シンタックホーム 菅野照夫
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2007年11月30日

伝統工法「梁3段工法」

先人から受け継いだ伝統工法に、梁−桁・胴差等を「X−Y」方向に多重に組む場合、一番下になる材〜次がその材を枕にする材、そして又一番下の材方向に上の材を組む、梁−桁・胴差等の「梁3段工法」です。

そのことばが今でも使われる「金策」のことばに残されています。
所謂「やりくり3段」金繰りこまり、色々なことを思考することばになって、明日からの師走の町を走る師匠の姿がそうです。

―写真― 小屋梁枕(一番下受け材)柱ホゾは枕材を貫通してます。




先人は多重に木を組む方法で、建物の変形歪みに対応してきたのです。
古民家を見学すると、「小屋組み」が幾重にも重ねてあるのは、大地震の際の振動・横揺れの変形解消のために編み出した自然対応工法なのです。
そのためには、横架材である「梁・桁」材は丸太に近い材を8面体の木づくりを行い、柱ほぞをそれにあわせて作り、もちろん握り拳が簡単にほぞ穴に入るくらい、水平・垂直材の強度を高めたのです。

それが「伝統工法」です。

―写真― 2階床組み材2段目を組んでいるところです。





現代の工法は、第2次大戦後、戦災で焼け野原の中に建った。素人が見よう見真似で建てた「バラック建工法」を規制し始めたのが始まりです。貧弱な木材を改良して現在に至っているのです。その名残が建築基準法の中に、柱・梁材が太くなっても、必要以外の材をまだ使用しないと建てる事が出来ない法律なのです。それは「ものつくり」を知らない「法律家」お堅い「研究者」の考えが反映しているからなのです。

これはどんなに、現場のものつくりが叫んでも、天に近い方々には届かなく、逆方向にしか行かないのが現状、そして金物万能な考えのみ建物を固める為に、改築解体にはとんでもない経費と粗大ゴミに多大なるお金が掛かるのです。
それが「現代法律工法」です。そしてその法で建てた建物は、法は保障していない悲しい時代なのです。法律は破れとは言いませんが、もっと「法律家」お堅い「研究者」に謙虚さが必要ではないかと常々思うのです。

狭い考えではなくそれを変えることが、住む国民の幸福ではないのか考えるのです。

―写真― 欠陥と指摘される角柱の短ホゾを改良、土台下まで貫通込栓で固める仕口です。面倒くさいと施工しないから欠陥生まれるのです。





posted by kanno at 06:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 気仙大工 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年11月29日

今は「神仏」への考え関係が・・・・・・・希薄だ

毎日暗い話が溢れる日々、上は御国の民を守る方々の不祥事。
巷は親族の殺戮、全て「金・金・金」のためと、我々ものつくりも簡略された工法を御国が推進してきた為が原因の偽装と、国自らが原因を作り出したのが「根本」だ。・・・・・・・(世迷言もこの辺で)

先人が出稼ぎ先の農家に残した神棚等、古民家に残る神棚の見学が出来た。時代を映し形です。
依頼者の信仰心の篤さがこのような神棚を作らせたのだろうと思う。
現代人は「神仏」より「金・金・金」のみを追い求めている姿から、このようなものを見て如何思うだろう。神棚が作る前からあった真っ黒くなったお札入れの姿からも信仰心の篤さが浮かぶ。
緻密なつくりの軒裏、欄間一つ一つ丁寧に作られた果たして何日掛かって作られたのだろう、求めるものが無ければ衰退のみだ。

―写真― 時代を写し神棚




次の家は、神棚の中の「御宮」が又凄い、良くもまあまあ根気良く仕事をされたものだと感心する。
正面の欄間には「菊」の御紋が、誰の許しをえて作ったのだろう。恐らく「伊勢神宮」を模してつくられたのだろうと思うのです。
下の方には組み物に似せた彫刻、その上の羽目にも彫刻と先人の自由奔放がこの様な神棚をつくらせたのだと思うのです。
このように1社「三神」を祭るのも、昔からの考えです。日本国には八百八神といわれる神々が存在していたとの節により、新年には国の守り神「天照皇大神」地域の神・自家が信仰する神の三神を祭るのだと言い伝いられてきた名残です。

現在は家を建てても神仏への感謝の念もなく、良くて安くての入れ物つくりになった、そのような家で育ち子らには、「金」勘定のみで育って行くもんだから、歪んだ人間つくりを国家が押し進めているようなものだ。そして法律違反をするな、なんて言うから世の中が、ヤヤ越しくなるんじゃないの、自らの手で首を絞める愚かな時代になったもんだ。

―写真― 中の御宮がまた凄い、中と表は同時に作られたのだろう。







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2007年11月28日

先人が残したものを見た

現在では不可能に近い材木を使用して建てられた、船問屋(広島・鞆の浦)の建物です。
千石船が往来の時代、汐待ちの港の倉庫(歴史博物館)坂本竜馬も立ち寄った港。
その倉庫内部はとんでもない超太い木材に圧倒されぱっなしでした。

―写真― 人と比較しても巨大さ、奥には「坂本竜馬」の写真が掲げられている。




この木組み、どのようにして「墨付け」し、どのように組み立て建前をしたのだろう、このような建物を見るとつくり手として「武者震い」が感じます。
このような木を相手にする時は、その木からの霊を感じないと、とても出来ません。そして簡単に正体も見せません。とにかく木に向かい全知全能を傾けないととてもこちら側の思う通りにはなりません。。・・・・・・・・・・

―写真― 「そのまま」を「そのまま」に見せる木組み




何をのせてもへっちゃらな、姿〜形です。
木挽きがどのように墨をつけ、大鋸でどのように引いたのだろう。おそらく面皮(めんぱ)飯を食べながら引いたのだと思うのだ。その面皮(めんぱ)飯一個ででどれくらい引けたのだろう、当時は当たり前でも、現在は貴重な木挽きの仕事です。

―写真― 巨大二階梁です。




巨大梁の柱取り付け部分は、ホゾ指し込栓工法です。
どのように組んだか、想像できないが良くぞここまで組んだものだ・・・・・・・・・感心するしかない。
その下には当時の木を加工する道具が一杯展示され、「手」が最高の加工道具その持った手の垢がすみ込んでいます。

―写真― 梁が柱に取り付けられ、その下には「大鋸」などが。




道具が掛かっている壁の貫工法は「伝統工法」です。このような工法は今後「御国」の法律によって建てるのに、御国の2重にチェクしないと建てられません。このような工法を審査する人が日本には全然いないと言っても過言ではないのです。このような「工法」を知っているのは実際に先人から伝えられて来た大工なのです。

今回の法律は例えると。

今までは、簡単に建築確認されてきたのが、女性に例えると着物を着た姿だったのが、今回は裸にして裸体検査しないとその女性を信用しないとした法律です。幾らセクハラが日常茶判事とは言え、そんなに御国が建物に干渉しないといけないのか不思議社会です。姉歯事件は建築基準法を「レイプ」したからって、レイプしない建築士にまでそうだと決めつけ、全部を厳罰にするなんてやはりこの国は「破廉恥国家」に成り下がったのです。・・・・・・・・・・・アホだ。


―写真― この手つくり道具が伝統工法を支えて来たのです。国はこの道具に感謝しては、それはないよ。現在は金物工法が主流だもの、そうじゃないだろう「金」工法だろうが・・・・・・・・・・・・・・・あああ。頭の良すぎる役人は誤魔化し天国、汗水垂らし奴は御国の奴隷だ。―なあ「もりや」殿、とうとう嵌められたねぇ。「栄光と挫折」次はなんだろう???









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2007年11月27日

明治の「技」の様々とバリアフリー

11月15日ブログ「ものつくりの創造力」の続きです。
http://www.doblog.com/weblog/myblog/33509/2616198#2616198

100年以上前に、つくり手職人がつくり出した。「バリアフリー」の縁側を見てビックリ、木の持ってるいる形を素直に表現したつくりです。
もちろん縁先の軒もこのようにつくられていました。(残念、写真なしです)
そして床もまた、矢羽張りをよく曲線にはわせて張っています。見事の一言だ。
歩いてみても、しんなりと歩けました。先人は素晴らしい。・・・・・・・・・・・・・




庇の腕木に、形をつけたつくりです。斜めに真っ直ぐでは素人さんでも出来ますが、そこは職人の発想違和感のあるかたち、腕木を支えるのに色々と考えた末のつくりだと考えられるのです。
依頼者である施主の余裕、作り手の遊び心ないとこのような発想が生まれません。
現代のようにカタログに惚れて、物を決めるのではなく、建物全体の調和を考えての作だと考えられるのです。・・・・・・見事です。う〜ん。




技も色々だが、このように隠れた名作も見つけました。柱を繋いでいるのです。
いくら古くなっても活かせるのが、「木」の良さではないですか。
全部取り替える方が簡単ですが、でもその上まで手を入れると成るともっと手がかかりますので、鴨居下で交換の方が一番良い形なので、このような収め方がベストだと考えて繋いだのだと思う。

素晴らしい・・・・・・・木を活かした考えに敬服するのみです。





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2007年11月26日

顔の見える方々と「木の勉強会」1

新築の家を、引渡し前に顔が見える方々と、木の家について作り手と住まいてが、顔をあわせて勉強会をしました。・・・・・
(不特定多数の参加者は募りません。お知らせ広告も一切なし、戸別に訪問して参加をお願いします。だから誰も知らないのです。今回は20名前後を予定しましたがオーバーしました。必ず来る方が誰かを連れてくるのです。・・・・・口コミの恐さです。倍以上来てしましました。コピーが足りません大慌てでコンビに・・・・・・・ああ。いつもこれだから)

―写真― 無垢無塗装の南部赤松のフローリング




木組みの構造が見える建物が良いです。骨組みが見えないと説明になりません。
現在、新築されている住まいのほどんとが、完成後はきれいに仕上がっていて内部骨組みを見ることは出来ません。建前後では、あまりにも骸骨見たいで想像できないが、仕上がると屋根裏構造などは、ほどんとワカラナイのです。
今回のは、屋根の直下で天井を仕上げてあるので説明しやすかった。16帖空間は天井が高いので見学者も驚きです。
何故か天井が高いと伸び伸びして、何故か気持ちも楽になります。まだイステーブルなどは入っていないので、余計に広さが実感できます。
天井が高いと熱効率が悪いと思いますが、そこは作り方次第で解決できます。・・・・・「秘密」

―写真― 2間間口の為、地元工場の集成梁を使用 (三陸高次加工製)





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2007年11月25日

伊勢河崎のまちなみ―16

「まちなみとおり」を大きな道路が横断しています。
その通りに面した建物、武士が鎧を着た姿を想像させる建物です。
窓辺りは土蔵造りではないのかと思うのです。
とにかく外回りは板壁なのにガッチリとした構えです。

―写真― なぜか柔らかい材なのに堅牢に見え、白黒の世界です。




また大きな構えの建物です。
酒問屋だという、案内板を読むと明治期の謂れがかかっています。
写真の中の奥に見える建物までがそうかと思うのです。
手前の建物から4棟までの一軒屋だと思うのです。
大きな家だ。

―写真― 間口の大きな構えだ




1枚目の写真、通りの外壁面に書かれた案内板です。
明治期の酒問屋の「西山家(元酒問屋川元)」の謂れが書いています。

―写真― 案内板




大正10年に建てられた石蔵、伊豆石を持ち込んで建てたということは、
船で運び込んだものだと思うのです。
でも石蔵とは言い場、土蔵よりは時間もかからず、防火の建物としては安価であるので
このように建てられたのではないかと思うのです。

―写真― 何故か建物には見えない屋根なんかどの様に収めてあるのだろう。




2枚目の写真、2階建てと白壁の建物の境にあった、板での囲いです。
建具でもなく、どうしてこのような収めにしたのだろうと「不思議」だ。
何かの時には、中から板を外して外に出られようにも思われる。
エアコンの機械もむき出しではなく、囲いが心憎い仕掛けが面白い。

―写真― 不思議なつなぎ板壁





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2007年11月24日

岩手県営「環境共生(共同)住宅」建築中

岩手県は次世代の環境に即した木造住宅建設を、わが「気仙大工の里」(陸前高田市)に、県内初めて建築中です。

色々な建方つくり方の中で、地方公共団体(岩手県)が今まで不燃建物にしか目が行かない中で、大きな歴史転換です。

それには「地域材(気仙杉)」の振興、日本三大大工集団「気仙大工」の技術の振興、住まい手の健康が一番の「環境共生」と、今回の建設には色々な用途が含まれ、完成の暁には今後の住み手に対する「環境共生住宅」のアピールが含まれています。・・・・・・・このような行政が本当の地方振興行政ではないの。

―写真― 1棟め、1階を組み立て中




建築中の現場には、完成をイメージした広告が掲示され遠くから見学される方々の注目の的です。

3棟全戸数20戸の建物の1棟めが現在1階が終わり、2階がこれから建込みます。
1棟2棟は2階建て、3棟めが平屋建てです。それが全部「鋸の歯型」建物です。

―写真― 完成予想広告




1棟めの6所帯の1階の全景です。その右側には2棟めの基礎工事を終わり、これから組み立て建前が始まります。

建築中の右となりには数年前に建てられた陸前高田市営の戸建て木造賃貸住宅が並んでおり、現在建築中の建物が完成すると、一大公共木造住宅団地が出来上がります。壮観だろうと思う。

―写真― 1棟め1階のパノラマ2階がこれから、後、2棟建ちます。





今回の工事の木造大工工事部門では、気仙大工建築研究事業協同組合理事長の会社が引き受け、機械刻みの出来ないところが多数あり、複雑な仕口などはマダマダ機械化が出来ないのです。

ましては「鋸の歯型」建物などの高度な組み立て形態には、大工技術でなければならないのです。
自然素材で建てる建物は「人」の手の温もりがまだまだ必要なのです。もう効率だけ追い求める時代が過ぎたのに、国は益々、その逆を行くのが、現在の国ではないですか。・・・・・・・・こんな「阿呆」国は世界にひとつしかない。

―写真― 数年前に道路はさんで、隣に建てられた市営の木造住宅




東京ように、人口の密集地には不可能ことでも、地方なら出来るものが全国にはまだまだあるのです。このような木造建物は都会の方々に無理なのです。

羨ましいとは思いませんか、あくせく働くのなら地方で働き、このような自然素材の中でくらしのも人生ではないのかと思うのですが。・・・・・・・・・・後は人生を銭儲けだけを考えるのか、それとも家族で環境のよいところで住むのかは。・・・・・・・・個人の自由・・・・・・生き方も自由。・・・・(銭だけ追い求める、不幸のが多いのではないの、事件が多すぎる)

―写真― 市営平屋建て住宅・・・・・・全て環境共生住宅です。





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2007年11月23日

大雪

天気予報では寒波が来ると報じられていたが、まさかこんなに大雪が降るとは思わなかった。・・・・・・・
夜が明けてから降り出したのが、いくらかの小康状態もあったがこんなに、1日降るなんて超ビックリです。

岩手県沿岸南部の気仙で、11月下旬ごろには少しは降っても、こんなに大雪が来るなんて、・・・・・・・夕方までの積雪は我が家の前で12cmです。やはり異常気象かも知れない。

―写真― 我が家の夕方4時ごろ




昭和48年の勤労感謝日に従姉弟が結婚して以来です。そのときも出稼ぎ先の東京を徹夜で車往復、超難儀したのを記憶しています。国道4号線南下中宮城県内で絶ち往生したことを思い出した。

夕方5時ごろには月も顔をだし、後は雪も小止みになったが、国道は融雪材を撒いているために路面は黒々しています。

―写真― 午後1時過ぎ帰る途中、墨絵のような山野




夏には全国各地で最高の暑さと気温を記憶し、自然界の反動が、このように今までに無かった現象を起きていることは、この先の地球はどうなるのかと、月を周回している衛星はどのように撮影しているのか。・・・・・・・・・・この先が心配です。

岩手日報記事
http://www.iwate-np.co.jp/newspack/cgi-bin/newspack_s.cgi?s_main+CN2007112201000493_2

―写真― 杉の木も完全に「白黒」の世界・道路温度計−2度をさしている。





2007年11月22日

日曜の早朝

日曜の早朝しばらくぶりで歩いた。
朝の温度は―1度です。今朝も寒い為か日が昇る前の空は真っ赤かです。
松林の中を歩くとまだ木々の温くもりせいと、風が無い為、風切る寒さではなく、なんとなく居心地良い感じです。でも陽がのぼる時は何時見ても今日も生きるというのが何故か好いは。





歩いているうちに、広田半島仁田山の裾から日が昇ってきました。
松の木々の間から、赤い陽がさしてきました。
今日一日の始まりを告げる明るさです。「あっとであ」と手を合わせ、1日の無事を頼み拝む。




小砂利の敷き詰められた、ジョギングロードには松の落葉で埋め尽くされています。
小砂利だけの時より何となく、足に伝わる感触が違う、歩き心地が凄く良い、暑いときとは全然違うのです。





草木はもう来年の準備です。
どこにでも飛んでいけるように水を落とし、実を軽くして、大きな風の吹くのを待っているのです。
松毬などもそうです。種には羽がついいており、風の吹くまま跳んでゆくのです。土がむき出しのとこに落ちるとそこから、新芽が出て新しい苗木になって行くのです。このことは「輪廻」とか「流転」とか言うのが解ります。

そして全ての人たちが今日一日無事でありますように。・・・・・・・・・・・・又、陽が昇るのを見られるよう。・・・・・・・・・・・・





2007年11月21日

伊勢河崎のまちなみ―15

16日続きの写真です。
http://img.doblog.com/34000/u33509/2000/FI2616199_3E.jpg
現在はギャラリー「床の木窯」に生まれ変わっている鰹節店の構えです。建てられ当時の権勢を見る建物です。通りの中では「鰹御殿造り」ではなかったのかと思う。勢いの良い時建物は全国に数多くありますが、永榮と続く難しさをこの建物から感じます。

―写真― 山五鰹節店、現「床の木窯」


山五鰹節店建物案内です。
恐らく近くの太平洋の恵みが、この通りの繁栄を築いたといっても過言ではなかろうと思うのです。

―写真― 建物案内




食堂、近年建てかえられての姿かと思われますが、屋根の破風板の取り付けが変わっています。
入母屋つくりのためか、2階の窓は今まで見てきた建物とは違うイメージです。何となく重苦しさが取れた軽快な感じです。2階の部屋なども明るさがかなり違うのかなあと思うのだ。

―写真― 重さのとれた佇まい




食堂の直ぐ脇の建物です。
屋根を見ていて上手く収めています。下や部分の瓦収めが良く出来ています。
変形な敷地に合せたつくりなのに、歪では無いのです。瓦をまともに収めており職人さん凄さを見ました。大体軒先から金で(かなで・直角)に持ってゆくのは多く見ましたが、瓦の付け根から金で(かなで・直角)に持ってゆくのは、そんなに見当たりません。

―写真― 屋根の納まりが良い勉強になった





posted by kanno at 05:44| Comment(0) | TrackBack(0) | 古民家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
 
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