シンタックホーム 菅野照夫
   にほんブログ村 住まいブログ 伝統工法住宅へ にほんブログ村 にほんブログ村 住まいブログ 大工・職人へ にほんブログ にほんブログ村 住まいブログ 一戸建 注文住宅へ にほんブログ村

2006年02月25日

全ては『心・技・体』の『金メダル』

日の出ずる国に

ようやく、当事者ならびに、御国国民に大きな感動を与えての「金」
トリノ五輪、千秋楽近くなって、世界に認められる方が、
出てきて良かった。・・・金メダルおめでとう。

本当にえがった・・・えがった。\(^o^)/・・・\(^o^)/

マスコミに煽られ、オリンピックの大事な『芯』がどこかに
追いやられての10数日間、

駄駄子の子供みたいに『メダル・メダル』と、大の大人が、
欲しい欲しいと、毎日耳にタコができるくらい騒ぐ、
阿呆ラシサにうんざり。


竸技するかた全員、日本ばかりでなく参加者全員がそれに挑んでいるのに
なにか、『メダル・メダル』と騒ぐとすぐにでも、応援するテメイらに来ると
錯覚しての、狂乱はやっぱり御国の『芯』は狂っている。

(だからマンション建物が狂ってくるの、その中に住む連中も狂っても可笑しくない、
入れ物が悪いのに入ったらやっぱり「人」も同じよ、のう・・・・・オジマさん)


生活が狂って来ているのも知らずに、毎日茶の間に顔を出す輩の言うことを
聞いてると、テメイらは何様の気でいるの、

4年間、1460日間の努力、才能、家族、支援者、健康『体』があって、
この舞台があるのに、なんでもかんでも口から出任せに語る阿呆よ、
努力して競技してみな、3流も出来もセンのに騒ぐな、世界一の阿呆と言いたい。

挫折を味わい、どん底からの這い上がるのに並大抵ではないのを知らないの

あの競技前の顔、競技中と、終わっての、アンドノ顔には『心技体』が現れ、
『技』を超越しての顔には、もう日本人にはない顔だよ。

本当に素晴らしい顔でした。

記事 http://torino.yahoo.co.jp/news?c=torino&a=20060224-00000018-maip-spo



それから見たらこのテイタラク

この競技期間に、御国の家の中のお粗末と比較した時、全然違うね。
国を背負うなきゃならない舞台で芝居をする連中の顔は、皆、欺瞞が顔に
書いてあり、見てるとがっかり意外に言葉がないよ。
本当に、何やってんの・・・・・・・・・・・バッジが何だか判ってんの。


国家が破産するというのに、本当にのほほんとしていていいの、末端は
皆困っていんのよ。
それに手を伸べるのは、泥棒じゃなく『政』を行なう方々ではないの、
誰に選ばれたと思っているのだろう。この次、・・・・・・・知らなえよ。



荒 金 お
川 メ め
静 ダ で 
香 ル と
選 ・・・う。

\(^o^)/・・・\(^o^)/\(^o^)/・・・\(^o^)/



還って来たら、また晒し者になんの、悲しいなあ・・・・・・・まあいいか、良いことしたんだから。・・・・なんとかホテルの旦那のつぶやきでした。



posted by kanno at 04:17| Comment(0) | TrackBack(0) | 未来が見えた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月24日

大工木挽きの詩

ケセンの仕事唄

家の隣の、踊りと唄好きな、亡くなったばあちゃんが
歌ってたのを聞いたことがある。

田舎しごと唄、昔からことで今は風化され段々遠い世界
5〜6年前、ある出版舎が掲載したのを引用。



■ハァー山は高山(こうざん) ハー樹は大木よェー
 ハァー親方繁盛と オヤサ ハー鳴り響くヨー
 (ハーシメテコイ シメテコイ)

 ハァーェわたしゃ南部の 奥山育ちヨー
 ハァーァ朝は早(は)よからハ ドッコイ 木挽唄ヨー
 (ハー ホニガー ホニガー)

 木挽家業は 鼠の性(しょう)だ いつも挽かなきゃ 食べられぬ

 大工木挽が この世に無(ね)がら 神も仏も 雨ざらし

 この山深山だが 後山(あとやま)どごだ 後は南部の 檜山

 西行(さいぎょ)打つなら 法被一枚で 胴腹巻しんしょで 足袋はだし

 親方金貸せ 鋸(のご)の歯が欠けた 鋸は嘘だよ 逢いに行く

 木挽さんより 大工さんが可愛い 縁のない木を 組み立てる

 大工さんより 木挽さん憎い 仲の良いとこ 挽き分ける

 木挽ァ山家(やまが)の 小屋には住むが よもや木の実は 食いやしない

 七分二枚の 板挽くよりも 可愛いあねこの?裾をひく

■あだまおがすぐなったんでねど。
あんまり陽気がいいもんで開げた背戸がら裏山眺めでだら、ふと唄こ唄ってみでぐなったのす。
毎日ずんけねえ話ばり聞いでっと気こ滅入っつまって、やしゃねくてァ、
なんだが食欲もねぐなってすまう塩梅だす、唄でも唄ってねぎゃとってももだねじゃ。

■この唄、知ってっぺ。「山子(やまご)唄」だ。
「南部木挽唄」っていえばわがっかな。唄の解説はすねえ。
昔は、大工木挽も粋だったつうごった。
あ、一つだげ誤解されっと困るがら教えでおぐ。
「大工木挽が この世に無がら」つうどごな、
「大工木挽がこの世にいながったら」って意味だ。

■どれ、酒っこでも飲んで、もういっぱづやっか。

で結んであった。・・・・・・・「?」マークは秘密、想像に任せます。



・・・「偽装現場職人は見ていた!」って、2流が2流をみていたのね。・・・
http://franklloyd.paslog.jp/article/188956.html

中をクリックすると、もっと過激な世界が掲載されている。
大学出の現場監督の無能と、施工会社の強圧が不正の元凶、姉歯は確信犯
だけど、現場の不正が言いない・・・・・・・・職人さんの世界はもっと悲惨。


昔は、こんな八百長なんて考えられない。
それが「仕事唄」から滲んでいる。
全うな世界がいつの間にやら、無能と欲張りの世界に
ものつくりは育たぬ世界、次世代はどんな「木の家」になるやら、
あの世から、拝む以外にないな。・・・・・
・・・・・南無とらや南無とらや南無とらやと。
・・・・・取られないないように。





posted by kanno at 02:44| Comment(2) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月22日

日本国・ヒル○¿ウヨウヨ・・・国民の血が無くなる

「蛭・ヒル」・・・池・沼・水田などにすむ下等動物。
・・・・・・・・からだは平たくて細長く、吸盤をもち、人畜の血を吸う。〔ヒル科〕

(何とか「○○○ヒルズ」は関係ないから怒らないで、もにゃもにゃ。
・・・・でもあれが出てからもっと可笑しくなったのも事実じゃない。)

「ヒルズ」・正式な意味が解らない。だれかワカル方教えて・・・・・・

● 日本国、「我田」と皆様の周りにどれくらい、「ヒル」がいるだろうか?
・・・特大・・・・
国民が選んだ・・超特大ヒル
法を利用する・・・・ヒル
官に居る・・・・・ヒル
談合する・・・・・ヒル
ゼネコン・・・・ヒル
外国支援にいる・・・ヒル
宗教で騙す・・・・ヒル
医の忍術・・・・・・・ヒル
弱みにつけ込む・・・ヒル
金貸し・・・・・・・・ヒル
ITの幽霊・・・・・・ヒル
夜・昼―水商売・・・ヒル
役所にいる・・・・・ヒル・・(これから、ウルトラCで隠しんだと。)
会社にいる・・・ヒル・・(リストラでかなり少なくなった)

●身近にいてしゃぶる(口の中に入れて、なめたり 吸ったり する)
餓鬼を吸う・・・・・ヒル
おんなを食う・・・ヒル
年寄りをしゃぶる・・・ヒル
・・・・・・・・ヒルは、まだまだあるある。あとは止め様っと

毎日、大人が行なってる。騒動を煽るマスコミ
それを知らない餓鬼共が見ているのに、
大人とはコンナモノカと教育する国ってある。


贋物か本物か、口泡跳ばしてやるのは
「ビッキ(蛙)の常会(総会)」って・・・・気仙では言うの
これが経済大国といわれる
「御国」か、
「蛭」以下じゃあなーい。・・・ホントに悲しい、あ-あ-情けねぇなー

(『ヤバいヤバい。「蛭おじさん」マジヤバい。』
http://coolsummer.typepad.com/kotori/2004/05/post_9.html





posted by kanno at 11:10| Comment(3) | TrackBack(0) | ケセン語 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月21日

古代人の「木」使い

20日の朝日新聞に、「韓国の古墳にクスノキの棺 鉄の見返り、
日本から運ぶ?」の記事。木を扱う者として、興味深く読みました。

鉄の見返り?????とあり、仏像を木でつくる時には
刃物がなくては出来ないものであり、その辺りから調べていくと
もっと前から、刃物があったと推測するのです。
(刀の関係) (みちのくの鉄

では、今から2300年〜8000年前の、富山県小矢部市の縄文時代、
桜町遺跡の木組み、穴掘りを石刻んだとは考えられないのである。
その後、5世紀末〜6世紀初頭に鉄が出てきたとはその間の空間は
まだ不明なことが多い。(エジプト史調べるとその時代には存在)

ただ当時の朝鮮半島には、槙がなく、木の特長をわかっていた、
日本人に日本しか自生していなく、楠は水に強く棺桶材に適して
いたのを教わり、高貴な方の埋葬に使用していたのが縁だと考えられる。

高野槙についても水にも強く、空海はそれ以上に水銀堀のときの
坑道の明りに(煤が出ない)使うためと、防火を考え高野山に
植えたもの、尚、お墓参りにお墓に飾る花代わりに奨励してきたの
である。

高野槙 http://www.hana300.com/kouyam.html

木材図鑑・高野槙 http://www.fuchu.or.jp/~kagu/mokuzai/koya-m.htm

風呂桶材 http://www.kiburo.jp/kigi.html

日本の巨木 http://www.asahi-net.or.jp/~it8k-kjmt/kigi/listkusu.htm

杢 http://www.fuchu.or.jp/~kagu/siryo/moku.htm





posted by kanno at 06:49| Comment(0) | TrackBack(1) | 木造建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月19日

姉歯と関係のない、飛鳥時代の「姉歯」の話

「法」を性善説などと言う役人が詭弁を使って、国民に説明する愚か者共が国を導く下地を作る、我国の国政に呆れてものが言いないではなく。・・・・・別な話

歴史を調べていると、ありゃと言うことに???
地元の川に掛かる橋に「姉歯橋」があり、地元史を読んでいると、都との関係がと思う記述にぶつかり、はっとすることがあり、調べていくと当時(飛鳥時代)近くだけの交易かと思いがちなのに、とてつもないことが出てきます。

18日の新聞(地元紙)に昔のことが掲載されているではないの。(後は新聞記事)

気仙の地元紙―東海新報社・社説「気仙坂」からhttp://www.tohkaishimpo.com/scripts/column2.cgi



☆★☆★2006年02月18日付☆★☆★

 ホテルやマンションの耐震強度が偽装されているとの報道がなされて以来、「姉歯」という名字(苗字)はすっかり全国区になったが、姉歯元建築士の出身地、宮城県ではそんなに珍しいものではないようだ。

同じ旧仙台藩だった気仙地方の住民は、陸前高田市気仙町の気仙川に架かる「姉歯橋」を即座に思い浮かべた。(−現在の橋−昭和7年新橋に架け替え)(旧橋は現より360m上流)
知名度や認知度が上がるに越したことはないが、耐震強度偽装問題でとはまったく不本意だ。
 
名字はいにしえの昔から、多くが住まいする土地の名を付けた。
姉歯は宮城県北部、金成町(現栗原市金成)にその地がある。
姉歯元建築士の出身は古川市の南東、大郷町という。
金成からはかなり離れているが、先祖が姉歯の地と何らかのかかわりがあったことは想像に難くない。

「姉歯」の姓は確かに一般的ではないものの、古典文学に詳しい人や歴史家にとってはかなり知られた名だ。
平安時代前期の歌物語『伊勢物語』で在原業平に「栗原の姉歯の松の人ならば都のつとにいざといはましを」と歌われ、「姉歯の松」は平安朝物語文学において陸奥(みちのく)の歌枕とされてきた。
時代が下っても鴨長明(鎌倉時代)の歌や軍記物語『義経記』(室町時代)、松尾芭蕉の『奥の細道』(江戸時代)など多くの古典文学に登場している。

 その「姉歯の松」は、気仙とは深いかかわりがある。何年か前の本欄や関連する記事でも触れたことがあるが、この松をめぐって次のような伝説がある。

 用明天皇(在位五八五〜五八七)の頃、朝廷は諸国から采女(女官)を募った。
陸奥からは気仙郡高田の里(現陸前高田市高田町)に住む武日長者の娘、朝日姫も選ばれた。
武日長者は、日本武尊(やまとたける)の東征のとき副将だった大伴武日と伝えられる。※1飛鳥時代、
 才媛の誉れ高い朝日姫は、郷土の栄誉も担っての上京。
ところが船旅の途中、大嵐に遭ったため陸路に変更したが、旅の疲れからか姉歯の里で病を得て急死し、哀惜の情が断ちがたい里の人々の手でねんごろに葬られた。※2 船旅 木造船?

 このため、姉の代わりとして妹の夕日姫が都に召し出されることになった。旅の途中、姉歯の里に立ち寄った夕日姫は、見知らぬ地で逝った姉の霊を供養し寺院を建立、墓じるしとして松の木を植えた。これが姉歯の松と呼ばれるようになった。

 この姉歯の松の古い幹の一片が、地元の梨崎八幡神社に納められており、文政五年(一八二二)の仙台藩主による領内巡視の時のお墨付きも残っている、と陸前高田市史(第六巻・民俗編下)に記されている。

 聖徳太子の父である用明天皇の治世に、その影響力が気仙の地まで及んでいたかどうか、また仏教が伝来してまだ四十年足らず、陸奥に寺院が建てられたかなど、真偽のほどは定かではないが、古典文学にたびたび取り上げられ、千五百年後の今日まで語り継がれていることに不思議な感慨を覚えるのは筆者だけではあるまい。※3 行基菩薩との関係

 「姉歯の橋」のほうは、朝日姫、夕日姫が都へ向かう際、気仙川に架かる橋を渡って行ったというところから、その名が付けられたという。橋は何回かの架け替えを経て、現在の鉄骨構造の姉歯橋は昭和七年に、それまでの橋よりやや下流に架けられた。平成十二年十一月には地元住民が竣成七十周年記念祝賀事業を催し、産業経済や日常生活を支えてきたことに感謝の気持ちを表した。

 それより三年前には、朝日姫と夕日姫の出身地の松を譲ってほしいという金成町(当時)の要請を受け、陸前高田市教委が市有林のアカマツの苗を数本贈っている。姉歯の松が縁で、姉歯橋を見たいと同町から見学者が訪れたり、小学生同士の交流なども行われた経緯にある。
 姉歯元建築士の一件で思い起こしたことを記した。朝日姫、夕日姫、そして「姉歯の松」「姉歯の橋」も泣いていよう。(野)・・・・・・・・ここまでが新聞の社説






● 当時、飛鳥時代の出来事、今から1400年以上前まだ法隆寺が出来る前の話、
 都では、「金」が存在していたのをわかっていたからだと考えられる。

「伊勢物語」に書いてあり、創作ではと疑問を持つますが、当時の蝦夷地のことが何でと思う。


※ 1.聖徳太子の時代でもあり、また太子は「大工元祖」でもある。538年仏教が伝 来、50年後587年頃出来事であり都との交易があったと推測する。



※ 2.木造船を語ると、当時、何処までかは、船での旅を考えると「木造船」があっても 可笑しくない遣隋使(600年)などの船が現れる。それ以前から朝鮮半島とは古く から交易があったのを見ると、古代人の技術は確かな工具や道具があったと想像 される。


※ 3 行基菩薩との関係(後日)

写真
1 むかしの橋のたもと(北辰一刀流 千葉周作の生誕地 後日)

2 360m下流の現在の橋

朝日姫が、船に乗ったのもこの辺りか、川の水量はもっとあったとのこと。




2006年02月18日

住生活基本法案

日本住宅新聞 2月15日号から)

今国会に、次の法案が上程されました。
「住生活基本法案」第七条2(国及び地方公共団体の責務)

条文
国は、基本理念にのっとり、住宅の品質又は性能の維持及び向上に資する技術に関する研究開発を促進するとともに、住宅の建設における木材の使用に関する伝統的な技術の継承及び向上を図るため、これらの技術に関する情報の収集及び提供その他必要な措置を講ずるものとする。

大見出し

木造の伝統継承を明記[住生活基本法]
住宅は「公共財」に
街並み整備に伝統の技術を
工務店業界にも責務


見出し

量から質へと、
住宅政策の転換を図った
「住生活基本法案」が
国会に上程されたが、

同法では伝統の木造建築技術の継承も
国の責務と規定しており、

都市部のRC建築から
地域木造建築へと施策の
軸足を移したと見られる点でも
画期的な法律となった。




posted by kanno at 04:24| Comment(2) | TrackBack(0) | 木造建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月13日

つくり手は物に「魂」を・・・上棟式の話

前回の続き、人が住むためにつくる住まいが何故・・・・上棟式を行なうのか。

お金を借りないと家が建てられない現在、経費の掛かるもの全てを省略して
果たして、それで本当に家だろうか。

家をつくる過程において多くの「ものとつくり手」があって出来るわけです。
もちろん家を建てたいという、住まい手の願望(その気)とお金が第一です。

そして、物を「成就」するのには、全ての万物の恵みに感謝することから
始まるのです。
その「気」が、全ての方に理解されてこそ「本物の住む家」なのだと思う。





全てのものに「魂」が宿っているとの教えから、立ち木を切るにおいても、
木挽きは、斧入れる前に木の根元で、これからつくる器に幸の恵みと永遠に
栄昌さんことと無事完成されることを神に祈願してから、伐採を始めます。


大工においても、角材となって加工場入りした材料に、最初の墨付けの時も、
「ちょうな 釼」の神事、木挽きと同じ祈願を行ってから、始まるわけです。
それは、工事中のあらゆる災難・邪推を排除して、無事、柱が建つようにと
「柱」につくり手の「魂」を入れるのです。




そして、無事、建前となり、多くの職方、親類縁者の応援支援に感謝の意味と、
陰で支えた方全てと、その喜びを分かち合いたいと願う施主の式典なのです。


長井飛騨守忠次が、お多福女房の陰の力を舛組みに例え、「棟札」に工事関係者
施主の名を記す、女の化粧物すべてをお宮に納め、天変地変の災いを避けるよう
つくり手がその「家の魂」を入れて祭るのが上棟式なのです。





その後は、屋根の棟納めの祝、長い工事の緊張を慰労しての「中祝」、
工事完成時の「火伏せ」の神事でつくり手が開放され、親戚同様の付き合いに
なるわけです。

今の時代、「銭」と「法」だけでつくるから信頼もなく、お互いが罵りあうのは
どちらも、卑しい銭と信用と信頼の不足が、大きな問題を起こしているので
本当の「魂」のないもの同志が自己の都合で騒ぎ、それをまた煽る愚かな時代です。

写真
1 矢車

2 木挽き

3 矢車のお宮

4 お宮に入る女化粧物
 7点に人形





posted by kanno at 07:24| Comment(4) | TrackBack(0) | 気仙大工 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月08日

建前の儀式の謂れ・・・・・780年前の出来事

昭和50年秋、京都見学のときに乗ったタクシーの運転手さんとの話の中で、
商売について聞かれ、それだったら、この寺を見学しないと言われて尋ねたのが
千本釈迦堂 大報恩寺」、なぜかと言うと、家をつくりには切っても切れないのが、
建前いわゆる上棟式の儀式行なう謂れがこの寺にありとのことで訪ねました。


もちろん全国各地には色々な建前儀式があり、由来を尋ねると色々な説があり、
どの説も嘘とか本当とかではなく、「人間」がこの世に生を受け祝福されると同じで
建物が、その地に建ったことを祝うのが当然であり、現在のように全て銭だけでは
建つものでもなく、住む人間の大きな願望が成就されたことを、身内、近隣に
暮らし方々が、祝って来た風習であり、それを切り詰めて、今後周辺の方々全てと
一緒に暮らして行くのに、黙って建て住むこと事態が、地域破壊に繋がるのでは
ないでしょうか。

どんな素晴らしい建物をつくっても、周囲に歓迎されない建物は「不幸」であり
住まい手に取っても、その地に住む以上はササヤカデで良いのです。祝いを
儲けるのは、最低のマナーではないでしょうか。

それを無駄な経費と言う、ハウスメーカーセールスに乗って行なわなくなって
来たのは、目先の欲得が完成までの職人さんへの気配りを欠如が、手抜き
工事などに結びつくのではと思う。

幸い、これまでにはそのような建てぬしにも合わずこれたのは、本当に良かった。
宗派を超えて、牧師様来てイエス様の「上棟式」も経験しました。もちろん地鎮祭
も。


千本釈迦堂 大報恩寺には、どのような謂れなのかは次のようなことなようです。


由来・・・・・・・・・・・おかめ・・・・・・・・・・・・(お多福さんのはじまり)

時は鎌倉時代。大工の棟梁長井飛騨守高次が本堂造営を任されました。
ところが、この高次、本堂完成を祝う「上棟式」を目前に、本堂の親柱の
四本の内の一本を短く切り落としてしまったのです。

思いがけない夫の不祥事に心を痛めた高次の妻「おかめ」は、
古い記録を思い出し「いっそ斗組(ますぐみ)を施せば」と進言しました。

「斗組」とは短くなった木をうまく組み合わせる建築の手法で、
結果的に「おかめ」のこの発想が、後にゆるやかな屋根と、
安定感のある本堂の骨格を生み出したのでした。

安貞(1227年)12月26日、厳粛な上棟式が行われ、
本堂を見事に建築した大工の高次は、その功績を認められました。

おかめは「女の提言によって完成させたと云われては主人の恥」と
上棟式を待たず自らその命を絶ってしまったのでした。

高次は、亡き妻「おかめ」の面を御幣つけて飾り冥福と大堂の
無事完成を祈りました。

この話は大工達に受け継がれ、江戸時代の半ばに、三条の大工、
池永勘兵衛が本堂の脇に「宝筐院塔」を建立します。

それを誰言うことなく「おかめ塚」と呼ぶようになります。
この頃から京都では棟上 げに際して「おかめ御幣」を
飾り祀ることが生まれました。


また、「千本」と言うのは、釈迦堂の垂木が1000本使われていると
数えた方がおり、それで寺周辺の地名まで千本がついたそうです。??

「お多福お亀、お多福お亀、お多福お亀」。
何でも3度唱えると、そのとおりなると、年寄りから聞きました。

全ての皆様にも「お多福お亀」のご利益がありますように。




posted by kanno at 04:30| Comment(0) | TrackBack(0) | 木造建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2006年02月01日

免許・・・・・・・・・考えて見たい

大江さん、岩波さん、「大工風な生き方」・・・ huuさん(風)

「士法」の問題についてのコメントありがとうございます。

[huu] [2006/01/29 14:39] [URL]
菅野こんにちは。初めて書き込みます。
まったく、共感することの多い記事ですね。

やはり、この資格の分け方がおかしいとおもいます。
一級建築士
二級建築士
木造建築士...

こうしたらどうかな?
一級木造建築士 一級RC建築士 一級鉄骨建築士 一級…
二級木造建築士 二級RC建築士 二級鉄骨建築士 二級…

それにだいたい自分のことを「建築家」などと言っている人は、
自分では「建築」できないんですよね。
図面らしきものは描けるけど。
これじゃ”図面家”。ひいき目にみても”設計家”。
音楽家は自分で音楽できるし、陶芸家は陶芸できるのに…。
変な”業界”です。
________________________________________
[岩波正] [2006/01/26 14:39] [URL]
大工職人も、現場監督も、設計者もみんな大切な職人です。
まず、自分の仕事に責任を持たねばなりません。
一つの住まいを造るのに、さまざまな能力を発揮したいものですが、
金儲けが好きな日本人はできもしないことを自分ができるように表現し、
優れた仕事を評価し、教えをこうという謙虚な気持ちがたらないですね。
________________________________________
[大江忍] [2006/01/26 09:34] [ MyDoblog ]
菅野さんのいうとおり。資格が60点で合格なんだから、
確かにおかしい。
その60点で資格を取った私なんで、なんともいえないが(笑)
大工育成塾で講師をして2年目。やんちゃな子も中にはいるが、
一生懸命聞いてくれてる子もいる。その一人のためにも経験を
語っている。昼からの講義は睡魔に襲われ、先回は全員が寝たので、
しばらく黙って観察。語る側まで眠くなる。全く話題を変えて、
「環境ホルモンが多くなり君たちの精子は少なくなっている」
などと話始めたら、全員目が覚めた。次の時代を担う若者たちが、
ホリエモンのようなバブリーでなく、堅実に日本の伝統を継承してくれる
ことを望み、少しでも芽が出始めてることに期待したい。

―――――――――――――――――――

国民、全てが関係する建築の入口である「法律」(建築基準法・
建築士法)が、国民である一般の方々全てに、どのような法律
なのか理解されていないのが現在の状態です。

何かことが起こると、新聞・テレビ・マスコミ等が、
さも自分たちが何でもわかった様に、報道すること事態が
さらに複雑にしているのではないでしょうか。

日本国民全てが、憲法はじめ「六法」全てに違反せずに、
生活するのは不可能です。
大きな口を叩く、マスコミだって事件の取材などに個人の
プライバシーはなんのそので、取材して、正義の味方になった
つもりで報道する事だって、よく考えたら違反してるじゃないの、
早朝から関係者の住宅付近まで多勢押しかけ、取材するのだって
付近に住む方々へ迷惑かけることを、断って取材しているを
見たことがありますか。

前に「ブログ」にも書きました。人が住むために必要な住まい、
専門職種のなかで、こんな大ざぱっな「ルール」が大きな原因です。

大体、「社会を動かす建物」と、「安息を求める住まい」の大小の
区別、使用材料による専門化もはっきりせずに、「1級・2級」の
ランクだけで、社会歩かせるているから、不良・贋物・手抜き・・・・
など、無知な国民を陥れる多くの隙間をつくり、「1級・2級」の
資格の意味が国民に周知してないのです。

確かに、建築士は多勢おり、果たして「超高層〜木造住宅」まで
すべて理解し、法令違反をしてない建築士などは1人もいないと
思う。

工法などにおいても、深い知識がないととても仕事は出来ません。
本屋に売っている建築の専門本を齧って理解できたら、この世界の
「スーパーマン」です。

それだけ奥の深い知識、現場経験が必要であり、資格を取ってすぐに
1人前な「肩書き」で歩くなんて生まれたての「赤ん坊」と同じで、
無理なのです。

大学など教育に、我々の木造建築を熟知して指導しているなんての
教授などは、聞いたことはありません。そのくらい「木造建築」は
死ぬまで勉強してもわからないことが一杯あると、大工の修行の始め
た時に言われたのは、還暦を越えてもその通りです。

huuさんが書いた
一級木造建築士 一級RC建築士 一級鉄骨建築士 一級…
二級木造建築士 二級RC建築士 二級鉄骨建築士 二級…


の、ようにする考えなどと、その道の専門かを育成すんのも、国家の
役目であり、今の資格試験やり方には大きな問題があるのです。

医師のような区分けするとか、そろばんの資格ように「級〜段」
「名人」なども増設しても良いと思うのです。


ペーパー試験だけでの資格には大きな疑問と危険があり、また、
これからはそのほうが、国民に理解されると思うし、次代の若者を
育成するのにも、「目標の機会」を与えることにもなるのではないか。
それが今生きている我々の責任でもあると思う。業界の関係者と
トップよ談合ばかりでは、建物が持たないんじゃない。(^^♪

資格にも、夢があって、それに挑戦できるシステムに変えないと
良い住まいが生まれないと、思う。

法が出来て55年も経て制度疲労起こしている今、考え時じゃないの
問題が起きたときに、現象だけ追求したとて良い解決にはならない。
弱いもの虐めな「法」ではなく「血」通ったものにしてもいいんじゃない。

法を考える日本国の頭の優れた方々も時代変換した方が塩時・・・・・



posted by kanno at 04:53| Comment(1) | TrackBack(0) | 未来が見えた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
 
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。