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2006年04月26日

大工の歴史・・・・民家建築研究者戸張公之助先生説

「民族建築大事典」(柏書房)に民家建築研究の第一人者戸張公之助
先生が書いた、大工編を読みました。
木造建物つくる職人のことを現在、「大工」と呼んでいます。

江戸時代以前の呼び方は社会の変遷によって変わってきたのです。
・ 奈良時代――平安時代末=木工(こだくみ)
・ 鎌倉時代――室町時代=番匠(ばんしょう)

室町時代末期になってから「大工」と呼ばれたとのこと。
当時、技能を身につけた職人は、長い間、国家や寺社、領主に従属した身分
大工の対象とする建物は、室町時代中ば過ぎまで、社寺が中心の支配層の
居舘・官衙(官庁)の大きな建物に限られ、「応仁の乱」以後、大きく変化

応仁の乱以後は、破壊と建設が繰り返し一方で、地域郷村から組織「惣」が
つくられ、職人層を組み入れ、工匠社会が変化、縄張りを持った「座」が
解体される過程「棟梁」という「技術者―計画者」新しい工匠社会が登場した。
その社会の組織力を統活する「番匠」、それを戦国大名が拡大していった。
(戸張説)

鎌倉時代あたりから、太径木の桧・杉などの木材の減少により、それまで
使われ難かった。「欅」を加工するために、道具に大きな変化が現れたのである。
木を削る「鉋」に、台鉋が出てきたのである。
槍鉋では欅を削るには無理があり、1枚刃(明治になり2枚刃の裏座鉋出現)
の道具が開発され、鎌倉時代からの寺院に多く欅材が使われたと聞きました。
その他に「大鋸」「前挽き鋸」と、色々な材料を使うことによる道具の開発が
進んだものと思われる。(聞き書き)
戦国大名から、江戸時代まで、国作のために多くの、ものつくり職人が、
組織され、藩の城つくり、町つくり建設が盛んになってきたのである。

江戸時代に民家をつくる大工たちが、大地主らによって全国各地の穀倉地帯に
生まれた地域大工集団、新潟の「越後大工」(出雲崎大工・村上大工)宮城の
伊達藩「気仙大工」など、民家建築の職人集団が出来てきたのである。

江戸時代に地方から出た、職人集団には瀬戸内海の要所「塩飽大工」。この
大工集団、元々は船を作る船大工たちが、徳川幕府の庇護が薄くなり、
船つくりら、大きな社寺などを手がけるようになり、四国、備前、備後に仕事を
求めて、集団で移動して仕事をしたようです。

近畿畿内には、都の建設に携わった「近江大工」「飛騨の匠」「伏見大工」
奈良には「御所大工」などが歴史的に有名である。徳川に仕えた「三河大工」
などの職人集団は、城つくりなどでは、長い歴史があります。
西の方には山口の「長州大工」高知の「土佐大工」九州「豊後大工」など
まだまだ、ものつくり集団があると思うのである。




色々な、資料、歴史など調べると『木』旨く加工したのは
奈良時代以前から、中国との交易に「遣唐使」が行き来した
「木造船」その船をつくった船大工、木挽き、鉄を加工した、
鍛治屋などの調査は、ほどんと手付かずなのです。

そう考えると木を加工する道具・工具などは木造建築以前
から存在したと考えられるのです。
地域大工集団なども遡ると、物流に行き着き、輸送手段の
木造船つくりが原点だと思うのです。
まだまだ調べると、古来人のものつくりの素晴らしさには
敬服するのみで、「木を加工」してきた歴史の深さはまだまだ
未知の世界です。


これ以外全国に、色々な木造建築職人集団があると思うので
自分らにもこのような「職人集団」あるという方がおりましたら
知らせていただけたら幸いです。よろしくお願いしげます。

メール info@kesendaiku.com




posted by kanno at 04:50| Comment(0) | TrackBack(0) | 古民家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月25日

33333・・・・・・・・・・にゲットを

ブログご無沙汰していましたら、知り合いからTELで
3月13日の約束のアクセスカウンターが近いと・・・・・・いぇとビックリ

アクセス数が今日で33333になりそうで、・・・・・・・???
33332〜33333〜33334の、運の良い方に
前回3月13日同様含め3名の方に前後
冊子を提供します。





中味は下記のHPが発行した
「百年住宅を目指して」鎌田紀彦書
H17.10.25 P48 定価500-
http://www.shinjukyo.gr.jp/





冊子の中味は写真のとおり
次のアクセス
33332
33333
33334
をゲットされた方は
住所氏名を info@kesendaiku.com
の方は下記のメールに連絡をください。

メール便で送ります。負担は当方でします。

ゲットされた方は、訪問者リストにも「ブログ」アクセスを

では?・・・・・・・・・連絡を待っています。







posted by kanno at 04:21| Comment(0) | TrackBack(0) | 未来が見えた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月15日

100年前に「板と砂」で造られた「板倉」

しばらく周囲のことと調査でご無沙汰しました。

4月8日の地元紙、東海新報1面の「記事」を紹介します。






棟札に「明治38年3月」と刻まれ、大工棟梁
「大和田琴治」気仙郡米崎村大字濱田、
村の両雄大工棟梁で、東の「木戸脇家」の
棟梁、そして西には「堀込」の吉田棟梁と
明治時代に名を馳せた気仙大工です。

現在、一ノ関市合併した旧川崎村の
「板倉」の持ち主が、誰が建てたのかを
調べているうちに、棟札から気仙から来た
大工が建てたのが判明した。





恐らく、板倉の外壁はこの地方では何処ッデモ
見られる板倉ですが、その壁の中に砂を
入れたのは、日本唯一だと思う。




取材した記者から写真提供されたので、色々な
角度から推測すると防火、耐震、鼠除けなど、
独創的なのには感心するばかりです。気仙大工
といわれる先人には、他の大工のマネを
しないのがモットーであり大和田棟梁にもその
ような血が流れていたのである。




調査には、大和田家の現戸主夫婦、気仙大工
建築研究事業協同組合・顧問気仙大工研究所 
平山憲治氏 元大工棟梁 M氏参加して
調査されました。

木戸脇家については。江戸吉原の遊郭
大木戸門の逸話が残っており、後日ブログします。






posted by kanno at 10:46| Comment(0) | TrackBack(0) | 気仙大工 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年04月03日

あたりほとりからの噂

息抜きのソフトだって
いたずらしたら、あほな答えが出て笑っちゃました。


ヤフーから

アレの半分は何でできてる?――「成分解析」が人気(ITmedia)

変なソフト
http://tekipaki.jp/~clock/software/

試しに、適当な「題」をいれました。
気にしないでね。



「成分解析」の結果、ははははははあーーーー

● 建築設計士と入れたら
建築設計士の成分解析結果 :

建築設計士の76%は努力で出来ています。
建築設計士の9%は汗と涙(化合物)で出来ています。
建築設計士の8%はやましさで出来ています。
建築設計士の4%は犠牲で出来ています。
建築設計士の1%は波動で出来ています。
建築設計士の1%は陰謀で出来ています。
建築設計士の1%は保存料で出来ています。

あたり・・・・・・・・・

● 木の家の建築設計士と入れたら
木の家の建築設計士の成分解析結果 :

木の家の建築設計士の51%は鉛で出来ています。
木の家の建築設計士の17%は大阪のおいしい水で出来ています。
木の家の建築設計士の17%は魔法で出来ています。
木の家の建築設計士の8%はビタミンで出来ています。
木の家の建築設計士の4%は電波で出来ています。
木の家の建築設計士の3%はかわいさで出来ています。

うそだい・・・・・・・・・

● 木の家の設計士と入れたら
木の家の設計士の成分解析結果 :

木の家の設計士の35%は明太子で出来ています。
木の家の設計士の26%はかわいさで出来ています。
木の家の設計士の23%は記憶で出来ています。
木の家の設計士の14%は食塩で出来ています。
木の家の設計士の1%は呪詛で出来ています。
木の家の設計士の1%は利益で出来ています。

ぼがだあいーーー

● 棟梁と入れたら
棟梁の成分解析結果 :

棟梁の92%はマイナスイオンで出来ています。
棟梁の5%は世の無常さで出来ています。
棟梁の1%は祝福で出来ています。
棟梁の1%は信念で出来ています。
棟梁の1%は濃硫酸で出来ています。

プラスイオンだあい

● 建築大工と入れたら
建築大工の成分解析結果 :

建築大工の44%は愛で出来ています。
建築大工の42%はビタミンで出来ています。
建築大工の11%はハッタリで出来ています。
建築大工の2%は祝福で出来ています。
建築大工の1%は見栄で出来ています。

愛だって(馬鹿笑笑笑)

● 大工と入れたら
大工の成分解析結果 :

大工の60%は気の迷いで出来ています。
大工の31%は根性で出来ています。
大工の8%はカテキンで出来ています。
大工の1%は鍛錬で出来ています。

木が迷う、酔っぱらいの言だ

● 建築職人と入れたら

建築職人の成分解析結果 :

建築職人の53%は小麦粉で出来ています。
建築職人の32%は回路で出来ています。
建築職人の5%は電波で出来ています。
建築職人の4%はやましさで出来ています。
建築職人の2%は食塩で出来ています。
建築職人の1%は電力で出来ています。
建築職人の1%はお菓子で出来ています。
建築職人の1%は蛇の抜け殻で出来ています。
建築職人の1%は税金で出来ています。

粉末消毒でも在るまいし

● 左官と入れたら

左官の成分解析結果 :

左官の46%は果物で出来ています。
左官の39%は記憶で出来ています。
左官の8%は株で出来ています。
左官の4%は知恵で出来ています。
左官の1%はカテキンで出来ています。
左官の1%は税金で出来ています。
左官の1%は海水で出来ています。

おかど違いじゃない、知らない答えって好い加減しろ
怒る阿呆じゃ。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
答えを見て
うふうふふふ、吹きだしました。

馬鹿やろうと言いたい、お終い。
こんなこともあってもいいか(ホテルの社長)






2006年04月01日

「木住研」さんの「数値だけではわからない木の評価」

関係ブログ

木についての評価は的を射たと意見と思う、自然素材である「木」が育った場所や環境も考えずに使うのは、「木」知らない方の発想以外の何もでもないのです。ものつくり全てにおいて、効率重視の時代、とにかく一番先に木が育つ「山」まで効率化の波が押し寄せ、若木の間伐の時から、根曲がり材などはさっさと間伐され、スガラ(真直ぐな材)の良いのだけを育てる愚かさは、戦後林業の大きな過ちなのです。そして全てが「数値」で評価されること事態が可笑しな家つくりの原点なのである。


そして、建築基準法はそれを推し進めて来たのです。「法」がつくられた時は住宅不足の時代に考えたれたことであり、本物の木組みの家つくりを考えた時、木の持っている力を知らずに丸太から製材され、角材になった時には、木の年輪、即ち繊維がズタズタに破壊された材木を使うわけです。横架材は垂直荷重だけに強度が発揮されればと良いということ事態、人間の驕り以外の何者でもなく、一番良いのは太さではなく、自然に育った丸太の儘使うと垂直・水平荷重に対し強度が発揮されるのです。今の家つくりは、変な屁理屈の塊と言っても可笑しくなく、耐震偽装のように、物を知らない数値だけの欲張りの塊がつくるから、手抜きなどは朝飯前のことになり、気がついた時は後祭り「天梃子天」で大騒ぎしている。


依頼する方も、請けてつくる方も、物を知らない下品な人の家を見れば、土派手な色と形でつくり、その器で育った人間が社会にマトモナことを行なうと到底考えられないのの見本が、「IT」先端を行く異端児が出てきても可笑しくない見本ではないですか。現在3畳間暮らしの、あのような方は木だけの家「木箱」に入れたら心と考えが変わるかも知れないと思う。
もっと、「自然界と物」を勉強した方が良いのではないですか。ひるずから出て、山で暮らしと再生するかもよ。・・・・・・・・・・・・・・余計なお世話、まだまだ人を騙すかもよ。

そういい場今日は何の日 ・・・・・・・・・・・・・・・・・4月1日だよね、夢でありたい
眼が覚めたよ。








posted by kanno at 06:19| Comment(0) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
 
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