝」(らくだ)にも似ているのです。見る角度によってと、見る人の感性がそうしているのではないのかと思うが、よくもこれだけの物を「時間と資(労)力」がないと仕上げて飾ることが出来ない・・・・・・・・そう考えると我には無理だ。(写真) ラクダが休んでいる姿。「好きこそ物の上手なれ」と昔から言葉になっている。何でも好きだと云う事がないと完成出来ないものだと改めて、その土木業者の社長さんの人柄に接した気がする。1代で市内の業者を束ねる力にまでなるのには、このように隠れた「忍耐・辛抱」が「ケヤキの根」の形に表れているのだと、改めて思うのです。・・・・・・・・「忍耐・辛抱」・・・・・・・それが欠けている現在の日本国の「大旦那」、「あっ―そう」だ。北極圏の冬の日の出・日の入りと似てません。(写真) 頭の方からもそんな感じに見える。ホテルで楽をしてといってるみたいです。
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2008年09月24日

秋の彼岸の中日

我が家は訳ありで、お寺二寺のお世話を頂くのです。すぐ側の菩提寺は先祖代々をお願いし、後継のいない父の兄伯父は、隣町気仙沼市に菩提寺があり、夫婦の墓も面倒見ている訳です。伯父夫婦とも亡くなり、伯母は20数年前に先に旅立ち、伯父はそれから独り暮らしを10年経て亡くなり、後継がいないとは本当に寂しい晩年であった。お盆、春秋の彼岸と墓参りと年忌法要は、欠かさずにお寺さんにお願いしているのです。その伯父の菩提寺には400年以上前に植えられた「巨杉十本」が見事な姿で並んでいます。とても近寄りがたい「巨木」です。今から35年も前、計測した総材積は140.37立方メートル(505.3石)35年も経ているので、もっと材積が増えていることは間違いない。一番太いので、35年前計測、胸囲直径1m34、高さ43m、材積19.13立方メートル、年輪の間隔は1.68mmとかなり細かな木目であろうと想像される。地形から想像すると、沢の出口付近ということで、地下には水脈が川となって流れているから生きてこられたのであり、根元周囲になど、枝が出ている部分まで踏みつけず、もっと土を盛ると長く保てるであろう。長らく生かしていてほしい風景であり、地域の重要文化財、大切に後世に繋いでほしいものだ。―写真― 一番太い右8-9は1.34m直径です。今はそれ以上です。
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2008年09月23日

「安全な「米」つくり・安心の「家」つくり」2

昨日は「安全な米つくり」今日は「安心の家つくり」について、そして絶対倒壊しない家を作りました。それは、「人」が生きるための最低条件「食」と「住」の「安全・安心」を追及した考えです。勿論目の前の、「里山の土と木」からの恵みの材料を使ってのことです。もちろん現法律が謳うのとは全然違う、何百年と伝えられた「大工の技と木挽きの考え」なのです。住む人の身体に悪い「新建材・接着剤」は一切使用しない「シックハウス病」ゼロを目指したつくりです。現在のような、建築金物メーカー育成のために木造建築のもっている「力」を知らない、最高学府の研究者と名乗る輩の考えとは180度違うのです。「木組み」だけで、「法」以上に絶対「安全・安心」な住まい造りなのです。地震が来て倒れるなんて、心配はいらない、壁は厚板の「落とし壁」の「壁倍率4.0」(実験値)を越え、もちろん筋交など言う、「×点」で壁を支えるなどの、激震の震度波が来ると「限界」を超えて壊れるなんて言うのとはま全然違う。補強金物など使用しなくても、絶対倒れないなのです。「穴・ほぞ・ダボ・楔・込み栓」の基本でつくりました。それは「木の持っている力」を最大限利用すると可能であり、重箱の入れ隅角についた「垢」を穿りだししか出来ない研究者とは全然違う伝統構法、組んだら外れないのを知り尽くしたから出来ることであり、「伝統構法」をヤヤコシクした昨日今日出てきた最高学府の頭でっかちで、「木とオンナ」の根本を知らない異質の研究者などは、絶対逆さになっても倒れない建物は建てられないのです。それは建てられる「技術」がないからです。・・・・・・・・・家と食は死ぬまで「安全・安心」であるべきではないのか。
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2008年09月22日

「安全な「米」つくり・安心の「家」つくり」1

7反歩(70アール)の我が家の田んぼ、家族だけで食べるには充分余る面積です。田を起こしから、精米まで全部を管理しています。―写真― 除草剤1回しか使用しないため、草があっちこっちに身体の為にはショウガナイ。何処かで作られたものとは一切関係ありません。もちろん一生懸命作ったものを買い叩く「JA・国」にも一切売りません。仕事の関係で「住まいての建て主」などに、高い「お中元・お歳暮」に、米を買って食べている方々への贈答、日々の暮らしの物々交換で綺麗さっぱりと何処かの皆さんの口に消えて終わりです。しかし、買わなければならない「肥料・苗」「田植え・刈り取り脱穀」はどうしても他に、大型機械の力を借りないと、維持は出来ません。それだけも稼ぎ出せません。9月13日の「ブログ」にも書いたように、売るのは「超赤字」でないととても無理です。恐らく日本の農家は「米つくり」で儲かっているところは100%無いと言っても過言ではありません。―写真― 周囲で一番先に穂が出た田んぼ、「雀へのご褒美」収穫皆無 毎日、「テレビ・新聞」で報道されているように「汚染米・事故米」のように、何処の誰が生産したのか不明な「米」で、超利益に儲けているのは「流通業者・商社」だけです。そして、一番損をして病院のお世話を受けるのは誰です。毎日朝来る、新聞の「折込広告」に真っ先に目をやる方々、自分の命を守るということを忘れていません。皆さん安く買って儲けて、その利益以上にお医者さんのお世話になるなんて、もう一度考えて見ません。これから刈り取った農家の庭先で、米買い人は札束を見せ、百姓の頬を叩き買いまくって行くのです。それしか出来ない農家は、農協などに生産資材の支払いをしないと、来年の米つくりは出来ません。完全に「禿げ鷹かカラス」に睨まれ、如何する事もできません。しかし、このような「米」つくりはもう限界です。―写真― 周囲で一番先に穂が出たら、「雀へのご褒美」収穫皆無 「生産者・消費者」だけが馬鹿を見、「オレオレ政治家」に頼む馬鹿馬鹿しさと、国民の生き血吸う「政府・悪徳官僚」を変えないと、安全な「食」は綺麗事や、安い広告に踊らされ、安いものを買うために、往復1時間も掛けて買いに行く愚かさまで考え、食べたら「汚染米・事故米」だったでは情けないと思いません。籾から精米の搗き立て米、理解ある数人のお付き合う方には、スーパーの値段以上に、高くても買っていただくのはとても有難いです。「顔の見える安全」なものを手に入れる。それがお互い「健康が一番」の、儲けではないのか。
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2008年09月21日

二百年住宅について国会「質問・答弁」

去る、5月8日の国会での質問の内容が専門性のため、文書による「質問と答弁」がなされた。文書質問内容は 平成二十年五月八日提出 質問第三五八号 「改正建築基準法等に関する質問主意書」 質問提出者―保坂展人議員(社会民主党・市民連合) 改正建築基準法等に関する質問主意書。「一~四」までは省略。五 二百年住宅について 建物の高耐久化はよいが、無駄なコストアップになってしまう。経済が低迷しているときに実施すべきではない。1 二百年住宅の二百年の根拠は何か。これから超長期ローンを設ける際二百年の根拠があやふやだと建物がなくなってもローンだけが残ることになると考えるが如何か。2 日本の建物の寿命が短いのはどうしてか。その根拠を明確にしてほしい。3 二百年住宅構想が長寿命化の対策になっているか。4 二百年住宅は三十年後の中古市場の活性化には寄与するが、むしろ現在の中古市場の活性化を図るべきではないか。5 二百年建物が建つというのは幻想である。そのために無駄な投資になるのではないか。6 UR物件ですでに二百年住宅仕様で建てるように指示が出されているが拙速ではないか。7 どのような物件に対して二百年住宅仕様で建てようとしているか。民間ではあり得ない、税金を投入して建てる公共住宅の場合無駄な投資にならないか。8 住宅履歴書を二百年に渡って蓄積することは可能か。誰が管理するか。9 二百年住宅を支援するメリットは何か。10 二百年住宅はURを生き残らすためのものではないか。右質問する。(UR=都市機構) ―写真― 二百年以上前に建てられた民家 答弁の内容 答弁者 内閣総理大臣 福田康夫 衆議院議長 河野洋平 殿 衆議院議員保坂展人君提出改正建築基準法等に関する質問に対し、別紙答弁書を送付する。五の1について 我が国において近年滅失した住宅の平均築後年数がおおむね三十年であるという状況にかんがみ、住宅がより一層長期にわたり使用されるよう必要な取組を進めることが必要であると考えており、いわゆる二百年住宅の「二百年」は、実際の二百年間ではなく、現状の住宅の平均的な使用期間を超える長期間を象徴的に表すものとして用いられているものである。また、長期にわたり良好な状態で使用することができる住宅の整備が図られるよう、償還期間を一層長期間のものとした長期固定金利の住宅ローンを民間金融機関が供給することができるよう支援を行うこととする場合には、当該住宅の耐用年数の範囲内で適切な償還期間のものを対象に必要な支援を行って参りたい。五の2について 我が国において近年滅失した住宅の平均築後年数がおおむね三十年となっている原因としては、様々なものがあり一概にお答えすることは困難であるが、例えば、耐久性等の住宅の性能に問題があること、適切な維持保全が実施されていないこと、既存住宅の活用に係る国民意識の醸成が不十分であること、世帯構成の変化に対応した改築を行うことが構造上困難であることなどが挙げられる。五の3について いわゆる二百年住宅構想は住宅がより一層長期にわたり使用されるよう必要な取組を進めるものであり、住宅の長寿命化に寄与すると考えている。五の4について 既存住宅の市場の活性化を図るため、既存住宅に係る住宅性能表示制度の普及の促進、価格査定マニュアルの策定及び宅地建物取引業者によるその活用の促進、既存住宅の購入に要する費用に係る民間金融機関による長期固定金利の融資の促進、既存住宅の購入に係る税制特例の対象の拡大その他既存住宅の市場環境の整備を進めているところである。五の5について 五の1についてでお答えしたとおり、いわゆる二百年住宅の「二百年」とは現状の住宅の平均的な使用期間を超える長期間を象徴的に表すものであり、住宅がより一層長期にわたり使用されるよう必要な取組を進めるに当たっては、住生活の向上及び環境への負荷の低減に資するよう適切な構造及び設備を備えた住宅の整備を促進して参りたい。五の6及び7について お尋ねの「二百年住宅仕様」及び「指示」の意味するところが必ずしも明らかではないことから、お答えすることは困難であるが、機構の業務が効果的かつ効率的に行われるよう努めているところである。五の8について 五の1についてでお答えしたとおり、いわゆる二百年住宅の「二百年」とは現状の住宅の平均的な使用期間を超える長期間を象徴的に表すものであり、住宅がより一層長期にわたり使用されるよう必要な取組を進めるに当たっては、住宅の建築及び維持保全の状況に関する記録の整備及び活用並びに適切な期間の保存を促進して参りたい。また、当該記録を管理する主体としては、住宅の所有者、マンションの管理組合等が考えられるところである。五の9及び10について いわゆる二百年住宅構想は機構の業務の範囲及び事業の量とは直接の関係を有するものではなく、住宅がより一層長期にわたり使用されるよう必要な取組を進めるものであり、これにより、住生活の向上及び環境への負荷の低減が図られるものと考えている。―写真― 竃を二百年以上守った「釜神」、この法律は果たして誰を守るためにつくられたのか、大手の金持ちの為ではないのかと思うが我だけか。
posted by kanno at 04:41| Comment(0) | TrackBack(0) | | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
 
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