シンタックホーム 菅野照夫
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2008年05月31日

ヤマセと鬼門

5月23日25度の最高気温記録以後段々温度が下がり続けて、29日には12度台にまでになった。
24日には大きな靄が正午あたりに掛かり、視界が200m前後までなったのである。
可笑しな空模様なので、「ヤマセ」が来なければと思ったのであるが案の定、低温が続くのはその前触れだったようだ。




31日の今日で8日間も低温が続いている。日本周辺の天気図を見るとオーホツク高気圧が発生しているのだ。この気圧が高いと、北太平洋沿岸上空1500mから下は大陸から張り出し気圧の舌にもぐりこみ温度が上がらなくなるのです。昔から一番悪い気候状態に入るのです。本当に20度以下の状態が長いと農作物などは生育が遅れ大変です。




そんな訳かどうか判らないが、方位方学の「鬼門」(北東方向は昔から良い方位ではない)の方向は、昔京都の街づくりに影響があったのは皆様ご存知でしょう。比叡山延暦寺は鬼門の方角になっている。江戸も上野の寛永寺がそうです。色々な資料を読むとその方角は一番良くないと書かれているのです。




気象学的ところから来たのかどうかは知る由もないが、何故か「ヤマセと鬼門」は関係しているのではないかと思うのです。よく鬼門は科学的ではないと論法もありますが、人間の考えの及ばないのが自然界の動きであり、気象予報なども精々1週間の予報には間に合うが1ヶ月先となると確実に解明できないというのが現実なのだそうです。




何でも昔からの言い伝いには確実性があり、長い間の積み重ねには真実の裏づけがあって、今日の状態が続いているのは間違いないのである。世の中がどんなに進歩しても我々の住む地球の営みは、絶対変える事が出来ないのであり、化石燃料が毎年毎年燃やされ続けている限り、地球環境は崩壊の方向に行ってることだけは間違いないようです。・・・・・・・・・ホンとに日中は寒いです。

―写真― 

1-普段の曇り空 

2-靄が掛かった状態

3-国道の温度計11度を表示

4-874mの山を包むヤマセの雲

5-大船渡測候所の5月の気温グラフ




2008年05月29日

二題

ブログを休んでいましたが再開。・・・・・・・・・・・・・・しばらくぶりでローカル線に乗車、列車が来る間のんびりと半割にした。杉丸太のベンチに腰掛けていました。

その間ものんびりしては居られない職業病です。
フ-ト眼を柱の足元見たのが運の付き、柱の根元が綺麗に仕上げて有るじゃないの。




これ開かんは遠からず中がどうなるか、いつも見ている方はお判りでしょう。
この組み合わせはもう持たないは最悪です。
木材は乾燥するように使わなければいけないのに、根元は水が好きなコンクリートではないの、どのように繋いであるかわかりませんが、恐い施工です。・・・・・・・・これ以上はやめ様。おっかないよ。・・・・・・・・・・・駅長さんに睨まれるは。




JR線の電車の中、携帯の通話ができないがカメラで悪戯、吊革って丸いのが当たり前と思っていたが、何故か3角形になっているじゃない。
3辺の何処に触っても良いようにかんがえられたのか、田舎もんにとっては珍しいです。
誰が考えたのか後で誰からか聞いて見よう。
田舎から出てくると本当に不思議だ。





電車の出入り口の両引き戸の上には動く絵です。・・・・・・・これまた珍しいは、よう考えるものです。
電車が1駅ごとに絵での案内です。・・・・・・・都会はサービスが良いは「飯田橋―市ケ谷」間だと直ぐにわかるのです。・・・・・・・・・まもなく下車の四ッ谷駅です。
行く先は「都道府県会館」・・・・・・・そして地下鉄にと又乗り換えです。
よく面倒ではなく乗り降りしているものだと感心すること。
都会の人いうのは馬車馬のようによく動き働くもんだ。
田舎は別の意味で馬車馬だが都会の真似は出来ネエよ。・・・・・・・それでも憧れる若い人よ、一生くらしのには考えモンだよ。・・・・・・○原知事の奴隷かもよ。





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2008年05月26日

高く大きな箱の中「個」が何処へ

田舎ではとても考えられない想像も出来ない。

都会の姿・・・・・・・・こんな建物に入るのが都会生活?




隣は何する人ぞ、近くて遠い隣人。

都会の姿・・・・・・・・・隔離され、音も無く住むなんてヘッドホン社会?


「き」(気・木)が無く見た目は印刷の「き」の。

都会の姿・・・・・・・・この箱の中では気が付かない生活?


壁は何処かで作られて嵌め込こんで造る。

都会の姿・・・・・・・・こんな箱に住むなんて考えが付かない?


どこを見ても、平らな家並みが無いに等しい。

都会の姿・・・・・・・・共生社会って生れるんだろうか無理?


こんな入れ物の中では何を考えているのか想像ができないのが
わかる気がする。

そして犯罪が生れるのも当然な社会のような気がする。

それを毎日報道する。マスコミが更に助長しているのが
わかる気がする。・・・・・・住まいは犯罪社会を建設している。

もう人間の住むのではなく、野獣・・・・・・・の姿しか写らない。檻の中だ。
先手必勝しかない。獲物の狙う以外に無いのか。・・・・・・個人はどこだ。

探し宛ても無い。。。






posted by kanno at 06:45| Comment(0) | TrackBack(0) | 未来が見えた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月25日

48年前「5月24日早朝」・・・・・無震動で大津波が。

防災システム研究所
CGによる過去津波と将来宮城県沖津波想定

1960年(昭和35年)5月24日早朝、その22.5時間前(日本時間:昭和35年5月23日04時11分)に起きた史上最大級の地震は、表面波マグニチュード(Ms)8.5、モーメントマグニチュード(Mw)9.5と、有史以来観測された中で最大規模の地震である。
発生から、22.5時間後には17,000km離れた三陸海岸に大きな津波に襲われたのです。(時速にして750km、ジェット機なみの速度で到達した。)

当時、陸前高田市・広田湾では、3時に出漁して定置網の仕掛けてあるのを起こしに向かった漁師さん達が、海の異変に気づき、連絡が早かったから、8人の犠牲者で済んだが、隣の大船渡市では53名の犠牲者が出たのです。

当時の資料を見ると警報を出す気象庁は日本まで来ないだろうと高をくくって、予報警報を出さなかったのです。・・・・・・・(人間の予想とはこんなもんなものです。)

図・・・・・カテゴリ “Great Chilean Earthquake” にあるメディア・・・・・より
http://commons.wikimedia.org/wiki/Category:Great_Chilean_Earthquake?uselang=ja




中学校を卒業し、岩手県立大船渡職業訓練所・建築科に入所してまだ2ヶ月もしないうちに津波災害に遭い、列車通学の線路も流され、山手の住田町経由の臨時バスで通学したのです。

その津波後は、勉強どころではありません。津波被害者に救援物資を運ぶのに人手が足りないとのことで災害復旧の一員になり1ヶ月もトラックに乗り救援物資の配達で明け暮れたのでした。

津波の惨状はとても言葉では言い現せない。大きな船が約1キロも押し流され横たわり、亡くなった多くの犠牲者は、一塊になって大船渡町地の森付近の高台の斜面下に打ち上げられ、当時の先生方が先頭になり、犠牲者収容の寝棺を杉板で作ったのは昨日ことのようです。

これが大工道最初に人が入る箱を作ったのでした。そして来年は犠牲者の50回忌となります。
今朝、陸前高田市町内の海岸沿いには、朝5時のサイレンで避難訓練が実施され、雨の中海岸近くの方々は高台に避難し、沖を見ながら、津波が来ないようにと手を合わせたのです。

自然界が怒った時にはどんな建物に居様とも、安全な場所に逃げるのが最善の道であり、国がどんな基準の建物を奨励しようとも、いち早く避難、避難それ以外方法はないと考えるのです。



三陸沖過去震源と津波

2008年05月24日

初夏「山海」の珍味

5月は自然界からの恵みが沢山出てきます。

田植えの季節、山からは「ウド・タラの芽・ミズ」などが沢山きました。

(やまの刺身・・・ウド)


また海からは、地球温暖化のせいではないかと思われる。「ホヤ」の毒性が確認され、本当に今までは無かったことです。2 3日前に解除されようやく、ホヤの季節がきました。

定置網で働く親戚からは小魚(市場まで持っていくと赤字になるので働く方々の分け魚)が採れた手の塩焼き。

(来年の段取り・・・・第1次産業の不幸(効)率・・・・・・しかしやらないと来年がない)


24日の今日から土曜朝市の市場が開店と、毎年同じことの繰り返し「山海の珍味」がきました。

都会ではこの新鮮さは無理でしょう。・・・・・・・・・これが田舎もんの特特です。

広田湾漁協・気仙町長部市場は、まもなく遠くからの珍客はもう市場を目指して車移動中でしょう。・・・・・・・・・・楽しみです。

(近くの山・・・・・近くの海・・・・・本当にアリガタヤです。――――山海のシバデ)




posted by kanno at 05:19| Comment(0) | TrackBack(0) | 節・節 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年05月21日

東京へ東京へと草木もなびく

本州最果ての地から東京へ出るのに、日本一有名な政治路線(大船渡線・通称ドラゴン路線)に乗って一ノ関駅に出て、東北新幹線に乗り換え東京へと。

距離と時間は陸前高田駅から一ノ関駅へは枝線の距離は82km、時間は116分です。そしてのんびり平均時速約40kmです。それとは途中駅での停車時間が長いのです。それでも無いと年寄り・高校生は大変困ります。・・・・・・陸前高田駅




東北新幹線は一ノ関駅−東京間は距離約450km時間133分、平均時速約203kmで走ります。早いですは、新幹線駅に近いということは本当に便利です。(拍手・・・・・)

所要時間最短で4時間15分が最短です。料金は安く見積もっても¥13,520.―が掛かります。でもこれは条件が最高に良い時です。時間が違うと1時間以上は余計に掛かります。・・・・・・・沿線風景これは今後も変わらないだろう。




枝線と並行して走る国道は62kmで一ノ関駅に出られます。その差は20km、車だと1時間チョットです。急ぐ時とかは新幹線最終20時16分で帰る時、車でしか動きが取れない、最終で家に着くときは午前様。・・・・・・・・途中駅からまだ残る板倉



高校を卒業しても、地元に働く場所がありませんので若者は、東京へ東京へと草木もなびくように故郷を捨てて東京へ、そして90%以上は戻ってきません。東京の「肥やし」となって一生を送るのです。
帰ってきても「浦島太郎」同様で、我のいる場所がなくまた東京に戻ります。
・・・・・・まもなく新幹線乗り換え


お金にゆとりのある方は、戻ってきますが東京の垢の付いた連れ添い説得して帰ることは1000人に1人もあれば、めっけものです。Uターンなどと地方自治体は一生懸命ですがマジで帰りません。
やはり都会の色が何と良いものか、一生馬車馬のように働き送る幸せとはなんでしょう。・・・・・わからない。・・・・・・・「ああ上野駅」――――それとも「哀愁列車」・・・・・・・就職列車―>悲劇それとも人生喜劇か。・・・・・・・・・アクナキ追求まだまだ建設ラッシュの東京。





2008年05月20日

算盤に例える

4角に囲んだテーブルに3人掛け、(6×3+4×3)×2=60席が、第2回意見交換会の配置でした。
4月の第1回意見交換会は、国側と向き合う対峙した配置のようでしたが、今回は四方の意見が聞けて見える配置だった。

しかし、意見交換とは名ばかりで、入口が何処なのかが不明な自己持論終始では、意見交換ではないのでは感じた。国を攻めるのは悪いとは思わないが、伝統的構法の意見を賜りたいと、国が門戸を広げたのに、過去の欠陥追及では前途が開けなのではないかと危惧したのです。もっと思いやりある全国見つめた考えで国に意見を述べられないのか不思議だ。

確かに、現・建築基準法の中では、古くからの建築構法は異質な構法に写るのが当然であり、なぜそうなったのかということは、皆様もご存知の戦後の荒廃の復興に力点が置かれ、とにかく全ての国民を住まわせなければならないと言う、切羽詰まった処から出来た法律なのを理解しなければならない。

その決め方が、如何のこうの文句を言って如何にもならない、それに固守していては折角遠く、から来ているのに、全国を理解しての発言でもなく、申しこし前向きな考えと、「伝統的構法」を如何次の世代に繋ぐかが我々の責務ではないのかと思うのだ。
(早起きして一番列車に乗り、半日掛けてと¥3????円以上の足代が掛かっているのにと腹が立った。)
―写真― 口型並べ方式意見会場


皆様の考えには間違いが無いのに、堂々巡りでは前には行けないのです。もっと建設的な意見が出るかと期待したのに、ガッカリした。

このような会議は、「算盤」と同じで、意見の一つ一つが算盤「珠」なのです。

算盤とは
〔中国・わが国で〕一定個数の珠(タマ)を縦棒に通したものを多数横に並べた形の計算用具。〔昭和前期までは五つ珠、現在は四つ珠〕


軸・珠・ナカシキリが形成されているのに、御破算で5珠が上がる、下の4珠の動き次第では上の5珠が理解して降りないと6以上には行かない。(「上」が好きな方を「五」珠称する。上がると下がることを知らない。)

―写真― 沿線の途中に建つ昭和初期のトイレは現役です。


会議の構成から言っても、前向きに物事を捉えない算盤の数の枠にも入らない、何を言っても自由かもしれないが、大勢の前での発言には、聞いていてアグンと開いた口が閉じなかった。やはり大人としての発言があって然り、会議のマナーが何処かにフットンだ、内容が多かった。

そして先輩経験者は「五珠」なのだから、上がりパッナシではなく若輩者の事も念頭に置いた発言をして欲しかった。

国側の立場では数年で配置換えになる担当職員に過去の事を掘り下げて、追及しても決定されたことを国が覆したのでは前任者の行ったことまでは動かせないのが筋であり、そのために恥の上塗りでも、徐々に修正して頂く以外に無いのではないのかと思った。・・・・・・・・・・・・・悲しい出来事と忘れる以外にないのか。

中国地震をネタに、肝腎空芽(要)の「法」はいらない。その前に逃げる避難することを教えてよ。頼む。

―写真― 新幹線窓から先人が造った神社の屋根だけ見えました。古川駅手前車窓




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2008年05月19日

伝統構法とは土着の「八百八万神」と同類だ

今回「国」と国が指名ない伝統構法関係者約50名が、15日の「意見交換会」に全国から集まりました。

日本の色々な地域とは言い難いが、真剣に考えている方々がこんなに大勢いるのを「国」は、真剣に耳を傾けるべきであり、その対応に孤軍奮闘している「国交省住宅局・木造住宅推進室」の方々が本当に大変です。(真摯な対応にはこうべが下がりました。ご苦労さまです。)

荒廃の中、住宅不足でとにかく手抜きと言われても作り付けなければ成らなかった時代がもう当に過ぎたのに、様々な仕様規定を生み出した「建築基準法」は完全に行きづまったのです。

多くの国民が解るとおり、「地域・地方」には土着の建方で茅葺民家が建てられてきたのです。それを東京で物事を決め、それを「地域・地方」に押し付けることは、地方の崩壊を助長しているのです。
国が決めることは「安全」というお題目で、無理やり無駄な構法の押し付けからも脱着してほしいものです。

集まった方々の意見を聞いていると、日本古来の「八百八万神」が寄っての意見みたいでした。どれも皆それぞれ正しいと思う主義主張の意見で、万人の「伝統構法」を救う言うことでは共通ですが、個々の神々になると、自己主張が目立って、全体如何するかという持論ではなく、自慢に摩り替わりでは、国が意図していることに協賛していると同じではないのか。参加者は地方・地域全体を考えて主張しなければならないと痛感した。

今後も、「八百八万神」は国に「2礼2拍1礼」でお願いして、木造伝統構法が明治時代の蛮行神仏分離令「廃仏毀釈」のようにならなければ良いがと危惧する。(でも上部委員会での手続き次第では可能性がないとは言いない)で国家は、遣りかねはしない。それが歴史である。



明治の蛮行 廃仏毀釈

廃仏毀釈

―写真― 大船渡線車窓から、大正時代の貫構法建物



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2008年05月17日

でんとうこうほう議論―1

会議の形・□・○・▽・長方形・楕円形・=・・・・・まあ色々な形。

自然界が生き育てる形は、段々大きくなる丸い形が基で木1本1本が生育しているのではないのかと思う。しかし、人は形を決めないと前進がなく、その形たるものは段々小さくなっていくのが結論だ。

どんな「木」でも最初から、四角に育っているのを見たことがない。皆、丸が基本である
先ず植物が生育するには「土」があり、お天等様、水、風、月の力がないと、育たない。

成木が人間の欲によって切られると、使いやすいように■になり、そこから大きな問題が発生して行く。
そこで古人は、丸が四角に、八角、十六角、三十二角、六十四角とそして原点の丸形にして使ってきた。

四角四面になると見方が4方向になり、向会うと1面、離れて45度で方向では√2面が最大である。

先日全国から、どのように選抜されたのかは不明、単独参加が可の意見交換会が開かれたのである。

大きな、「角柱」に例えると。
・ 1面・・・・・国
・ 2面・・・・・研究者
・ 3面・・・・・設計者
・ 4面・・・・・現場―大工

――――――本当は施主が「芯」、関係者は「面」ではないのか。

そして、その4角の角は直角鋭利であり、上手く面取りしないと4角4面がバラバラの考えでは・・・・・危ういのである。

皆どの「面」にも、一番大事な施主である依頼者は蚊帳の外にしての議論である。

・ 「国」は国民依頼者保護を基に、規則論で主旨している。どのようにしたら良いのか、伝統構法を一番知らないのが恐怖であり、方向を誤ると「伝統木造建築」が滅亡する可能性は大である。

・ 「研究者」は木の「面」から研究には詳しいが、芯は何処にあるのか見られなく、木をどう扱ったら良いのかは頭の中だけの空理空論。その結論で物事を国に進言するのが一番の恐怖である。これが一番の曲者である。

・ 「設計者」は頭が良くて法律には詳しく、2Dは最高のスペシャリストであり、「木」をどう加工したら上手く行くかは不明であり、本当に自分の絵が描いたものを「手」感じることが出来ないのが欠点である。

・ 「現場・大工」古来より、「木」と常に向あい工法を積み重ね伝承、3Dを実現して現在まできたが、依頼者の物知らずと金銭欲に振り廻され、1〜3面の介入が物事を複雑にし、依頼者と向き合う姿が消えたのを、知らないでいる。

これから「1〜4面」とどう折り合いをつけるかが、伝統構法を残せるかが最大の鍵である。




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2008年05月12日

確信・・・・・・・・・ハン

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
「辞書」―――――かくしん【確信】

確信する
確かにそう△である(なるに違いない)と、自分の予測・判断を信じていること。

用例・作例

強い確信を持つ
確信を得る
確信に満ちた調子で
【確信犯】=自己の信念に基づき正当な行為と信じて行う犯罪。〔特に、宗教的・政治的な義務感・使命感に基づくものを指す〕
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

先人から伝承されてきた我々「木造大工」の「木造建築構法」は、昭和25年に制定された建築基準法、昨年改正された法律によって「法律遵守」しなければ「法律違反」という事になった。
この法律は我々に対して、何百年も受け継がれてきたものに対する「挑戦」だと受け止める。

現在までに、数多く恐らく何百何千万棟が今までに建てられてきたが、その建物でも最初から予算がなく施主のごり押しで建てられたものは、大地震による倒壊という憂き目に有って来た物もあります。

しかし、先人・師匠・兄弟子には絶対やってはいけないことを、身体の真まで叩き込まれてきた我々に、今回の法改正の視点は全然違う処からの発想だと思えるのです。全て数値で表わしたものが安全で、数値に表わせないものは「法律違反」だと決め付けて来たのだ。



それでは、その数値で建てられた建物が「絶対安全」だと、自分の知る限りでは、検証が行われたという事実もないのです。本物を知らない贋者「木造建築研究者」の、大工の「粗捜し欠点」のみで、法律が作られたと思うのだ。先人は自然界の動きを勉強して「木造建築」を建ててきたのだと確信している。

法律は建物を「箱」としてか見ていないのです。1本1本の柱をどのように建て、桁梁をどのように組んだらこの建物が耐ええるかを常に考えて来たから、百年も二百年も残ってきたのです。
その根本をどこかに置いて、法律つくる方がもっと国民に対して重大な罪を犯しているのではないかと考えるのです。

この自然界に絶対安全は有り得ないのを、法律は安全だと言うことは国民を騙していることになるではないでしょうか。その考え方は、我々ものつくりより視野が狭く、御身の肩書きのみ固守した頭の固い、それこそ頑固で自然界と言うものを判らない贋者研究者としか言えようがない方の意見で法律を作っているとしか思えないのです。

太い材木を使うのは大金持ちの家だという贋者「木造建築研究者」が固定観念を持っているのも事実です。しかしそのような材木を使って我々は建て来たのだから、それこそ法律違反といわれる「確信ハン」である。・・・・・・・・・・・・悲しい世の中だ。

でも我々は今後も変わらないだろう。それは次世代の為だ。
そのために戦う。・・・・・・・これから先は、牢獄と山と積んだ銭を用意しなければ、大工は出来ないようだ。

―写真― 長材の構造・・・・・・抜けない隅土台柱の仕口





posted by kanno at 07:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 気仙大工 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
 
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