シンタックホーム 菅野照夫
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2007年07月31日

聞いたことある「土用三郎」?

昔から言われてきた事に、1年は「四季」ではなく「五季」としてきた。 この気仙の空模様を見てください。丁度梅雨前線の境みたいです。




西の方角の空模様、右が北の方角で晴れていますが、左の南の方角は梅雨空です。

日本文化いろは事典 嫌われる土用にも方便あり「土用と間日




特に「立秋」前の18日間の土用、一番重要な時期だと古老が言っていたのを、今年は気になります。本年は、7月20日に土用入り、それから3日目の天気がこの年の「米」つくりに多大なる影響を与えるから、ようく気を点けておけと言われていた。それが「土用三郎」。

そして今年3日目の気仙の天気、日曜日でどんよりした天気でした。

22日当日気仙の詳細

―写真― 北は良く晴れています。




このまま推移したら、この夏は「冷夏」が予想され、米作にはよくないだろう思う。この時期の暑さで、米の実が根で決まり、土用開けには出穂の時期になる。それを考えると気が気ではない。

昨日一昨日などは、最高気温だって24〜22度、最低気温も17度前後と例年には考えられない温度です。天気図をみるとオホーツク海高気圧の舌が長野県辺りまで南下しており、ヤマセの影響で関東の梅雨明けもこの高気圧が去らないと、まだまだ不順な天気が続くのだと考えられる。

気仙の梅雨も今年はほんのわずかで、嫌なジトジトした日が数えるくらいです。自然界が完全に狂っているとしか考えられないのです。







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2007年07月30日

全て自然の恵み

締め切り時間(7時)ぎりぎりに投票してきました。

TVの開票速報を真剣に見ながら「シバデ」(つまみ)、今日はよう来ました。

定置網で取れた超新鮮でおいしい「イカサマ」・・・・・・それに自家栽培の「胡瓜」・・・・・一皿目
国を司る動きを考えながら、その「イカサマ」に箸を伸ばし。

採れた手、三陸名産「ほや」はまだまだ食べられます。新鮮なのはソックリ変えています。
隣の「唐桑産」海から上げたばかりの超一品・・・・・・・・

昨日から、今月末まで「うに」の開口、自家消費で毎日海から上がってきます。
都会では高級品で売られ、田舎は品質が今一と買い手がない。・・・・・・・可笑しな流通のしくみ。
品物を知っている田舎だから、当たり前に採れた新鮮なものは美味しい。

家の前の畑から採れた「なすび」、油であげて少々の味噌たれが、又更に美味しくしてくれる。

これ全て、自然の恵みです。・・・・・・・・そして透明な水が捗ります。







今回の参議院選挙

「建築基準法」の改正を再改正してもらうには選挙しかない、再度国民の「生命財産」を守る為には、1票1票の積み重ねが必要であり。変えるのには選挙しか無い。

「官僚」と「大手」の思う壷で今後やられたのでは、木造建築の「偽者」家づくりに、益々拍車が掛かり、一番初めにギブアップするのは「地方」それも「超田舎」が破綻してゆきます。

「超田舎」で住み安いように改造したいのに、住む相手は建物について「超素人」さん。まして高齢者ですよ。

それを杓子定規な法律を押付けて、「ムデ法」の通りにやれでは、「爺さん、婆さん」は、家をぶん投げて畑の隅に、傍の山から木を切り、自分らで掘っ立て小屋を建てて暮らししかないのが、「超田舎・地方」の現状だ。・・・・・・・・・・・・・・・・本当だ.縄文時代にタイムスプリット、真剣に出直しだ。


・・・・・・・・掘っ立て小屋は地震では倒れません。土で根元をしっかり押さえて繰れるからです。
それは計算しなくても、持つのは誰にでもわかります。

高い銭かけ、難しい法律悩まされなくても、良いんじゃないですか。

我が家の、刻み加工場は廃棄された「木の電柱」で建っています。

勿論基礎工事不要です。

それが30年以上も経ていますが、今だに変形はしません。ただありのままの姿です。

もちろん掘っ立て小屋の建築確認は「駄目」と言われ、無確認です。(掘っ立ては基礎がないので建築では無いと・・・・・・・・・?)

でも市役所から毎年「固定資産税」の切符がきます。もちろん税の減価償却資産税の項目にもあります。

登記も駄目だと言われ、そんなに面倒はしなくても何の影響があるわけでもないので、そのままです。

ハイ、それまで・・・・・・・・・終わり。簡単です。






2007年07月29日

「日本国民の義務と権利」

時代が変わっているのを、国家国民の変化を国会議員の皆様がどれだけ認識しているのだろう。・・・・・・・・・知らないだろ?

選挙は候補者にとっては戦いであり、勝と負るでは天地の違い、その為には必死の戦い、勝てば天下人、負けると唯の人になる。


朝刊の大見出し、見出しの大文字を並べる。

2面から

・ 冷静な審判を期待

・ 政権交代へ支援

・ 実現力の浸透確信

・ 確かな信念訴えた

・ 共感を得られ感謝

核心評論

・ 国の将来を託す1票


3面から

◎ 第1党争い最大の焦点に

・ 首相の命運、議長ポスト左右

・ 期日前投票880万人 前回比52%増

・ 岩手県内の期日前投票 参議院選7万8858人に増加 衆議院補選も前回超す

◎ 各党党首 最終日の訴え

・ 改革実行できる・・・・・・・自民安部総裁

・ 最後のチャンス・・・・・・・民主小沢代表

・ 未来に責任持つ・・・・・・・公明太田代表

・ 命守る政治約束・・・・・・・共産志位委員長

・ 護憲連帯の核に・・・・・・・社民福島党首

・ 政権にブレーキ・・・・・・・国民新綿貫代表
 
・ 官僚制度改革を・・・・・・・新党日本田中代表

社説 新時代の針路はどこへ (税体系なき公約論争 将来不安の解消急げ)








 さあどうする。

選挙に行くも行かぬも選挙権者の自由、しかしそれで良いの、義務を履行しない方は日本国国民なの、世の中のことを決めるのは議員ではなく、それを決めるのはあなた自身の1票ではないの。

義務履行しないで文句を言っても駄目なんじゃない、問題を多く抱えて先送り政治では何時までも変わらない。

官僚政治を変えないと、この国の国民は官僚の「奴隷」に成り下がるんじゃない。
現に地方は崩落の危機ですよ。誰が面倒見るの、国では無く、自分自身なのじゃないの、それに早く気がつかないと。

眼の前に「人参」をぶら下げて、走っても走っても口には届かない。
自分の首に点けたものを忘れて走って、愚痴を言ってもしょうがないんじゃない。
それに早く気がつかないでこの先何年たっても変わらないんだよ。

そのために、今日は行こうよ未来のために。そして口上手な詐欺師の首に鈴をつけよう。
それに行こう。


自分は「不偏不党」・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・もう年だお祭りは御免だ。







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2007年07月27日

自然の輝き・・・・・・・塗装をしない家

10年ほど前に建てられた木の家」(全て木づくり)に訪問する機会があり、行く度に「床や柱」など、人が直接触る個所が「底光り」をしているのをいつも感じる。

2005.7.25ブログ

つくられた時、一切の化学物質の全面使用禁止が条件でしたから、もちろん接着剤(普段使用する「ボンド」)までも駄目と言われたのです。

写真の階段上った踊り場付近、子供の部屋、寝室などを設けた関係で、親子4人が1日に何度となく、上下して行き来、壁などの部分は自然に手がゆき、その触れられた部分などは、底光りを放っているのです。





つくられた時が最高の「現代工法の家」新建材多く使用と比較しても、時間を経ている内に床の塗料が剥げ、水などをこぼした部分などは、まだら模様がつき、見ていると段々気になり、再度サンドペーパーを掛け、塗装し直さなきゃ成らなくなります。

それも無垢材ならいざ知らず、表面だけの張物床など、再塗装は不可能、削ると中からラワン下地が直ぐに出て、張替え以外何者もなく、縁側などの太陽の直射日光などが当ると、ササクレだって完全に張り替えないといけません。





食卓用のテーブルに使用した杉板は、毎日の生活の住み垢に雑巾掛けをしたものは、完全にツルツルに表面が輝いています。

物や物事は時間で言う「間」が如何に大事で大切かつくづく考えさせられます。つくられた当時、施主に、3年5年10年経ると、住み垢で何とも良いない、落ち着きが出ると説明しましたが、確かにそのように成ったと、喜んでいるようです。

その後に建てられた家の施主などに、塗装しない家と、塗装している家を見ていただくと、10年でこの位なら、無垢材のままで良いと理解していただいています。最初だけで、後で再塗装張替えなど考えたら、余計な化粧にお金を掛けるより、自然に任せたほうが良いようです。

槌蔵の家





今度新築される施主家族の見学訪問、住まいの生活体験を聞きてきました。

その時に連れてきた幼稚園児が、部屋中を走り回りビデオ漫画で一休み、行儀良く正座で見ていました。・・・・・・・・将来が楽しみだ。(笑、クスクス)





posted by kanno at 05:02| Comment(0) | TrackBack(0) | 気仙大工 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月26日

今・昔

不揃いの間隔・・・・・・・・・・不安に感じる・・・・・・・・・ それとも安堵―――見てどう想いますか?

古民家の、当たり前なつくり。





自然との共生の中から生まれた、当たり前な工法が300年建ってきた。

広葉樹の林の中にいる感じがしません。


―写真― 2枚とも、江刺の県指定重要文化財





この柱、肩肘を張った無言な抵抗に、脅威を感じませんか。

自然界に抵抗する、相撲取りのような気がする。





何で、200年以上経たものに、このような抵抗しないと納得しないのかなあ。?

摩訶不思議・・・・・・・・不可思議の世界だ。







あんたが可笑しいからそう見える。・・・・・・・・・・・・納得

「金と鉄」は計算できるが、木の計算は不可能でしょう。

木は、1本1本に多くの特長があるので、人間は自己の勝手な想定で計算をする。

それでないと納得しない、工法を知らない人に説明するのは、釈迦に説法だって。


―写真― 3枚とも、正法寺の耐震補強






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2007年07月25日

自然界の営みと。― 柏崎・あの拉致被害者の「ブログ」

過日突然が置き、不特定多数の方々が、何年ぶりかで集まり3〜4日間毎日顔が合い、時間の合間を見ては、今昔の話題で過ごした。

皆、仕事も色々、年齢もさまざまが何人かグループになり、「地域・子供時代・日々の暮らし」豊富な経験談などが話され、興味深く聞いた。

その中の話から、海が話題になった。

養殖業、磯周り行っている方たちが、湾内の海底に大きな変化があり、底魚が釣れなくなった話は、生活廃棄物、大雨の後、山からの伐根などが堆積、魚養殖の過大な餌の残物などで、底魚の環境が物凄く悪く、大きな自然災害が来ないと、どうにもならなくなっている。

長老などは、「大きな津波、大きな台風」(災害は絶対嫌だ)などが来て、海底を攪拌しないと今やどうにもならない状態だと話していた。

そのような、自然界の動きで海底環境が良くなり、また底魚が帰ってくるものだと言っていたのが強烈な印象であった。

やはり人間は、この自然界では本当にちっぽけであり、多額なお金をかけて、攪拌などはとても出来なく、それを行うのはやはり愚かなることだと想う。

毎日無事安穏な暮らしを望むが、やはりそれは小さなことで、「自然界の動き」に翻弄されないと生きて行け無いのかも知れない。




「自然界の動き」話題

よもや天敵台風の天恵に浴するとは


興味深い記事、あの拉致被害者
新潟県・柏崎市―蓮池薫さんのブログ「中越沖地震・柏崎からの報告



蝉の当り年





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2007年07月24日

岩手県南部を行く

過日、木の家ネットメンバーの和田工芸の社長さんが埼玉から態々、TEL・メールでは、何となく安心出来ない、こちらの病み上がりが気になり、顔を見ないと落ち着かないからと岩手まで来てくれました。

本当に恐縮至極でこちらも心苦しいこと、本当に申し訳なかったです。(今後頭が上がりませんは)

―写真― 旧前沢町「後藤家」




気仙まで来る行程のメールいただき、こちらまで来る道中の時間がもったいないので、車で新幹線一ノ関駅で待ち合わせ、駅で再会、車に乗り、開口一番泊まると聞いたら帰るとのこと。トンボ帰りだと。・・・・・・・・・・

―写真― 正法寺開山堂





また往復2時間半も、車を走らせるより、車中で話が出来るからと、まして日本民家再生リサイクル協会(JMRA)」の副代表でもある和田さんですから、岩手県南部の「古民家」古い建物など見学した方がと良いと思い1日見学しました。

―写真― 正法寺縁起




見学先は、和田さんのブログに、4回に分けて詳しく紹介されています

―写真― 旧江刺市『後藤家』




「日本民家再生リサイクル協会(JMRA)」の運営されてる方ですから、見学ポイントなど、とても参考になりました。

本当に、態々岩手までお見舞いありがとうございました。

―写真― 平泉町「達谷西光寺」縁起





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2007年07月23日

明るい『話題』地元紙から

明るい話題が満載の郷土の「東海新聞」から

気仙大工建築研究事業協同組合の組合員である。木製建具専門「小泉木工所」が、全国建具組合連合会富山大会に衝立作品を出展、見事、富山県建築士会会長を受賞した。 21日付け東海新報記事

2005.1.27ブログ「気仙」の日本一

林野庁の辻長官ら気仙の林業に高い関心、住田の木工団地など視察 20日付け記事

記事の1部

林野庁の辻健治長官が十八、十九の二日間にわたって、住田町世田米の木工団地などを視察した。林業先進地視察として来町したもので、気仙スギやアカマツの背板を接着した集成材製造、木くずを利用した木質バイオマス発電所と先端的農業実証ハウスなどを熱心に見学。同町の官民一体となった「森林・林業日本一の町づくり」の取り組みに理解を深めた。

ようこそ「レトロむろね号」 歓迎イベント多彩にJR盛駅、陸前高田両駅で 22日付 記事

記事の1部

 JR東日本の特別列車「レトロむろね号」が二十一日、大船渡線で運行され、盛、陸前高田両駅で歓迎セレモニーが行われた。二十二日にも一往復運行される。

その他、明るい話題が満載に掲載されています。






2007年07月22日

『神・ひと』―――ウィキペディアから

6月20日施行の「改正建築基準法」の疑問

この法律の中味の専門的項目「法文」は別として、「人・国民」が生活上、間違いをした場合は、多額のお金を負担してそれを是正しなさいといっている。

今回の改正は、国も国民も絶対心変わりをしてはならない、書類を提出したら、心変わりは多額の金を負担して、やり直せと言う。 (横暴で多額な金額を負担して)

昨日の考えで、国家に報告・確認など受けたら、明日の考えを認めないから、その通りに実行しろという命令文になっている。

これは国民・個人の思想に、国家が深く統制しだしたといっても過言ではないのか、個人が生活を便利にし、豊かな生活暮らしにまで事細かく、国家介入の何者でもない。

最低の法律に乗っ取って、確認を受けるのに、微微細細まで法が介入しなければ行かないなんてやはりこの国は変なんじゃないのか疑問に感じる。

都会のような集合住宅建設と違い、個人が作る中味まで、変更など駄目は「便利」「豊か」の追求をしては駄目と、法律どおりに生活をしなさいと国が命令している。
自然災害に遭ったら誰が保障するの、個人で行えは無いよ。確認を受けているのだから、後は知らないは無いでしょう。

集合住宅のように不特定多数が、大きな器の中で生活するのとは別ではないのか。

今後もどのような自然災害が来るか、予測は不可能であり、原発施設のようにどんな地震でも耐れる家をつくれと同じではないのか。

その国家決めた内容によって作られた施設が自然災害に脆くも、大きな損傷したのは施設を管理して会社の責任だと、これだけの施設を会社が勝手に作った訳ではない。全部国家介入し確認して置きながら、事故になると会社に責任を押しけて、国家責任はホオカブリでは誰が見ても、このような国家を信用できないのではないのか。

そして最後に語ることは、いつも「想定外」、この言葉は良い文言ですねえ。・・・・・・・・・・・・素晴らしい。・・・・・・・・・・それで誰の責任か有耶無耶にできる。

日本語は「美しい国」の言葉ですねえ。


「神」の行いは、絶対に間違はない。

「人」は生きている限り、間違い犯しのが当たり前。

それを間違わないようにと宗教の教えがあるんではないの。

全ての「人」が間違わない社会になったら「神様・仏様」は天に上って用をなさなくなり、人間社会は天国社会になると予測する。(夢物語か・・・・・・)





―写真― 昨日ブログ写真と同じ。
曲がった柱、当たり前に育ったから当たり前に使った。それが当たり前。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

フリー百科事典・・・・・ウィキペディアより

神(かみ)とは、人間の及ばぬ知恵・知識・力を持つとされる存在の一種で、人間を含む生命やこの世界そのものなどを創り出した存在であるとされることもある。

人知を超えた力や運命と関連づけられ、信仰や畏怖の対象となる。

世界的に見ると、神を信じている人は多く(アブラハムの宗教だけでも30億人を超える)、神に基づいて自身の生活様式を整えている人、"神とともに生きている"と形容できるような人は多い。一方日本に限って見ると、日常生活においては神をさほど意識していない人が多数派に属するようである。

人知を超えた存在であると考えられることや、人間や動物のように社会や自然の内に一個体として存在していることは観察できないことから、神の存在を疑う者も多い。神が存在しないと信じている者は無神論者と呼ばれ、神が存在するかどうかを知りえないと考える者は不可知論者と呼ばれることがある。


現代日本における神

現代日本においては、特定の宗教の熱心な信者は、他の国々と比べて必ずしも数が多くない。その一方で、各宗教団体が発表する公式の信者数の統計を加算すると日本の総人口を遥かに上回る数になったり、複数の信仰と結びついた儀式やまつりごとに同一の人間が参加したりすることも見られる。

新年の初詣、受験の願掛け、家を建てる際などのお祓い、クリスマス、結婚式、葬式など、人生の節目や年間の恒例行事の形で、宗教と関わる場面が現存している。

日本においては、神道及び仏教による多神教的伝統から、複数の神や宗教観の存在・並立を容認する風土がある。「神々」に対して寛容で世俗的ですらある。また、一般に、多くの日本人は神について口にすることを必ずしも恐れ多いこととはしない場合も多いように思われる。

「触らぬ神に祟りなし」「捨てる神あれば拾う神あり」など神の語を含んだ諺があり、物語や歌などにも、神は頻繁に登場する。「打撃の神様」「神の手」「神様 仏様 稲尾様」のように,現役のすぐれた選手・技術者に対する敬称にも頻繁に使用される。

「触らぬ神に祟りなし」は国も同じ、・・・・・・・・・・・・悲しい世に突入。







posted by kanno at 07:39| Comment(2) | TrackBack(0) | 未来が見えた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年07月21日

300年、佇む

茅葺民家の息の長さに驚く、昔は「大戸」だった言う入口から大きな土間に入り、何というか「煤」の匂いというか、長らく佇んできた、本物の民家の空気に触れた。




この土間は、夜なべ、雨の日などの作業場でもあったところ、岩手県の重要文化財であるから、歴史の中を潜り抜けてきた、農耕器具が所狭しと、小屋組みに取り付けられていました。民家の歴史を知ることは、生活の道具も知らないと。

(小学生のころの、農繁期、毎日親父に連れられ牛と一緒に、田お耕しをした。そのころ1日中暮らした農機具から思い出した。・・・・・・・)




「常居」の後ろ側の部屋は、寝床部屋であり、四方を締め切ると冬場の家族の団欒の場でもあったろうと思われる。桁と屋根の間の隙間、冬場に通気孔を藁でふさぎ、なるべく寒気が入らないようしたであろう、現在から比較すると痛絶の暮らしが思い出した。・・・・・・・・・・・




床の間のある座敷は、往時は伊達藩の巡視が立ち寄り止った所で、この部屋に面する柱のみが「杉柱」が使われている。杉柱は禁制で一般農民は使うことが出来ず、ほどんとが栗の木の柱、丸面をチョウナや鉞削りだけの柱である。




座敷の裏には、お決まりの納戸部屋(お産など時に使用)は、普段は生活用具など収納が主だったであろう。お産の時などは、畳ござ二枚程度ところでお産がおこなわれ、300年の間には何人の女の方達がこの部屋の小屋を眺め、子供を産んだであろう。この屋から嫁に行った、女の方、数多く繋いできたから、この家が残ってきたんだろう。・・・・・・・・・・・・



今回の「建築基準法改正」はこのような、建物にも耐震改修の適用になるんだろうか。
300年黙ってこの場所に建ってきたものを、手をつけなければマダマダ命が繋がるのに、思う。




何でもそうだが、物には寿命と云う物があるのに、現代工法の法律の家、100年の寿命のもの作ることは、とんでもない「お金」と、「金物を滅茶苦茶」に打たないととても持たない、その前例が、「三陸南地震」の時に全壊した。伝統工法を語って造られた家、建築専門の先生などは法律遵守の結果がそれを物語、この家のように粗末な材で作られた家が、300年の年月を経てきたのが何と説明知れば良いか、言葉が浮かばない。・・・・・・・・・・・・・悲しい。

2005.08.25のブログ






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