シンタックホーム 菅野照夫
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2008年06月30日

「日々転々」、半年が経った

神道には、1年の半分にして無病息災の神事が6月・12月の二回行われます。
今日、6月30日はその日にあたる。日本国に「神」が存在してからの神事だと聞きましたが、全ての人々が正月から半年の間におきた罪穢れを神社にお参りして、穢れを払うのです。

それが「茅の輪(ちのわ)」潜りいう行事だそうです。

>昔から「茅」は、その旺盛な生命力によって災厄を除く神秘的な威力を持つと考えられています。<

そして何故か「無限・・・∞」の形にお参りするのです。そうするとこの無限というのは「∞」大昔から日本にあったということになります。「8」の字を横にしたら「無限」・・・・・・・考えますよねえ。それを3回回るという。「8・8・8」・・・・・無病息災となるのだそうです。

先日お参りした。「志和稲荷神社」では「フジ」で造った「ちの輪」を潜りお参りしてきました。



「茅」は成長が早く1年草ですが、「フジ」はマメ科のつる性の落葉木本であるフジ属の総称であり木です。フジも成長するには他の木の側でなければ、上に上れないのであるから、その意味で使用されるか、この神社はどのような訳でフジを使うのか後で聞いてみる必要があるかも知れない。

別の見方ですが、今年、「フジの花」が道すがら、多く見受けられましたが、山の手入れが行き届かなくなったのが一番の原因だと言われている。国民が納めた税金が、官僚が生き延びる為にしか使われていないという特集のTV番組を見たが、このままでは日本国土は外国の軍隊が攻めてこない内に「官僚と言うガン」に完全に滅ぼされてしまう危険が目の前まで来ているのだと痛感したのである。





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2008年06月29日

悠久の時を見た

直近に悠久を見た
「悠久=想像もつかないほど遠い過去から変わらずに続く様子」
仕事で内陸に行ってきました。

志和稲荷神社

帰りに直ぐ側にある県内で有名な神社を参拝、そこは今から950年以上前に創建された「志和稲荷神社」直ぐそばには「志和古稲荷神社」の2社。
近くの「岩手県林業技術センター」に何度も通いながら、寄り道することはできずにいたが今回思い切り縁って参拝しました。



平坦地といってもこれより奥は直近奥羽山脈の山のふもとに抱かれた地です。
朱塗りの鳥居を何本も潜り、本殿へ。両脇は「杉の巨木」一番大きいのは、樹齢650年その根本から分血した150年の子杉見事な太さの「親子杉」。簡単に650年といいますが、人間80歳までまともなら、この木は8倍以上も生きているのです。人間我欲を持ってもこれ以上は足元にもおよばんのでないの。



やはり時という、間がこれだけの太さを物語っているのが目の前にある。仕事がら、木には特別の感心があるのは、これは完全に職業病です。
何でこんなに生きながらえ、これほど巨木になるのか、鎌倉時代末期、足利尊氏が滅びた時代に植えられた杉の木だと調べてわかった。本当に今生かされてのはこのような神々の陰の力なのだといつも思うのです。歴史を見ると人心が安定しない時代、人心の安定を祈願して植えられたとしか思いないのである。




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2008年06月28日

自然界の珍味は「黄金色(こがねいろ)」

自然界に存在する「黄金色(こがねいろ)」の生き物、ホヤがようやくおなか一杯に入るくらい来ました。
今年は少し時間がかかりました。例年ならもうトックに珍品のホヤが口に入るのに、ようやく度さと来ました。



話は横道にそれますが、「平泉」を世界文化遺産に指定をと地元・県・国をあげて指定を目指していますが、そもそも黄金の光堂「金色堂」は、日本国では国宝指定第1号だったのですが、今回ばかりは遅れを取っているようです。その色が自然界にあるのです。

戻ります。そのホヤ、やはり季節のものを食べられるのは幸せです。
これを食べて直ぐに、水を飲むともうたまらないくらい、美味しい水がのどを通ります。
旧暦の5月ホヤは「嫁」に食わしな言うくらい美味しいです。



それに鰹、大根の1夜漬けにキムチ掛けて、苦い水を味わうのです。「旨い・・・・絶対旨い」
三陸最果ての地、自然の恵みは最高です。

今日は、10数年前に「伝統入母屋の家」を建てさせていただきました施主の後とりが、北に1時間ほどの釜石で、未来を背負う若者の結婚披露宴です。外観は「朱色・そして凸凹」ですが、中味は「黄金色(こがねいろ)」の夫婦になってもらいたいです。・・・・・・・ほや・ホヤ・海鞘の日です。

「ほや」を書いたページ
2008.4.1
2007.7.30
2006.6.9
2006.5.18
2005.5.29






2008年06月27日

近くの里山の木

なぜ、長い「構造材」拘るか言うと、人の身体を建物だと考えると、構造材は人の「背骨」を形成していると同じです。
それを4m材で繫いで、1本にすることは出来ます。それは戦後の住宅不足からヤモえず良いとしたことです。
しかし大災害の大地震に見わられると繋いだ、弱い桁・梁の構造体が一番先に壊れます。それは2003年5月26日「三陸南地震」の時、全壊被害受けた建物を調査しても事実だったのです。

数回連載した調査報告
http://www.doblog.com/weblog/myblog/30645/1769872#1769872

http://www.doblog.com/weblog/myblog/30645/1872129#1872129



先人が通し物の「桁・梁」を使ってきたのはその裏づけだったのです。
現存する古い建物などは、そのような大きな振動にも「へいちゃら」で耐えてきたのは、材料・工法考えた方が、その建物に入っていたからだからです。

そこに住む人の命を守るのが建物つくりなのに、現在は法律通りに作られたものは「法」が安全だというだけで、現場にあわない建物でも、法律に合えば場OKなのです。

そして、「研究者」と称する方から言わせると、そのような通し材料の家つくりは「贅沢」普請だといわれています。贅沢普請が安全と、法律通りに作ったものが安全とは角度が違うのではないかと思うのです。ヤッテはいけない建物つくりを「国」が法を決めて行っていることこそが、詐欺建物を奨励しているだけで、経験に裏打ちされたものつくりは見下し考えの方が「安全」とは言いないと思うのです。





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2008年06月26日

近くの山の木

暫くぶりで里山に、山といっても人家の直ぐそばです。

2―3―4−6m材なら、製材所なら何処にでも在庫しています。
しかし、4mまで一般材、それを越え6mを越えるとなぜか特殊材として売買になる。
目の玉が飛び出るくらい、単価になります。・・・・・・・何故だか説明がありません。



とにかく長いから高くなると、説明され納得いきません。
ではショウガナイ、搬出の良い持ち山から分けてもらうのが一番、景気の良い時代から木材・製材業界は胡坐をかいた商売です。

木材が安くて商売にならないと愚痴をよく言います。
しかし、それはお客に対する言い訳だといつも思う。
儲かっているからそれを隠す口実だと聞いている。



ダッテ直ぐそばで乗ってきた高級車をみてその話は信用にならない。
そんなに儲かっていないなら、そのような外車・国産高級車に乗れないといつも不思議です。
儲からない、赤字だと愚痴を言うのは本当に信用できないと思うのです。

儲からない赤字とは、10割、5割も3割も儲からないからそのように言うのだと理解する以外にない。
まあ、そんな訳で立木を直接買うのが一番、時間は掛かるがそのほうが山も生き、住まい手にも良い。





2008年06月25日

日本有数の「巻き網船団母港」だった

三陸海岸の中でも広田湾は一番大きな湾である。

その湾の奥に長部港(おさべ)は、戦後無限の海にある食料として「鰯からマグロ」まで捕る北部太平洋最大の「巻き網船団」の基地があった。船員1カ統50人以上なければ漁が出来ない。その船団が多い時には六か統も存在、対岸広田にも漁業会社もあり、市の収入の大半を「船員・出稼ぎ職人」らが稼ぎ出した時代でもあった。

しかし、平成元年からまき網の漁獲が大幅に落ち込み、安定しない漁のため、船団は時代の波にもまれ平成に入り縮小・消滅となった。しかし船乗りたちは働かなければ成らなく、南・北へと皆仕事を求め、福島・茨城・千葉の漁業会社へと就いたのである。

中学校を終えて同級生なども多く漁船員となり、その仕事はとても魅力的な仕事であり、30年代半ばには、2年も大漁すると家が建てられたものである。船乗りの多くの若者らのおかげで、陸で働く我々にも大きな恩恵を齎し、春の漁が始まる時にはとにかく大漁して来るからと見送ったものです。
現在、大工の自分らを育てたのも、その漁業のお蔭である。

昭和30年代にその巻き網漁法開発した先駆者「菅野金吾翁」は、北太平洋ばかりか遠く西アフリカまで海域を伸ばして活躍した人だったが、漁業者から岩手県会議員まで駆け上がり地域貢献のみで一生を終えたのである。

今回の転覆遭難は「板子一枚」の世界で頑張って来た方々が無事帰ってくることを願うのみ。・・・・・絶句。

巻き網漁法




2008年06月24日

無念

20080623 夕暮れには未だ早い時間、突然の「悲報」
母校(小・中)の後輩2人、市内からの1人が、死亡確認 行方不明との連絡が入った。

我が家から半径2kmも未たない地域住む一家の大黒柱が、何でこんな形になるとは・・・・・・・無念。
銚子沖「魔の海域三角波か?」とも聞いたが。

行方不明者の早期発見を・・・亡くなられた方々に哀惜の念に堪えない。・・・合掌。






2008年06月23日

「岩手・宮城内陸地震」から1週間が経った

新聞記事・・・・・・・・・・・・・・・
地震後「危険」判定住宅、奥州市で4%…中越の3分の1以下

>>>今回、揺れの最大加速度は大きかったが、住宅倒壊につながる揺れの周期とは異なったためとの見方が出ている。また、奥州市建築住宅課は「築150〜200年の農家などは柱が太く、びくともしていない」と話している。<<<

現在の「建築基準法」が出来る前の家に大きな倒壊などという被害が今回少なかったのは「なぜ」でしょう。新聞の記事によると、役所の建築担当課員「柱が太かったからだろう」との説明、この方はその柱の上の「木組みについて」はほどんと判らないから、建物の柱にしか眼が行かないので、このような新聞記事なったんだと考えられる。

柱がただ単に太ければ倒壊しないと誤解しないで頂きたい。もちろん説明が間違っていたものでもない。

我々の先人が過去に作った建物の強度を数値に置きかいて、造られた建物は一軒もありません。皆、口伝と称して、長い間の経験値によって代々伝わってきたものであり、数値に置き換えないと説明できないなんて、現法のようなことはないのです。このように数値に置き換えるから、姉歯事件のようなことが起きるであり。現代のように鉄骨やコンクリートで造る建物とは全然違う発想から来ているのである。

とにかく、建築の専門家と称する輩の「えせ研究者」が蔓延り、なぜかわかったような振りする者の口から出た話を拾い上げて報道するマスコミにも大きな誤解を生み出す原因があると思うのです

阪神大震災の際にも大手ハウスメーカーの担当者と仲の良い記者が鵜呑みにして記事を書き、伝統構法で造られたものが地震に弱かったと派手に書かれ、その実は「大手ハウスメーカー」の建物も大きな被害を蒙っていたものを隠し為のマスコミコントロールが引かれたものだというのが、後でわかったが「後の祭り」だというのであった。

常に真実というのは、派手な言葉の裏に隠されて日の目を見たときは信用されず、歴史を紐解くと出てくるものなのです。
だから今回の新聞記事をしっかり検証する第3者機関がないと、詐欺師の言葉を鵜呑みした「オレオレ」詐欺に騙される人が多くいるのである。間違っていないのだが、今回記事を書いた記者はどれだけ建物を知って書いたのか何時か聞いてみたものである。

またこんな記事も

急速報で中学生100人避難…震度4、21秒前に受信

・・・写真・・・前にも同じ場所、別角度の写真を見たら、完全に横に吹っ飛び倒壊していた。3mた以上もずれているようだ。


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2008年06月22日

地球「環境」の運動を

昨日のネットニュース、フジサンケイ「すかいらーく 2600店で割りばし中止」の記事


ファミレス一グループが、日本の全人口の倍、年間2億5000万膳、総量「650トン」が使っていた量なそうです。これだけ逆に森林破壊に貢献していたものが、全部中止という大英断です。

一グループだけでこれだけですから、恐らく想像できな位、只数10分で「ゴミ」になるのです。
「清潔と潔癖性」に買い鳴らされた生活が、これだけ地球破壊をしてきたのです。

そのゴミを収集、燃やしための労力などやめる事による。浪費から開放されるなんて素晴らしいことです。その他色々な処で「割りばし中止」の運動が始まっています。

それでも一グループは国全体の1%なそうで、国内全体の年間使用量は250億膳、6万5000トン(4t車で16,250台)数の大きさには絶句です。1人が年間200回使っているという計算になります。・・・・・・・・・・考えなくちゃ。孫の世代が哀れだ。

国会議員さん。中央官庁のお役人さん「クールビズ」の次はこれだね。

その他の記事

【サブカル最前線】アキバからエコ!メイドがマイ箸を配布

国産割りばし「森林を活性化」 若狭塗りばしメーカーが普及活動

早大生らがママチャリツアー 環境問題訴え洞爺湖へ






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2008年06月21日

気仙が合併・・・・・・???

国は「合併特例法」で市町村の合併促進を図っているが、中でも強力に推し進める「推進派」の合併というのは、合併文字より「合併債」という「金」に眼の眩んだ方々が一生懸命なのは如何なものかと思う。

合併することによって「地域の住民サービス」をどうするのかの説明もなく、闇雲に「市町」の合併を進め、合併債の期限が切れるまでにとは短絡過ぎないのではないのか。

1例を挙げると、仕事上何年か前までは色々な登記事務の「法務局出張所」があったが、閉鎖により隣市に引っ越した為物凄く不便になった。
時間も前は10分位で済んだのが、車の往復だけでも1時間以上も掛かり、そのような住民サービスの、不便解消が図られなく、町から遠くなるような合併に果たして賛成できるだろうか。
住民の生活不便の為の合併なら、なにも無理して合併をしなくても良いような気がする。

第一合併による気仙地域の「メリット・デメリット」を先に住民に説明するのが基本ではないのか。
そのような説明もせずに、法的な手段のみで合併運動すること事態「我田引水」の極地であり、先に合併した地域外の町の声を聞くと失敗したと、後悔している方々が多く、合併数年後、住民負担である。固定資産税などは、合併の因果で町時代の時より負担が多くなったとの声も聞きました。

もっともっと地域の声などを聞き、今後の街づくりをどうするのかなど、真剣に話し合う場をつくり、合併による不便を受け入れる体制が整ってからでも遅くないのである。
一時の「マスターベイション」(高齢になると無理だ)で時間を経たら、苦しみが更に大きくなるのなら急ぐことは無いのである。



市長と語る

記事の一部

「本市は小さな町だが、歴史や文化、自然豊かな資源を生かしたまちづくりを進めている」と説明。今年度の重点事業については少子高齢化対策、海フェスタ開催、平泉関連の玉山振興、防災対策を挙げた。
 少子化対策としては「第三子の保育料無料化拡充、妊婦検診の公費負担拡大などで子育て環境の向上を図っている」とし、産業振興策としては商工会をはじめ農協、森林組合、漁協と連携して事業展開していることを強調した。

 市役所内では行財政改革を進め、経費節減や人件費の削減に取り組んでいることを紹介。「市民サービスの低下につながらないよう、今後も行革を推進していきたい」と話した。
 合併問題では、「将来的に合併するなら気仙二市一町と思っている。市内では大船渡市との先行合併に向けた動きがあるが、住田町を除いた合併はいかがなものかと思う」と語った。
 意見交換では、地区民から「合併によるマイナス面は何か」との質問が出され、中里市長は「合併の仕方にもよるが、それぞれの自治体が対等の立場に立ち、住民が合併を望んで話し合いのテーブルにつくならデメリットは少ない。しかし、今の状況で合併新法内にテーブルについたらデメリットは多くなると思う」と述べた。



 
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