シンタックホーム 菅野照夫
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2006年08月31日

表面温度「百葉箱」の、中ぐらい

百葉箱
8月24日午後3時半ごろ、「新築の家」、下屋・土庇の独立柱北面に設置した自動温度記録計が、「外気34度」を表していました。
測候所のデータは
「27.6度」と「百葉箱」(地上の気象を観測するために屋外に置く、よろい戸のついた白い木箱。〔中に、自記温度計・湿度計などを入れる〕ひゃくようそう。)の中の温度です。




1方、内部部屋の表面温度、和室床下・土間コン表面は「22度」外気温と床下内では、12度の温度差です。
気密断熱を考えたとき、この温度差を上手く利用したら、真夏でもエアコンなど機械を利用しなくてもと考えます。もちろんそれに基づいた、工法で作られた建物ですので、上手く機能しているのです。




床表面(畳面)では「26度」と、この日は家族が不在のため、近くに住んでいる父親が日中、中が蒸れるのを解消するために、午前と午後2回窓を開放して風を入れているのですので、部屋全体の中の温度も外気温の影響で、幾分高めになっているはずです。こちらも仕事の都合でこの時間帯に計測したので、高めは想定内です。




13.75坪の居間兼キッチンのヒノキ床板温度は「27度」、畳部屋よりは1度高めなのです。この時間帯から夕方に掛けて、換気扇、24時間換気扇をお休みになるまで掛けると、結構温度が下がります。
もちろん、天井扇は風が天井吹き上がるように回転させます。




表面温度計で吹き抜け天井板(屋根野地板)面は「28度」と部屋全体の温度の高低差は無く、冬場でも余り変化がないのは、先日データ取得で確認した。冬場の部屋の最低温度は暖房なし「11度」以下にならなかったのはまずまずです。

「木の家」は外気温との差が大きいと、断熱面に夏冬問わず結露が発生しますので、その「結露との共生」を考えて作らないと、「木」の持っている特性が生かされないのです。地域によっては、北の国、南の国と気温差の違いを、東京で作られた「データ」鵜呑みにすると、とんでもない火傷をするのを考えて、その地域と共生した考えを確立しないと、車と同じで、何時までも新車のような愛着と、家を作られる方々の努力、住まい手の愛着は大事ではなかろうか。





posted by kanno at 04:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 気仙大工 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月30日

迷惑な電話「?D?I」指定業者局番から発信

昨年6月ごろから、1日に何度か、変な迷惑電話が掛ってきます。
FAX音ではなく、「ピー・・・ピー・・・ピー・・・」と鳴りぱっなしです。だから受話器を取ったまま掘っとくと、勝手にやめます。受話器置くときに周囲の音が聞こえますので、何かへんな機械から音を出しているのかと考えられます。




知人に連絡して調べていただいたところ、NTT東・西会社じゃなく民間開放された業者さんから、それも全国各都市から「?D?I」の指定業者局から発信に困ったもんです。こんな指定業者に固定電話などは切り替える気になりません。




段々には関連会社の「携帯電話」も切り替えを考える。目の前に、「?コモ」の携帯発信アンテナが今年度中に建ちますから、そしてインタネットも早くなるだろうし、その機会に考えて置こうと思う。
何か用事があって掛るのならわかりますが、聞くところに寄りましと、切り替え勧誘に協力しないからの意地悪じゃないのとも???考えられるんだって。




そこまでして「銭」儲けしたいんだったら、正々堂々と訪問して説得したら良いじゃないの、自分の営業成績が上がらないからって、ヤキモチ妬いてもしょが無いんじゃない。だから「男」のヤキモチは「女」よりたちが悪い、その辺は仕事柄慣れていますが、それほど自分が思うように行かないからって、考えることは下の下、最低を通り越した人間の集まりじゃないの。




ちなみに昨日29日に掛ってきた番号、相手に悪いので全部の公開は勘弁して
06−4965−7?8?・・・・・・・
06−4965−7?6?・・・・・・・
072−647−2?0?・・・・・・・
この他、通知しないのが数件着てます。

「業者指定局番?D?I」何ナノ、NTT東・西の局番では無いんだって、今後は番号表示しない方は着信拒否できる電話を見つけてくれると、知人が言って帰ったので、しばらくは辛抱しましょ。

これからも酷いときは、指定業者も公開しないといけないかも、昨年からのをメモしてあるので、この手の、輩の奴全番号公開します。
人を困らせると後で自分の首を絞めなきゃ良いですが。いい加減にしたら。局番指定業者さんが1番困るんではない。・・・・・・・・・





posted by kanno at 06:00| Comment(0) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月28日

「猫の目線」i犬を使う考えの押し付け「法」

写真 西国32番観音正寺の参拝道の生きる道しるべ

「中心市街地の活性化に関する法律」

国民にまたも、絵に描いた餅の法律が施行された。「猫がねずみを取る目線」
地方の市街地を切捨てておいて、今更とも言える法律「中心市街地の活性化に関する法律」が動き出した。




いったい何なのと言いたい、「首」を絞めておいて、虫の息でもしている時ならいざ知らず、日本全国の町を「シャター通り」にしておいて、一体なんなんだい。
先日までギリギリの商売をして、立ち行かなくなって閉めた人に、またも法律を替えたから、再開して何て、何を考えているんですか。




東京から遠い所ほど、酷いもんだぜ、日本の中央にいて、机の上で鉛筆を立てて占った、見たいな法律で国が活性化するんだったら、誰が考え行っても出来るぜ。
「少子化・高齢化」が地方ほど酷いのを霞ヶ関にいては判るはずがないよなあ、地方なんて、次期政権は誰がやっても変わらないよ。
国民の「血」を吸うことしか頭にない輩が、中央ばかりか、地方にも一杯いて、「少子化・高齢化」は頭でわかっていても、遣っていることは中央にいる輩より、手が悪いぜ。




「中心市街地の活性化に関する法律」はバブル時代の「リゾート法」と同じで、税金を使って地方を活性化しようと施行して、中央のお金が地方にどんどんと投資されるなどと謳い、建設業者と関連業者、法律に庇護された連中は一時的に潤ったかも知れないが、夢から覚めたら、借金と国土を破壊して終わり、そして、その借金をこの地に残っているものに負い被せて、後は知らぬが仏、じゃないよ「ほっとけ」で如何するんだい。




どんな法律を施行されたって、どこにも行き場(お墓しか)のない連中、背中の曲がった身体の人間の背中が直るんだったら、未来は薔薇色に成るんじゃない。
建物でも壊しのは簡単だけど、一から作り直しとしたら大変だぜ、最初に資金―時間―将来についての考えと、考えること遣ることが山積している中を行わなければ行かないのに、壊し法律作るときに、未来永劫を考えない、国家なんて先行きが見えているんじゃない。
このような「法」で上手くいくのだったら、魔法使いや、占い師の商売が、上がったりに成るよなあ。・・・・・・・・・・・・・・





posted by kanno at 05:40| Comment(2) | TrackBack(1) | 未来が見えた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年08月27日

平成18年8月、3年に1度の忙しさ。

写真 西国32番観音正寺の参拝道の生きる道しるべ


3年に1度来る、村祭りの当たり年、「旧長部村」の時代から続く、地域祭りが26日挙行された。


神仏混交の時代の名残と、第1次産業「農業・漁業・林業」の豊かな時代から、地域の繁栄を祈願しての祭りが、現代のマネー社会に移行して時代と共に大きく変化しようとしている。




20年〜30年前は、地域に大勢の子供たちがおり、祭りは次代の子らへの伝承でもあったのですが、今回の祭りは、その繁栄時代若者らのみに変わり、時代にはそぐわなくなってきた。子供の参加しない祭りが駄目なのに気がつかない祭主????




少子高齢化が祭りにも現れ、その上祭主(神主)の独断偏見が地域住民の反発をかい、7地区の内1地区(祭りの先頭を切る「大名行列」の役)が不参加、その他に6月末の事件が尾を引き、地域住民の協力がなければ、祭りならないことに気がつかないノウテンキと、3年後に来る祭りは今回以上大変だろうと予想される。




今回の祭りは、小学生の子らの学校行事の合間をぬって、祭り日を決めたが、詳細な事項を説明せずに、3週間前にようやく、地域代表者を招集して祭り日と子細の決定に、各地区の当番責任者らを慌てさせたのである。
3年後は本当に祭りの存続出来るか大きな分岐点になろうと考えられるが、ここにも「地域崩壊」の波が、足元まで来ているのに気がつかず、空ばかり見ている時代ではないだろう。





2006年08月26日

「安全な道」?・・・・しかし危険がイッパイ

26日に開催される6年に一回の「村祭り」の御神輿が通る道、3地区の小中校の通学路に危険がイッパイの道路を、地区の方々が、道路管理者である、市役所に改善をお願いしたら案の定、「予算」が無いの返事。次世代育てなければ成らない、地域・行政がこのテイタラクデハ、卒業したらこの地域から居なくなるのが目に見えている。

写真 6月12日,学校帰りの道




仕方なく、地区の素人が危険を犯して立ち上がり、木の枝が道路に追い被って分だけでも、取り除こうと作業を行い、何とか見通しが良くなりました。1番嫌のが、「死角」の部分に他県ナンバー車が夕方帰る時間たいに駐車していて、児童らが怖いと親に訴えているのが数年続き、学校からも警察等に連絡しても事件が起きなければ、動かない警察、防犯関係だって、標語で喚起したところで最終的には無責任。

写真 6月12日、学校に向かう道



旧ルート45号を国道が改善されない時は、この狭さで、大型車がブンブン飛ばした道路でしたが、新国道が出来たら、管理は一気に「市」の管理となり、モトモト財源のない自治体に降格したのだから、しわ寄せは、地域住民となり、中央では国民が細々と納めたお金を湯水ごとく使ってしまい。こんなアホナ国家て、GNPが世界第2位、都合の良い部分のみ強調したマスコミまで、アホサにあきれます。

写真 大風・雪の時に倒木が考えられる。枝がハンモウ




国民の生命財産を守ることをうたった憲法が泣くは、それで今後は憲法改正する。なに考えているんだよ国民をおもちゃ扱いするなよ。この頃は、親子関係も希薄になり平気で親殺し子殺し、若者の1部は獣集団化し、銭と自分の欲望のためには何をしても構わない風潮に流されるのが怖いよ。

写真 左は北上する45号、幾らか見通しが良くなった。


お祭り取り仕切る、神主は市会議員でもあり、お神輿の先頭に立ち、何を考えて通るのか、公人として振る前に、子らの安全をどこまで考えるのか、摩訶不思議だ。
今回祭典では、6月末の大きな事件になった地域住民の反発をつくり、今後、地域住民はどのように動くか、そして20年後には、若者がいなくなり、6年に1回のお祭りは継続されないような気がする。何でかと言うと、第1次産業が完全に末たいでは、「大漁満足 豊年満作」を感謝し、今後に生きる希望を与える、伝統行事を、考える若者が居なくなると、想う。

写真 何も言わぬ「御神輿」が通る、幾らかは綺麗になったのと、多少の安全が確保されたか?





2006年08月25日

処暑が過ぎて

昨日(24日)は、すばらく振りで天気が晴れ、暑い1日でした。
ふと思い出し、早速「表面温度計」をもって(常に車に積んでいる)計測して見ました。

写真 歩道脇の手入れの行き届いた、杉林の木立




建物や、自然界の温度を計測すると、普段なんともなく過ごしているが、以外なことが判りました。
家の近くを通る、国道45号線沿い、道路をハサンで両方に杉林の手入れの良い山があり、早速立ち木の表面温度測りました。
木立の中は、24度前後、ガンガンと陽の光が強い中を、車の通る歩道では33度と、林の中が、如何に温度が低いのかがわかりました。

写真 立ち木の表面温度は24度




国道の所々に設置されている温度表示計なども、やはり34度を表示していました。
1時間計測の、大船渡側候所のデータと比較しても、朝夕ほど「湿度」が高い分、暑いと感じたのです。

写真 枝払いが良いので陽射しが燦燦と輝いている



都会のように、緑の少ない町より、周囲の木立が気温を下げる効果あるのか、林の中を歩くと、如何に森の果たし役割が大きいかが、実感できました。
経済のためだけで、社会を効率化しても、環境を考えない社会は遠からず、大自然のパッシングを受けるのではないかと思う。

写真 歩道で、白いタオル表面温度





陽射しの強い場所、木陰と比較してみると以外なことが、数値で判った。
この次は、建物内部温度を計測したのを報告して見たい。

写真 向かい側の木立




2006年08月24日

「川」災害時を考える

TV「街道行く」気仙街道

隣町、とはいい県外であるが「k市」(昔の仙台から気仙に来る「浜街道・気仙道」沿い)の「川」について気になっていました。お盆のお墓参りに通る道でもあり、両県を跨ぐ道路と平行に「川」が流れている。人、物の流れでは重要な県道でもあり、その「道・川」は、北上する国道45号線のバイパスの長いトンネルを出、最初の信号機を左に折れ、川沿いの道を北に上りながら、川を見ると川上からの土砂の堆積で川が浅くなっているのです。
こんなに浅くなっては、大雨の時には氾濫するのが目に見えています。それに人の背より高い葦萱が生え、(お盆期間中に刈り、トラックで積み出し)確かに普段の流れは水かさが少ないから、良いものの、台風など時化のときに如何すんだろうと思う。行政は自然界をどのように考えているんだろう、河床の堆積物を早急に浚渫できないのか不思議に思う。もし万が一氾濫したときに、川沿いの生活者、耕作者などが被害にあったら、誰が保障するんだろう。道路も川も、市の管理ではなく「県の管理」であろう。

写真 浚渫して埋め立てなどに利用したら、周囲の土取りなどせずに済むのに?




南の地方では、大雨で死者まで出る水害にあっているのに、行政はどう考えているのだろう。どこの行政もそうですが、お金が無いの一転ばりで、議員さん、職員の給料は間違いなく払い、その住民あっての職責なのに、被害が起きたら「国」が予算を付くけど、末端の地方都市などは何とも成らんのが実情なので理解してくれだけで、国は「国民の生命・財産」を守るのが基本なっている法律なのに、それは棚に上げて、銭がないだけでは地方に生活するものに取って、災害に遭ったらしょうがないで片付けられたのでは、「命」が幾らあっても足りない。この日本国は、被害が発生しないと動かないのが「国」信条と思う。人命失われないと対策は立てられない「非情」な考えでは、命などは簡単処理され、運が悪かったなで終わりでは本当に情けない。

写真 普段の水の流れ




土手の堤防を見ると細々と堤防を修理した後があり、普段にそれくらいの河床が無きゃならないのを判って工事されているのだろう。こんなチグハグでは、最小限で被害を食い止められるのを判っていながら、全然動かない「自治」ではないと思うが、他所のことなので余り深入りすると怒られますから、この辺で被害の無い暮らしを望みます。

写真 チグハグ工事全体考えないから出来るのだろう。

この川だけではない、全国いたるところがこのようなところが多く、国が直接管理しているところは良いが、地方はそのときのお天気任せ行政である。
山の栄養水が「海」まで到達せず、沿岸漁業などに大きな影響を考えたら早急にお願いしたいもんだ。
このままでは「森は海の恋人」の発祥地が無くと思う。「H山さん」


2006年08月23日

続・28年目の「リフォーム」・・・・・・・・・とほほぉー

昨日の続き

建設当時の世相は、新築建物、特に内部木部あらわしの場合は、長く、建築当時のままにしておきたい、汚れなどが着きにくいなどと錯覚して、艶有りもしくは艶消し塗料を木部に塗るのが流行したのです。
もちろん、「新建材」が幅を利かしての時代、何でもかんでも、仕事が速くてと、化粧ベニヤなど大量に使われた時代です。





28年経った今、玄関の床などは、日当たりが良いため、新建材フロアーの表面塗装などは、10年もすると段々と、ひび割れを起こし痘痕になってきたのです。遠からず張替えを検討しなければならないのかなあと考えていたら、塗装屋の社長が傷んだ分だけでよいから、塗りなおしできるのではアドバイスされ、ペーパーを手でかけたら、表面の傷んだ分が取れるので、3畳半くらいの面積を約1日かけ塗り直しことに決めた。




手で表面を削ると時間が多く掛るので、機械サンダーで削り直していたら、手で行うのと違い、上手く表面が現れず、機械も小さいのに切り替えて行った方が、大きい機械より良かったが、それでも不満が残ったのである。





何でも出来るものは、機械万能時代に、拘りだけで時間を掛け、表面下地を上手く出そうとしても限界があり、手で行うのは諦めた。最初に手で行ったようには上手くいかないがハッキリしたので、目視で塗装による表面保護が大事なので、最初の手を掛ける前よりは綺麗に仕上ったので良しとした。


28年経てのリフォームで反省したことは、木部に「石油系の塗料」は、自然素材の「木」自体と上手く行かないのだと言うことだけはハッキリしたのと、「木」は常に正直であり、「手」を掛ければ掛けるほどそれに答えるのものだと、生活者の毎日の手入れ等が如何に大事か、「ぺーパー」1枚でも、手で削るのと機械削るのの、違いがはっきりしたことに「ものつくり」の大事さを痛感したことです。





2006年08月22日

28年目の「リフォーム」・・・・・・・・・とほほぉー

昭和53年に建てられた、地区集会場が知らないうちに28年が過ぎあちこちに、修理・補修のサインが現れ、1度には予算上無理なので、とにかく直ぐにでも手を入れないといけないとのことで、地区の了解で、屋根の塗装工事から始まった。(平成7年に1度塗り替えている)

写真 山を背負う、集会場




建設当時は考えなかった、建物の後ろ側が杉山なので、雨の時に建物の後ろには雨水が流れ込み、土砂までが流れ込むため、土砂が15cm以上も堆積し、建物の床下換気口には、あふれた雨水が床下に入り込んでいる物と思われる。50畳敷き大集会場の床板・根太・大引まで腐食が進んでいるだろう(開けて見るのは嫌だ)と思う。(何でかと言うと、今年と来年の2年間「中身の少ない財布」の管理を担当)

写真 11年前に塗装した屋根




共同施設の辛いところは、毎年の役目の当事者になると、見て見ない振りして、自分の役目を終えたいのが人情であるから、酷くならない中は誰も声を上げないのである。そのために、余計に費用が掛り最終的には、全部、総て地区利用者に跳ね返るのである。それでも自ら声を上げる方はないのであるから仕方がない。

写真 後4年早かったらと思う。




個人住宅であろう、共同施設であろう、「木の建物」の維持に欠かせないのが、「風・水」に如何に対応するかで決まるのであるから、とにかく「水」(雨・湿気)との関係を考え、そして目に見えない「風」を如何に取り込むかが1番大事で、建てるときから考えなければいけないのである。これは「基本」中の基本であり、それが「日本の風土」に住む者の宿命でもある。

写真 裏の法面はH3.6mあり急峻




現代の建物には、肝心なその部分がどこかに飛んで、「格好、奇抜デザイン」を設計するのが優れた設計者であるような風潮、そのような建物に住む者の不幸など、それは住む方が考えることだと決めると簡単だよなぁ。とにかく梅雨の季節、台風などの大雨の季節には、全ての人々が、建物の周囲、地域の周囲に関心を持たないと、自然界の反逆を極力弱めななければ、最後は「国家」面倒見るなんて思うこと事態今後は考えられないのである。今年、西日本の長雨の被害にあわれた方々が1番わかるのではないでしょうか。

写真 土砂の堆積がもう限界





2006年08月21日

お盆とは何ぞや

参考に「宗派辞典」 
毎年迎える「お盆」「お正月」日本人の生活習慣が、明治以前の神仏混交の時代から延々と続いてきたのである。



「忙しい盆3日、入らざる彼岸7日」と古老から聞かされてきた、正月も3が日と言いながら、仕事納めから、仕事始めまでと結構日にちが取れますが、月中のお盆は仕事などには中途半端、休みです。
この頃は、時間的に休みが取れるのは、5月のゴールデンウィークが周囲に遠慮せずに休み期間となりつつある。





本当に、お盆迎える準備、お墓参り、親戚縁者への仏参りと「生活習慣」の恐ろしさは、お正月と同じである。またそれが、親戚縁者との心の繋がりでもあり、仕事上のつながりにも成ったりと、世の中、人の世の面白さでもある。
お盆は1年の中間〆(1ヶ月のズレ)、正月の1年の始まりと、やはりダラダラとの1年の中に区切りつけた行事を考えた、昔の人は素晴らしいものである。




西国32番観音正寺の境内で見た、川船の底板が何で祭ってあるのかは定かではないが、観音は海から来て海に帰るということからなのかなぁー。判らん?・・・・・・・・




神社、寺院を訪ねると、必ず由来についての看板が掲げられており、はるか遠い昔のことの縁起が書いてあり、祭ったことを読むと意味が、何だったのかが判るようになっている。
長い参道を歩くのに、どれくらいでお寺に着くのか初めてのお参り者にわかるように、このような生きること根源を読んでいるうちに、山門に着くのも先人が知恵のすばらしさに敬服する。





posted by kanno at 04:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 未来が見えた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
 
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