シンタックホーム 菅野照夫
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2008年03月31日

生かされた事に「感謝」

昨年の3月30日夕方、ベッドに横たわっていると担当医が来て明日退院しても良いと告げられた。
21日間も麻酔薬によって、別世界を彷徨って来たのが、突然の言葉にビックリ。
まだだろうと思っていたのに、31日午後にはOK・・・・・・・・・・ポーカーンでした。

―写真― 3月30日 病院の中外を写していました。三陸道が見えます。救急車緊急道



まだ、麻酔からさめ、ようやく食事にありついて、5日目トイレに行くにも足がふらついている状態だったが、娑婆世界に本当に戻れるものかとも心配したのが、1年経って何とか多くの方々の励ましご心配かけましたが、何とか1年を無事過ごせたことに感謝しています。ありがとうございました。

―写真― 3月30日 病院の中外を写していました。大きな駐車場





薬だけの身体の維持では限界がり、病院での食事、口からの食べ物が一番と言われ、10数キロ体重が落ち、多くの方にスリムになったので、この機会に、痩せた方が身体のためには良いのだといわれましたが、生来骨太に付いた筋肉、とても力が出ません。毎日の高田松原周遊ジョギングにより足腰もなんとなく良くなり、それと共に、体重もたちまち増え、現状維持は本当に難しい。

―写真― 3月25日昼と夜食事、時の経つのが早いものです。





あのまま別世界にとどまれば、この3月は「一周き」だったかも知れないのです。
本当に生かされたことに「感謝」しています。多く皆様、ありがとうございました。

―写真― 3月25日昼と夜食事、時の経つのが早いものです。




posted by kanno at 07:49| Comment(1) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月29日

春の魚

我が町の広田湾は3月の中ごろから、夜のシラウオ漁が5月中ごろまで続くのです。
同じような名前の魚ですが全然違う、シラウオは湾の真水と海水交わる地点に集まり、集魚灯の灯りで採りますが、その中にはシラスが混在しシラウオと選別しないと価格が大幅に下がる。そこで漁を終えると総出で選別作業が行われ、シラスは自家消費に回る。




そのシラスの採れた手を昨夜は分けてもらいました。生で食べるのは最高です。酒が捗る。
シラウオは高級魚なので、首都圏方面の料理屋さんなどに流れて地元の方々には口には入りません。

またこれからは、広田湾に流れ込む川口の上付近の、気仙川白魚漁も始まり、懐中電灯と細かなタモをもって夜通し漁がなされ、川の岸付近には網を立てて、タモですくう漁です。そして生きたママ食べる「踊り食い」が評判なのです。以前は網でも採っていたのが、今は細々で漁が行われで入るのみ。

―写真― シラスの生食味は酢味噌たれです。美味しい




シラウオ サケ目 シラウオ科
シラス イワスの稚魚
白魚 スズキ目 ハゼ科の成魚

皆違うんですね。

シラウオ
http://fishing-forum.org/zukan/trhtml/003464.htm

シラス
http://www.nakazen.net/shirasutte.html

白魚
http://www.maruuo.co.jp/odorigui.htm



posted by kanno at 07:34| Comment(0) | TrackBack(0) | 節・節 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月28日

伝統構法と木の文化の継承

我々「職人がつくる木の家ネット」は関連した他の4団体と連携し、昨年6月20日に施行した「改正建築基準法」について、施行直後から、お国に性急した内容の色々な矛盾を質問して来ましたが、いまだに全部の回答がいただけていません。

「職人がつくる木の家ネット」
http://kino-ie.net/index/index.php?cat=19




「安全」という言葉のみが先行した内容に、多くの国民は長く掛けられた梯子を外され、他国(米国)との政府間約束のみでの改正は、「木」の文化と先人が繋いできた文化の崩壊を意味した内容なのです。
資源小国の我が国にとっても重大な問題を、アメリカとの卑劣な奴隷約束を政府が履行したに過ぎないのです。国の発展などはさておき、殺掠武器で脅迫しかできない国との約束をした売国奴政府ではないのか。




それで国民の生命・財産を守られるはずが無く、我々の「木の文化」は、地球資源を食い潰し大国のやり方と違うのだ。
使えるものは何時までも使ってきた文化なのです。経済発展とは銭が右肩上がりなれば経済が発展していると錯覚社会に気がつかず、ただ同然で他国から輸入した材料が大手を振って歩いてきただけなのです。
銭の使い方を誤って、その方向にしか眼が行かない政府・官僚の無能さが伝統文化まで抹殺して「200年住宅」などいう、3年先も見通せないで得て言う愚かさに飽きれ、開いた口が塞がらない。・・・・・・・・・・・・・・続く

ネットで読んで下さい

伝統構法未来につなげるためのアクション

http://kino-ie.net/action/index.html

世の中の8割の家は「既存不適格」

http://kino-ie.net/dentoh_061.html

―写真― 明治初頭のハネギ工法民家、この家でも200年経っていないのです。それが「200年住宅」なんてアホか言う以外にない。





posted by kanno at 06:47| Comment(0) | TrackBack(0) | 気仙大工 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月27日

食・まもなく花の春

盛岡通いも昨日で1段落、まもなく到着地に近い盛岡不来方城のそばを走行中信号ストップ、曇り空の早朝、木々も芽吹き始めた。車の中で聞いた桜の開花予想は4月14日頃になるとの予想だそうです。
2人も抱えて大変だったのが、何とか今日、気仙に1人は帰ることになった。




25日の日に浜まで行って、ワカメのメカブを分けて貰った。
早速その夜、新鮮な内に細かく切刻んで、熱湯を通して保存に。

春の新芽は、畑・山・海と最高に身体に良いのです。安くて色ばかり良い、どこで生産されたのかも判らないお国で作られたものと比べても、全然違います。安くて上手くてなんて言う詐欺みたいなものを口に入れるから都会人は狂ってくるのです。

―写真― 左手が材料の茎から話したメカブ、右が刻んだメカブ




そのため国産材料を求める方々が多くなり、隣国のものを信用しなくなった都会人が、国産を求めてワンサカ生産地に舞い込み、浜値は三倍も高騰、国産のノウハウを外国に持って行き賃金の安い国で生産した結果のツケは今回の大量薬物の混入で都会の方々は銭より体の方を心配しだしたのです。

銭もほしいが、命あってのものだねでは無いのか。地方末端を生かしことが、都会人にとっても大事なことに気がついただけでも幸いでしょう。

―写真― 熱湯入れた瞬間鮮やかな色に変わる。直ぐタモに吸い上げ水切り





posted by kanno at 07:24| Comment(0) | TrackBack(0) | 節・節 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月25日

盛岡通い

2月のはじめから突然が起きて盛岡通い、曇りの日、晴れの日、吹雪の早朝などいくばくかの望みをもって、通ったのが何とか望みが繋がり、まもなく気仙に帰ることになった。

往き帰りの道中、車からの眺めも色々と脳裏に焼き付き、距離も我が家から片道丁度109km盛岡が近くなる従い、紫波町辺りに来ると、南部片富士の岩手山が近くの山々の上か顔を出してくる。




100km辺りの手代森に来ると完全に田園地帯の中から眺められ、盛岡が近いと感じる。後15分ぐらいで岩手県庁の裏の施設に到着です。いつ盛岡にきても、岩手山が見えると盛岡に来たのだと思う。

何日かとまりの時は、午後3時を回ると帰りしたくです。酷い日には 遠野から気仙越えは難所の荷沢峠の雪道を走らなければならず、早朝暗いときには難儀をした。絶対に急ハンドル 急ブレーキは駄目、掛けたら何処に行くか判らない。それは雪道の鉄則です。




いつも同じルートを走るので、紺屋町の番屋の側を通り信号で止まった一瞬パチリと一枚撮りました。盛岡市指定保存建造物「紺屋町番屋」です。

詳しくは地元盛岡タイムスの記事。

● 観光スポットとしても注目される盛岡市指定保存建造物「紺屋町番屋」(市消防団第五分団屯所)=同市紺屋町4の33=。同市は、来年度にも近隣に(仮称)紺屋町地区コミュニティー消防センターを新築し、屯所としての機能を移転する。新施設が別の場所に整備されることになり、大正期のハイカラな番屋が、このまま保存される可能性は高まった。しかし、残した後の管理や活用の方法はまだ不透明だ。番屋は民間所有。建築当時から代替わりを重ねた所有権者は50人以上になると見られ、観光資源として活用するために市に寄贈を受けるにしても、その手続きは簡単ではない。

以下URLで
 http://www.morioka-times.com/news/0405/23/04052301.htm





posted by kanno at 06:36| Comment(0) | TrackBack(0) | 古民家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月24日

4月から現代版「姥捨て山」に突入

太平洋戦争の敗戦を経験し、戦後復興に貢献した方々が、これから先、年齢が高くなればなるほど、早くあの世に行ってくださいという制度が、4月からスタートするのだそうだ。(他人事ではない明日はわが身・・・・・)

それは「後期高齢者医療制度」というもの。

75歳以上の全ての高齢者保険料と医療費の負担を押し付ける「後期高齢者医療制度」が始まる。

保険料を払いない人からは保険料を取り上げて窓口での全額支払いが強要され、病院に行くことが出来なくなる。保険料は年金から強制徴収され、年金生活も崩壊します。
憲法で「保障された健康で文化的な生活を営む権利」を踏みにじる制度の崩壊です。

それは、僻地や山間地に暮らし高齢者は今回の「後期高齢者医療制度」は完全に致命傷になります。若者は都会へと行き、残された老人は、医者に掛かる為に行かなきゃならない足の切捨て、「姥捨て山」に往かずして、住んでいる場所で、立ち往生して最後を迎えなければならなのです。

国民からの負担は平等、高齢年金生活者への手は不採算を理由に、切捨てでは「お金持ち」だけはシャブシャブ生活、末端は完全に行き詰まりました。

今後,地方末端は、非効率を理由に消滅集落がワンサカ出てきます。それは残された若者の両肩に掛かり、若者も疲弊して生れ里とは乖離しなければならない・・・・・・・・それは悲劇以外のなにものでもない。



この制度を読むと矛盾がわかります。

http://hodanren.doc-net.or.jp/iryoukankei/seisaku-kaisetu/070228kourei.html

http://hodanren.doc-net.or.jp/news/teigen/070605kourei-teigenn.html



posted by kanno at 06:35| Comment(0) | TrackBack(0) | 未来が見えた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月22日

建築基準法改正による「地方破綻」が現実になってきた

ようやく、マスコミも安全を謳う「劇薬法」が本物であることに気づきだして、現実の記事を書くようになってきた。
法律をつくり施行した国・役所だけの、言葉の代弁者になり国民に伝えてきたのが、地方末端にいる新聞記者も、これでは末端が死んで行くと、肌で感じた記事が出てきた。
毎日新聞 2008年3月20日 東京朝刊

http://mainichi.jp/select/opinion/eye/news/20080320ddm004070155000c.html


◎ 記者の目:改正建築基準法 中小地場は悲鳴=鈴木勝一(北海道報道部)

記事の締めくくりには “劇薬”という文言まで、国民の生命安全を第一に施行された法律が、まだ起きない大災害を前にして、“劇薬 改正建築基準法”によって、国民・建物つくり関係者、特に地方の末端がバッタバッタと倒れだした。厳格な法律施行による「安全」という名「劇薬法」の法律によって建設会社・工務店・社員・職人・家族関係者の皆殺しが始まったといっても過言ではない。
誰が地方の住宅建築を守るのだ、


果たして誰でしょう。わからない わからない???


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
記事の一部 (時間が経つと削除されるために掲載)

◇地方無視の性急さに問題−−国交省は再改正検討を

 姉歯秀次・元1級建築士による耐震偽装事件をきっかけに07年6月から施行された改正建築基準法について、先月20日の本欄で高橋昌紀記者が「本当に『悪法』なのだろうか」と問題提起した。高橋記者は国土交通省の若手幹部の言を引いて「悪いのは建築基準法ではなく国交省」と指摘しているが、改正法の施行後、マンションとは関係のない、戸建てを扱う中小企業の経営破綻(はたん)が相次いでいる。私は国交省の対応はもちろんだが、改正法自体に問題があると思ってる。・・・・・・・・・・・・・・(中略)

異常な数字の背景には、国交省が改正内容を周知徹底せずに施行に踏み切ったことがある。建物の建築確認申請は、最初に都道府県・政令市の建築主事や民間審査機関が審査する。ところが、耐震強度の構造計算について、改正法がどこをどうチェックするかを記した解説書の作成が施行後になってしまった。当然、現場は混乱する。申請する建築士と建築主事・審査機関との間で解釈の違いが生じ、「書式や語句が違う」といった理由で申請が突き返される事態が相次いだ。・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・(中略)

 こうした事例は国交省側の不手際が原因だが、それ以上に問題なのが改正法の中身だ。特に、マンションや高層ビルだけではなく、木造と鉄筋コンクリート造りを併用した「混構造」と呼ばれる戸建て住宅にも構造計算を義務付けたことは理解できない。その直撃を受けるのは、マンションデベロッパーのような全国規模の大企業ではなく、中小の地場の工務店や住宅メーカーだからだ。

 改正法は、地域や各企業・設計事務所の処理能力や経営体力の格差を考慮しないまま、戸建て住宅にも高層ビル並みの複雑かつ厳格な構造計算と確認申請を義務付けた。もちろん、耐震強度のチェックを甘くしてまで、建設・設計業界の業績を好転させろというつもりは毛頭ない。しかし、改正法はあまりに“劇薬”に過ぎた。耐震偽装事件の被害の大きさに惑わされ、地域の実情などを顧みずに見切り発車した法律だったと言わざるを得ない。

今回の問題で痛感するのは、中央(霞が関)の視点や発想だけで物事を決められると、社会に与える影響が大きいということだ。国交省には、地域の意見に耳を傾け、改正法をより有効な内容へと再改正する努力を求めたい。

(と締めくくっている)
・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


毎日新聞 2008年3月20日 東京朝刊

コメントはこちら

まいまいクラブ(ブログ方式) コメント7件 読むと色々な角度のコメントが・・・・・・・


https://my-mai.mainichi.co.jp/mymai/modules/weblog_eye103/details.php?blog_id=540

○明党の旦那、もうそろそろイスを変えても良いんじゃない・・・・・イスが壊れているよ。イスの中を見たことがあるの。壊れない伝統工法の「木のイス」を寄付をしたいのですが。駄目ですか。・・・・・・・




posted by kanno at 04:31| Comment(0) | TrackBack(0) | 木造建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月21日

日陰の広葉樹

盛岡からの帰り路の107号線、 遠野市小友の信号機で止まることはしばしばあり、道路向の北斜面にはいる広葉樹の林、日当りが少ないため、陽求めトニカク上に伸びなければ生き残れない。

自然界でその場所を動けない、生き物にとって「天の恵み」の条件が悪い中生きる姿に感動します。
普通の山にはいる広葉樹は、枝を出来るだけ伸ばし、真ん丸な形に近いのに、その場所によってそうも出来ないのです。

写真の通りの姿は「正直」だ。右端の木は西日の関係で幾らか枝が西方面に伸び、何とか広葉樹の姿になっている。

枝の繁毛するのにはやはり日が当たらないと大変であり、杉などのを植林して10年経てから所どころに広葉樹を植えると、曲がらない広葉樹ができるのだと、以前見た山に欅の真っ直ぐ立ち木みたが、正に自然界は正直だった。






posted by kanno at 06:07| Comment(0) | TrackBack(0) | 節・節 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月20日

お彼岸と年回忌塔婆

今日は彼岸の中日、1年に春秋お盆の3回お墓参りするのが世間一般の方々の年中行事である。

我が家も亡くなった先祖の年回忌に当たる年の命日に近い、彼岸お盆には年回忌の塔婆を削り菩提寺の和尚さんにお願いして年忌供養をしていただきます。

昭和35年から大工の道に入り、現在まで何枚の塔婆をつくったか解らない。当時50年前は板一枚でも高価な時代、近所の人々に取って大変な事だったのです。そこで建築現場の近くでは、良く建て主にお願いして板を譲られ分けていただき、師匠に削りをお願いし、修行中の我々が近くの方の、先祖の供養の塔婆を製作したものです。

修行中はお昼の休憩時間、夕方仕事が終えて良く頼まれた。頼んだ古老などは、削りつくる鼻先で待っていて、作りながら説教されたのも懐かしい。古老曰く、先祖を敬い、年回忌を描く事によって、その仏の関係者が供養する年回忌は「仏」の加護によって多くの人々に、福をもたらし、御身も庇護されるのだから、心をこめて作るものだと言われ、何も知らない修行中の我々はそうだと信じて今日まで来てしまった。

―写真― 印刷された既製品の五輪塔婆



現在は、形の良い「五輪の塔婆」をお寺さんが用意しており、塔婆代を出しと外国産の白木の板に「戒名」だけ記入すると良いくらい、和尚さんの手が省かれるようになり、お金次第で簡単に何とかなる時代となりました。何故か、資源の豊富な近くの山の木国産材の板を使わないのか不思議だ。

それは外材より高く品質が不揃いだからです。そのために態々外国の何百年も経った大径木から柾目の木目でつくられるので、見た目が綺麗なだけです。何でこの日本人はそのことだけにとらわれるのか、良く考えさせられます。現在社会の「芯」は何処かに消え、利益本位と格好だけが現在の世相ではないのか。

その当時のものしりの古老曰く、塔婆の板には木目があるだろう。

亡くなった頃に育った年輪の材でつくるのが本当の供養でもあり、もちろん杉丸太の白太部分を使うのは、丸太の外側は現在、それが年輪数えていくが如し、1周忌・3・7・13・17・・・・・・33回忌あたりまでは心材ではなく辺材だから「白」が良く、(33回忌には何故か「柳の木」の角塔婆を建てる?詳しく後日)50年も経たら杉は赤身の心材であり、それを供養する時は赤白関係なく、その家が現在あるのだからそんなに物事に拘らず臨機応変に考えるもので、供養する「心」に芯が通っているかが問題、現在の我々があるのはその亡くなった方々の因縁因果なのだと、教えてもらった。

今回、我が家の先祖の世継ぎの家督が、明治時代日露戦争の時20代の兵として参戦、戦時中傷病兵となり帰還、独身で兵隊での傷病が原因で数年後になくなり、今年はその命日が百年になり、今回は杉の柾目板を削り、若き和尚さんに塔婆の頭に書く梵字・戒名と手間を掛けた塔婆が、本堂のご本尊様に供養報告がなされお墓参りする。そして前夜我が家の仏壇前に手向け一晩御多屋後 今日 中日にお墓参りをする。

―写真― 全てが手つくりと、若き和尚さんの一筆塔婆

オモシロイ時代です。仏の心も機械化の時代・・・・・・・・和尚いらずでは仏の心はどこかへ。

http://www.oterasan.jp/pdf/otoba.pdf






posted by kanno at 05:37| Comment(0) | TrackBack(0) | 気仙大工 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2008年03月18日

先人が作った「銀河鉄道」の橋

気仙から盛岡に出る国道283号線の途中にあり、運転席から眺めただけで止まって見る時間が無くていたところ、同乗者4人なので、私タイムで「mm1」の駐車場に止たので写真を。




宮守村の国道と川をまたぐ橋は、当時 腕を乞われ我々の気仙大工の先人が型枠工事に参加した銀河鉄道に出てくるめがね橋。




もっと見たい方は
http://www.gijyutu.com/ooki/tanken/tanken2005/miyamori/miyamori.htm

http://www.artwing.biz/kaze/kinkou/miyamori-megane/miyamori-megane.html

http://www.jsce.or.jp/branch/tohoku/pdf/legacy2002miyahashi.pdf





 
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