シンタックホーム 菅野照夫
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2007年04月30日

口伝を書いた「某棟梁」のことば 「りの六」

50年後に強さを保っているか
 そこなんです、大事なんは。

■壁の強度は下地の吟味が大事


土は、上質な粘土になるほど水に溶けにくい。

だから土と水を混ぜる場合は、まず土をよく潰したうえで、さらにふるいにかけて細かい

粒子とする。

そうして土と水とスサを練って

練って、これでもかというほどよく錬る。

その後に寝かせる。

その期間を長くして、古土を混ぜた土ほどアクが少なく、凍害にも影響されない。


寝かせる期間は、最低でも半年は必要です。

スサ(藁)も大事。

私どもは、スサを普通いわれている量の3倍はいれる。

スサはその繊維が大切で、それが壁の割れを防ぐ元。

この繊維が寝かせている間に腐ってズタズタになっては元も子もない。

回りは腐っても繊維のある芯の部分が残るようにする。

荒壁塗りは左官に任せません。

自分たちの手でやります。

仮に、左官にお願いするときがあったとしても、材料は必ず支給し、材料の善し悪しや

使いこなしが分かる職人にしか頼みません。

あくまでも壁の強度は下地の吟味が重要だからです。

怠ってはいけません。 ・・・・・・・・・(完)


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この考えに別のご意見があるかたは、コメントをください。






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今回をもって、「口伝を書いた「某棟梁」のことば」は終了します。

1つ1つのまとめた文章には、実際の現場写真も、掲載されてありますが、それはネットに掲載するべきないと考え、掲載しませんでした。

自然界の動き、一番大事な、物から訊くという姿勢には「嘘や偽り」が無いという「実学」を大事に、このような「ものつくり」について自然体で書かれたのだと思う。
これを読んだ時、経験と普段の勉強の大切さを痛感しました。

A4ページで26ページほどありますが、コピーでよければプリントをして差し上げます。
または、「Eメール」ででも良ければ、送りします。

住所 
〒029-2204 岩手県陸前高田市気仙町字牧田61-2 気仙大工建築研究事業協同組合 宛

E−mall info@kesendaiku.com


じつがく【実学】
習った知識が直接、社会生活に役立つ学問。〔狭義では、医学や商学・工学などを指す〕







posted by kanno at 05:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 木造建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月29日

本格的な「春」と「旬」が来た

27日、ようやく気仙にも本格的な春が来た。

―写真― 「水・花・山・空」空は冬の名残




桜も8分咲き。

―写真― 古川沼・野外活動センターの桜


3月20日から始まった、海のシロウオ漁(夜、電気のかがり火漁)

気仙川の川白魚(高級魚 おわん一杯で販売)
生きたままの踊り食いは最高

仕事の取引先の社長が夜取ったを、
いただきました。(数千円分)ありがたいです。

―写真― 踊り食いの5杯分を一晩で、4日分いただきました。


海の「ホヤ」も始まった。(韓国が不漁のため、浜値の高騰)

だが、山には雪が降った。4月末の雪は珍しい。

―写真― 標高875mにうっすらと 白い雪




朝の陽の光も眩しい。

暖かになることは良いことだ。

―写真― 津波防波堤を歩く



2007年04月28日

社会に生きるを最初教わった「師」の訃報

27日付け、岩手県紙朝刊社会面下段に、「訃報が掲載されているのが目に入った。

昭和29年4月から、昭和37年3月まで、7年間わが母校「長部小学校」(おさべ)で教鞭を取り、多くの教え児に慕われ、また、保護者には良い先生とは言われなかったが、児童にとっては強烈な先生だというイーメイジの「西城周郎先生」が亡くなった。(享年77歳)

確か数年ほど前、仕事で移動中近くを通ったので、隠居生活中の先生のお宅にお邪魔して、昔の話をしたのが最後である。

母校に赴任した時は、若くて逆算すると、24歳ではなかったかと思う、そして1年先輩の5年生を受け持ち、2年間その先輩ら教えて、我々の方は昭和31年、6年生の時1年間だけだった。

色々な意味で物心がついてきた児らには、鮮烈な先生でもあった。それとは良い悪いを身体で教えた、先生でもある。現在なら大騒ぎなるようなことは一杯で、悪いときには手・鞭を持って「ぶん殴る」は当たり前の毎日である。

教科書より自然派という「イーメイジ」が強い、「海・川・山」が豊かな地域だったので、授業より野山に児童等を連れて歩き、体育運動などにも熱心で精力的動き心身を鍛えると意味で、今思うと良かったと思う。

60数年生き、全国に多く老若の「師匠」に恵まれたが、身体を張って教育された、我が人生最初の「師匠」だと振り返るのである。また今まで歩いてきた道筋をつけ、あらゆる困難にあたっても乗り越えられたも、「西城先生」の土壌が身体のどこかに合ったからだと、思うのである。

人生とは、「西に向かう一つの列車につながれ、何号車に乗っているかだけ、後からまた車両がつながれ、先頭車両が切り離されていくが如し」である。中には途中下車され、そのまま離れ別れていくのも「無常」と言うものだと感じるこの頃である。

もう人生列車に乗っている時間は残り少ない、出来る限りやれることは全力でやろう。それが先生に対する恩返しであり。次世代に繋がることになるだろうと、希望を持って行こう。

西城先生安らかに、ご冥福をお祈りいたします。

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むじょう【無常】むじょう(ムジヤウ)【無常】
―な
〔仏教で〕生有るものは必ず滅び、何一つとして不変・常住のものは無いということ
〔俗に、「はかない」の意にも用いられる〕
用例・作例
諸行―
―な世
―観・―迅速〔=きのうまで元気であった人がぽっくり死んだり若い人が老人に先立って死んだりするように人の世のはかないこと〕






2007年04月26日

「天下り行革」と「水銀」

中学生の時の悪戯を思い出した。
それは「水銀寒暖計」を間違って壊し、その水銀が紙の上にこぼれ、素手で水銀に触れ粒上に何個かに分かれたのです。

面白くて、とにかく小さくなるまで水銀を潰したものです。(今だったら完全水銀中毒かも?・・・・)

そして、紙の端を持って捲くると、その粒粒の水銀が1つの大きな粒となり、一体の塊になり、またも繰り返す潰しととにかく細かくなって、散らばります。猛毒とも知らずに遊んだことを思い出し。・・・・・・・・・・

現在の世は、戦後の国の仕組みの欠陥の結果、色々な歪み「法」を執行する輩の勝手気ままな法律による肥大化は、国家破綻をもたらす現状に憂い、役人は「水銀」と同じだと考えるのである。

これは、下手に素手を出し触るものなら「水銀」と同じに、手を出した方がやられるのである。

そして、どんなに解体し分解しても、また時間経つと元の木阿弥に戻るのも、「水銀」と同じではなかろうか。

「水銀」だって昔から、「金」を貼り付けるのには無くてはならない鉱物であり、国を動かしのには、役人が必要なのは世界共通である。

それを当時の世の中が知らないうちから早く知り、その水銀資源確保に日本全国の山々を駆け巡った、真言宗の開祖弘法大師</>b>の眼力は物凄い方だと思うのである。

色々な研究者の書物を読むと、大衆を如何に束ねる方法、鉱物資源の利用方法、権力者との付き合い方など、現在の日本の仕組みを作りだしたのも「弘法大師」の考えた方法が根底にあるような気がしてならない。

「水銀」を知ることは、役人の心を知ることになるのではないかと思う。


その他「水銀」に関してのHPは下記を参照してください。

全国有数の伊勢水銀−奈良の大仏鍍金にも貢献

血圧計からこぼれた水銀による中毒

丹生の民俗

神奈備にようこそ!






posted by kanno at 16:23| Comment(0) | TrackBack(0) | 未来が見えた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月23日

口伝を書いた「某棟梁」のことば 「りの五」

―写真― わが郷土の集落を見る

50年後に強さを保っているか
 そこなんです、大事なんは。

■土の強度を計るにも知恵がある


水に強い土、火に強い土、それを計る方法は、知恵があれば、べつにおおげさなことは

しなくともいいのです。

たとえば水に対する強さ、弱さは壁土を塗ったあと、ジョロで水を落としてみるんです





それでおよそ10分耐えられるような土ならば200年や300年持つ。

悪い土だったら、流れてすぐに下地が出てきます。

いま大量に使われている京都の大壁の土は、ほとんど5分持ちません。

検査は単純なもので十分計れる。

高い金かけて、むずかしい検査機械はいらない。

自分で実験してみればいいんです。

耐火実験にしたってバーナーの火をあてて分かる。

それでポロポロになるようでは断熱性や火事に対応できない。

知恵があれば高い金をだすことはない。


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この考えに別のご意見があるかたは、コメントをください。




―写真― 自然造形の不思議






posted by kanno at 17:18| Comment(0) | TrackBack(0) | 木造建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月21日

節節(せつせつ・ふしぶし)

―写真― 大漁の神様「恵比寿」

「古老の話」

暦の「甲子」(きのえね)日、60日1回めぐる、暦など見ると余り現代の生活には関係ないようですが、お天気にあてはめると、甲子の日の天気模様しだいで60日の天気を占うのだと聞かされた。

このごろは、毎日肌寒いが続き、桜の花も蕾から花が咲くのが遅れ気味です。
そう言い場、3月31日の「甲子」(きのえね)日が肌寒かったなあと記憶していますが、それから今日で22日目、やはり毎日が天候不順で外仕事、特に野良仕事は大変です。

天気が良いなと思うと、翌日は曇りとなり雨模様の日々、本当に空模様が安定しないです。
現代の天気は、毎日の報道で判りますが、昔の人々は、雲の流れ、風の吹き具合、周囲の山々の景色、地震など天気占いをしていたのを聞かされてきた。

信じる信じないは、各々の勝手ですが、単なる知識のみを鵜のにするより、そのような話もあるのだと気がつくべきです。

4月19日は旧暦の3月3日(毎年この日は「大安吉日」)でしたが、今年はその季節に合うように、「梅の花」が咲いた。昨年は全然咲かなく、旧暦の4月になって咲いたのです。(東北は旧暦の方が生活にあっている感合する)
やはり自然界の動き、特に「太陽」の動きの新暦は生活上便利だが、周囲の自然は「太陽」と「月」の動きでバランス取っているのです。

北欧では「新月」に木を伐採すると長持つするなどと、本に書いていますが、日本人はすぐに飛びつき、猿真似のようにそのことを鵜呑みする愚かさは、足元を知らないで動いている感がする。・・・・・・・・愚かだねえ。もっと日本、そして住む地域を勉強し、昔のことを知ってから動いても良いんじゃない。

何でもかんでも外国が良いからと、日本人は、そのことをコピーして喜んでいる方って、何となく目先のことのみにしか目が言ってないんじゃない。
天地の動きも知らないで、住まいつくりするなんて、やはりどこか狂ってるんじゃない。

日本全国、4年に1度のお祭り最中、地域民・国家を考えないで、今日1日「ほいど」みたいにお願いしますを叫んで歩き、明日の晩は、悲喜こもごもが決まる、4年間ただ飯が食べられるなんて、1度やったら病められない、このような商売って「民主主義」の時代、最高なんじゃない。

「我田引水」(現代は「我口引水」バッチつけたら空ばかり見ていて足元を見ない、それに投票しなければならないなんて、悲劇だと思わない。だから選挙に行かない人が多くなる悪循環だねえ)と、昔の人は良く当て嵌めたもんだ。

明日の晩は「万歳」か「不徳」の二字が待っている。そして「嬉涙・悔し涙」それをようく反省しないと、4年後のお祭りが楽しみだ。






2007年04月19日

建築ジャーナル・2001・4月号から

国産材について再度考えてみたい。

建築ジャーナル・2001・4月号から(一気に読みたい方

2001.4月号を読んで 荻大陸氏(京都創成大学教授)に聞く 国産材はなぜ使われないか 国産材が使われないのは外材のせいではない


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設計者や施工者にとって、木材は外材であれ国産材であれ、より品質の高いものを、より安く使いたいというのが本音だろう。循環型社会、サスティナブル・デザインの必要性というお題目はあっても、現実にコストが高くついてしまえばお客さんは使ってくれないのが現実だからだ。 

たしかに国産材は高いイメージがある。木曽桧や秋田杉、北山杉などのブランド銘柄ではなおさらだ。

実際のところ、外材に比べ国産材はどのくらい高いのだろうか。
そして、本当に「高いから」使えないのだろうか。

もう一つは、「品質」である。荻氏は戦後、その良質性から新たな全国銘柄となった「東濃桧」を例に、@歩切れのない正量品、A良心的仕分け、B乾燥、Cきれいな仕上げ、を挙げている。 

結論から言えば、国産材はすでに、外材と比べ高い商品ではなくなっている。

残る一方の品質が問題となるが、それについては「(国産材が外材に負けたのは)要するに国産材の品質があまりにも劣悪だからなんです。」と荻氏は断言する。

これについて、荻氏へのインタビューから、その理由を明らかにしていきたい。

また、今後どうすれば国産材はよくなっていくのかについても聞いた。

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―写真― 松の木は自由に枝を張り、幹も自由である。

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1―「歩切れ」「空気売り」が蔓延

なぜ国産材が使われなくなったのか。「これは、外材が安いから高い国産材が売れなくなってきたと、業界も学会もそういう説明をずっとしている。

ところが外材が入ってきたときには国産材との価格差が非常に大きかったんですが、だんだん価格差を縮めながら外材はシェアを広げてきている。

こんな馬鹿な話はないですよね。

安くなりながら広げていくなら理屈に合いますが、高くなりながらシェアを拡大していくのは変です。 

外材が本格的に入ってくるのはだいたい1961年(昭和36年)からです。1970年(昭和45)に外材のシェアが50%を上回った。その時代から、東濃桧が銘柄化されるプロセスを調べていく過程で、国産材が売れるようがおかしいとわかってきました


要するに国産材の品質があまりにも劣悪だからなんです。

その劣悪さを表わすいい例が『歩切れ』です。

 たとえば3寸5分(10.5cm)角と表示してある材が、実際には10.5ない。10.0とか10.2しかない。

実際に10.5ないものを10.5という表示をして売る。そういう品物を『歩切れ』と言います。僕が研究しだした頃は木材は歩切れがあるのが通常だと、そういう話は聞いていたんです。

ところが実際は調べてみると、もっとすさまじい歩切れがある。 

普通、100m3の丸太を製材工場が仕入れて、挽いて製品にすると60〜70m3の製材になりますね。ところが100m3の丸太を仕入れてきて150m3の製品がでてくる。

仕入れて丸太の材積よりも販売する製材品の材積が大きくなる。常識ではありえない。

そういう製材がずっと当たり前だったんです。私はこれに『空気売り』と名前を付けた。歩切れなどというなまやさしいものじゃない。

要するに空気を売っているわけです。これが全国で蔓延していた。」


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もう7年も前のことですが、現在と比較してみても良いと思う。
5回に分けて掲載します。






posted by kanno at 18:40| Comment(0) | TrackBack(0) | 木造建築の謂れ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月18日

口伝を書いた「某棟梁」のことば 「りの四」

50年後に強さを保っているか
 そこなんです、大事なんは。

■奈良と京都では土の性質がちがう


土にしても残念ながら、まだあまり正しい研究がなされていないと思うのです。

土は、たとえば奈良とか京都、滋賀県あたりは良質な粘土が採れる。

しかし、奈良と京都では土の性質がちがう

水にも火にも強い土はめったにないんですが、奈良の白粘土はその両方をもっている。

京都の聚楽土(じゅらくつち=本聚楽)は水に強いけど火に弱い。

耐火度が落ちるんです。

瓦を最初に焼いたのは奈良でしょ。

高麗(こうらい)から4人の瓦師がきて奈良で焼いた。

奈良から伊賀とか信楽(しがらき)にかけては非常にいい土があることを知っていた。

昔のひとは。

法隆寺も白粘土を使っている。

白粘土というのは水にも強く、火にも強い。

恐らく1500℃の熱にあたってもパラパラにならないでしょ。

どんな大火にも耐えられる。


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この考えに別のご意見があるかたは、コメントをください。





―写真― 野菜ではないが1株からの分裂は見事、自然界は面白い





―写真― 木の性質・山の環境を知らない行政マンの考える証拠写真

峰まで植林する税金の無駄使いと、将来伐採搬出に経費が掛かりすぎるのと、川下の荒廃と水資源の枯渇が知らずして行う、「霞ヶ関」の考え。

これでは、国土が滅びるのを手伝いに「国家」自らがおこなっている。

上の考えが、正しいかどうか誰が判断するんだろう。

このような「林業行政」では自然界のシッペ返す怖い、霞ヶ関にはこのような植林で地域や自然が良くなる考える「アホー」には開いた口が閉じることはない。

現在、日本全国4年1度の「バッチ」取りの最中、住民の考えに耳を貸し輩は1週間ボリュウーム一杯に叫んで、バッチをつけて4年間ただ飯が食える。

判っちゃいるけどやめられない、植木等の歌のとおりになった、「ほいど議員」に投票するアホラシサ・・・・・・・・・・真面目に生きる人間はアホかだって。








posted by kanno at 09:50| Comment(1) | TrackBack(0) | 木造建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月16日

口伝を書いた「某棟梁」のことば 「りの三」

50年後に強さを保っているか
 そこなんです、大事なんは。

■愛着と責任あって正しい研究が生まれる


データをだす人たち、学者の人たちは、そこがバカになっている。
なぜか−。

愛着も責任感もないから。

ものをつくる人間は、そのものに対する愛着と責任感が生まれる。

その愛着と責任感の度合いのいかんで、正しい研究がなされるか否か、が分かれ目になる。

そこなんです。

だけど、造ったこともない、愛着も責任感もない人たちが、データや数字をだして「ああだ、こうだ」といい、

それをまた安易に「これで分かった」なんていう人がいるから、日本の建築はおかしくなる。

滅びてしまう。
 
むしろ、そういう人たちは黙っていてくれたほうがいい。

そのほうが皆勉強しますよ。

正しい研究がなされる。


―写真― 朝の散歩松原から見た真南の広田湾口・左が岩手県右の突端が宮城県
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この考えに別のご意見があるかたは、コメントをください。











後3回ほどで、関西の棟梁の言葉が完了予定です。

前は早朝ブログ発信していましたが、当分午後の時間体に発信します。




posted by kanno at 19:02| Comment(2) | TrackBack(0) | 木造建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2007年04月14日

ご迷惑おかけしました。「復活」します

長い間ご無沙汰しました。
また、励ましコメントありがとうございました。


「気仙大工」ブログを「復活」します。

長い文章は無理ですが、今日から「キーボード」が叩けるようになりました。

今後ともよろしくお願い申し上げます。

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岩波 ] [2007/03/27 20:23]
回復中と聞いて喜んでいます。

ブログで元気なお話をしていただけるのをお待ちしております。

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[ 大江忍 ] [2007/03/27 10:42]
関係各位様
本日、菅野氏本人より連絡をいただき、4日前に目が覚めて、回復中とのことです。
安心いたしました。とり急ぎご連絡まで。


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[ 大工 中村 ] [2007/03/21 22:45]
菅野さんご無沙汰しています。
突然の事故を知り驚いていますが、その後いかがでしょうか。
お見舞い申し上げます。
事故の詳細は伝え聞こえてはきませんが、
いつも元気なバイタリティーあふれる菅野さんのことですから、
強靭な快復力で日々送られているのではないでしょうか。
きっときっとまた元気な顔で私たちの前に姿を見せてくれると信じています。
大工職人の先輩としてまだまだたくさんのことをお聞きしたいと思っていますので
ゆっくりとしっかり快復されることを心待ちにしています。



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[ 赤堀楠雄 ] [2007/03/19 07:53]
事故のことを知り、驚いています。ご快癒なさいますよう、心からお祈りします。

菅野さんといえば、一昨年の東京大会で大会が終わった後の懇親会で盛り上がっているとき、もう照明を落としてしまった入り口の暗がりから、お酒をぶら下げて「ぬっ」と入ってこられたのを今もよく思い出します。参加してくださるのか、ずっと気になっていたのですが、「もうこの時間だし、いらっしゃらないのだろうな」と思い始めたまさにその時のご登場で、とても嬉しかったですし、主催者としては「ああ、これで木の家ネットの総会らしくなった」となんだかホッとしたのを覚えています。

お元気な姿でお目にかかるのを楽しみにしています。

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[ 岩波正 ] [2007/03/16 10:33]
交通事故のこと、知りませんでした。
「まっとうな木の家」で「真の日本のすまい」審査員特別賞を受賞され、多忙な毎日を送られているのだと思っておりました。
ケガが回復され、またブログで元気な声を聞きたいと思います。

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[ 大江 ] [2007/03/16 09:38]
このブログを読まれている方にお知らせがあります。菅野氏は、3/4にブログを更新された後に、交通事故にあわれ、大怪我をされました。今は、命の危機は脱したとのことでありますが意識を戻すこともなく、眠られております。詳細を書くことはできませんが、菅野氏への回復を祈り応援メッセージをお願いいたします。一日も早く、あの元気な声を聞きたく思い、心よりケガが早く治癒することをお祈りいたします。体力のある菅野さんのことだから、このことをまたブログで元気に語ってくれると思います。






 
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