シンタックホーム 菅野照夫
   にほんブログ村 住まいブログ 伝統工法住宅へ にほんブログ村 にほんブログ村 住まいブログ 大工・職人へ にほんブログ にほんブログ村 住まいブログ 一戸建 注文住宅へ にほんブログ村

2005年12月31日

「とり」年の、大晦日・・・・・・・

「とり」の漢字を拾って、PCから意味を調べて見ました。
「酉・鳥・鶏・捕り・取り・採り・撮り・禽・執り・獲り・摂り・盗り・録り・隹」十四文字について。

今年の干支、
「酉」=十二支の第十。鶏を表わす。〔昔、方位では西を、時法では午後五時ごろからの約二時間を指した〕
―12年に一度めぐりくり年を表しておりますが、何時の時代に決めたのかは今後の調査してみる必要があるのではと思う。

「鳥」=からだ全体に羽毛が生え、子は堅い殻に包まれた卵からかえる動物。多くは、空中を飛ぶことが出来る。〔狭義では、ニワトリ(の肉)を指す。この場合は、「鶏」とも書く〕
―本年はどんな鳥だったのかな、殻を破り生まれたものは何だろう、そして飛んだものは何だろう。

「鶏」=〔庭鳥の意〕卵や肉を食べるために飼う鳥。雄のとさかは著大。ほとんど飛べない。〔キジ科〕
―今年の鶏も、そこら中を散らかして、肉になって食われて、終わったような感じ。

「捕り」= 逃げるものをつかまえる。
―我々のの業界も、超ワルが捕まり、来年「ワン(犬)」に食われて1部のものに罪を着せて幻になり有耶無耶な事件で終わり、国民にツケを回して泣き寝入りか。(ミノモンタ、モタモタシルナ)

「取り」=動詞に冠し、「十分に・慎重に・確実に」などの意を加える。=「真打(シンウチ)」の異称。〔俗に、呼び物とする最後の番組に出る人の意にも用いられる〕
―本年の大晦日、NHK紅白のとりは誰だろう。

「採り」=〈取り込む〉〈収穫する〉〈採用する〉あなたのお考えはこの計画の中に採り入れられています.
―来年の戌年は「取り込む・収穫」になるように。

「撮り」=つまんで取り上げる。写真をとる。
―携帯電話のカメラが便利になり、撮り捲る時代の変化かな。

「禽」=とり。鳥類。禽獣・水禽・野禽・猛禽・渉禽類。―禽獣だに恩を知る、いわんや人においてをや
―今年の日本は、長い歴史の農耕民族が狩猟民族に劇的に変化した年であった。例えると自民党の圧勝、偽装事件と日本人が「猛禽」類と同じ世界になった。

「執り」=しっかりつかんで、何かをする。 先入観念などから離れられない。
―偽装問題が来年、どのような結末に終わるのか、宿題が簡単か難しいかが判るか忠実な「ワン」に任せよう。

「獲り」=動物をつかまえる。獲物にする。漁や猟で△取った(取る)動物。〔戦争や勝負事に勝って手に入れた物の意にも用いられる〕
―今後の日本は、国民を食わなきゃ生きられない民族になり、個人の勝手な時代に突入、本当に太平洋の、小島の磯に白砂がなくなり、大海に浮かぶ小船かな。

「摂り」=1 自分の扱うものとして、執り行う。2 自分のものとして、取り入れる。
―(せつり【摂理】〔キリスト教で〕 最終的に人を善へ導く、神の意志。)戦後60年経て、草臥れた国が還暦を過ぎ、次世代を考えても良い時期に来ているのではないだろうか。我々の世界も本物の「職人」を育てなければならないのでは・・・・・・・・・・

「盗り」=T ぬすむ。ぬすびと。
―民主主義とは何だろう、人を騙すそして盗む、「人」も動物の一員か、畜生。

「録り」=1 書きしるす。2 書きしるしたもの。文書。3 記録する。
― (【勒する】後世に伝えるべき事柄を記録する。)12年後のために考えよう。

「隹」=????????????(漢字字典までイケない)

戌=十二支の第十一。犬を表わす。〔昔、方位では西から三〇度北寄りを、時法では午後七時ごろからの約二時間を指した〕

勝手なことを並べた、ブログに今年1年間お付合いいただき感謝申し上げます。
何方か、今夜の「除夜の鐘百八」の意味を教えてください。・・・・・・

明日の「新年」「元日」「元旦」、そして来年一年も良き年であるように。




写真
垂木の峠の収まり(自分の手を組んで頭に持ち上げた時と考えて)
登り合わせ繋ぎ、組む時から一対でないと組めない仕口,絶対と言って良い位外れなく、トラス構造になります。
これも「伝統工法」じゃない。
またデータなどと言う、木の組み方を知らない輩が焼き餅をヤクンジャナイ。
もうチョット勉強したら。今年はこれで御終いさいなら・・

1年間の落書(総ブログ)は、「80」末広と丸でした。・・・・・・・・・・・・


posted by kanno at 06:42| Comment(0) | TrackBack(0) | 未来が見えた | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月28日

コメント、「本物の家を造る方」と「考えている人から」 3題・・・・・・・

ブログを掲載すると、読んだ方が
後日コメントを書いてくれますが、
もう一度来てくれ方が少ないと思い、
再度ブログコメントを読んでいただきたいので
掲載します。(気仙大工)

「つくり手」1題

[「木の香」松田俊介] [2005/12/26 21:59 
http://www.doblog.com/weblog/myblog/33436

普通の事を普通にやって、それは違法だ!とか何も木を知らない方に、基準はこうだからあなたの建てている家はダメ・・でも、書面・数字上でうまくごまかし、金物で固定し壁倍率だけ高ければ、耐震性・耐久性に優れる家と宣伝しそこに住まう人を騙し、30年もすれば耐久性ガタ落ちの家造りを行うメーカーや多くの建築を産業として行っている方々・・また無知か癒着か知りませんが、それを推奨し続ける国や金融機関、新築棟数でしか判断しない大手銀行・・これでは、良い家が欲しくても、一般の方々はたどり着くまでにヘトヘト・・。でも、本物の家造りに出会うのはそんなに難しいことではない事、自然に考えることです。1000年も前から木を組む技は有ました。その技術で造られた物は100〜1000年残っている。今多く行われて家作りはタカダカ20〜30年?どうして、20〜30年で耐震性も耐久性も失われ壊されて行く家が良いのかな?。
それでは





「考えている方」 2題

[かっちゃん] [2005/12/21 16:38] http://ameblo.jp/tokiwakamesan/

翻弄
まさにこれにつきますね。

机の上でしか計算していない輩に 任せたのが悪いんです。
どんなもんでも出来ちゃいますよ。
紙と鉛筆があれば。
あと、ドラえもんがいれば ですね。(笑)(^_^)。

何十年 何百年 培ってきた伝統は大きいですよね。

温故知新
当然新しいことも求めていく姿は必要だと思いますが・・・




[吉田晃] [2005/12/19 02:45] http://www.doblog.com/weblog/myblog/33433

戦前は警視庁が建築を許可していた。戦災で焦土と化した地を復興させるため、建築技術者を建築士として養成し建築基準法という最低基準を作り行政は建築士から出されたものを確認する「確認申請」で対応してきた。実体は役所は行政指導という許可だが責任は取らないと言うカタチが生まれる。民間に移行されてそれを逆手に取って商売しようと言うやつが現れる。僕は、民間検査機関というのは天下りのじいさんばっかりで見落としていたのだとばかりだと思っていたらとんでもない、出てくる検査機関は確信犯です。同じ日本語を喋っているから通じているようだけれど、あいつ等はどこか別の国から来た異星人です。明らかに僕らの敵です。、、、、、、と言うようなことを考えていたら、面白い本に捕まった。「拒否できない日本=アメリカの日本改造計画が進んでいる」文春新書 関岡英之著 ははははは

コメントありがとうございました。




posted by kanno at 05:09| Comment(0) | TrackBack(0) | 木造建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月26日

和田さん、日本住宅新聞掲載記事ありがとう

[関連したBlog]
和田さん
日本住宅新聞記事掲載ありがとうございました。
大工が当たり前の仕事をしただけなのに、ニュースになるなんて
やはり、建築基準法って、クビを捻ると、変に思わないですか。

木造建築伝統工法の基本は、「あな」「ほぞ」と「上木」「下木」が
伝統工法だと、認識しておりますが、その仕事が「法」にソワないから
違反と言う方々て、何処の方々、亡国の幽霊ではないの
建築確認を見逃したニホン(日本)足のない幽霊じゃない。

そして、「ツケ」は全部国民が支払うんだて、真面目な国民を
幽霊がなめているんじゃない、これでは先のみえない「とうだい」(東大)
なんか、クソクライですが。・・・・・・・・・
 和田さんのブログに書いた(コメント)のコピー




12月の頭、「NPO緑の列島ネットワーク」、木材品質基準策定委員会の聞き取り調査に、座長鈴木有 委員山辺豊彦 佐野春仁 加藤長光 薦野愛さんが気仙を訪れた時、施工中の現場で説明したのを、同行された日本住宅新聞の記者が取材されたのです。

木造建築伝統工法はなんぞやと言われた時に、自分は木材に「あな」をほり、「ほぞ」をつくり、「下木」の水平材に交差して「上木」を乗っけて組むのが伝統工法だと説明しますが、これは当たり前の仕事ではないでしょうか。

(おとこ〈オス〉・おんな(メス)、夫婦関係と同じ永遠に不滅関係が伝統工法じゃないの。金物だけ使った関係なんて金の切れ目が縁の切れ目じゃないですか。) 駄洒落でした。

現在、法が言う「ほぞ」「あな」は短ほぞの「ダボ」工法だから、めちゃくちゃに金物と釘打ちのやっつけ仕事を「法」が正当化しているだけじゃないでしょうか、これは「バラック」の安普請建物でやる仕事なので、これを「社寺建築」でおこなったら、とても京都「東本願寺」の御影堂などは出来ないと思いますが、法が奨励するバラック工法から早く、目覚めないと職人の技術技能の伝承できないと思います。




姑息に考えると、日本の最高学府の看板だけの研究者よ、もうすこし「ものつくり」の基本から勉強しても好いんじゃない、伝統工法職人のアラサガシをして、自分を正当化するなんてちゃんちゃら可笑しいんじゃない。

これからも続く歴史の中で、ものつくりの基本は不変であり、世界に誇れる我国の「大工」「左官」の技術は、地球の資源を食いつぶさず、環境にやさしいことを理解せずに自己のメンツにこだわり、幽霊と一緒なり、技術国を亡国にして、売国する輩と一緒じゃたまったもんじゃないと考えますが。

そして、鉛筆と消しゴムで線を引く方々も、職人の技術と物を、もっとしっかりと奥を極めてから線を引いても遅くないし、ペーパーテストに合格をしたら1人前との錯覚が、今回の問題を引き起こし、大勢ではなく一人でも仕事が出来ることが、ハゲタカの弱い獲食になりの思う壺になって、このようなシステムを作り出した「法」、自らが犯罪者作り出したといっても過言じゃないと思う。ものつくりを食いつぶしてはどんな線を引いてもただの線であることに、早く気づいてもいいんじゃないの。




桁梁・柱重枘差工法は、気仙大工の先達が古くから、差物を梁行桁行などを組む工法に持ちえており、今回それを桁梁に置き換えて仕事しただけなので何の目新しい工法でないのです。

現在、短ほぞの「ダボ」工法で仕事している方に取っては、面倒くさいと考えますが、現在大工道具の一つになっている、電動工具で楽に作ることが出来ます。もちろん組む時にも桁梁はテーパーに作るので、簡単に刺さり、最後はキッチリと収まります。

只、材料の巾は150o×成240o以下にはしないでください。木材の断面欠損が大きくなると地震時の強度が発揮されません。桁は良いのですが、梁も柱で受けることが大事であり、柱がないときは釣り束と丸ダボ2本等で補い、込み栓楔などは絶対手抜きせずに施工してください。重ほぞ・穴などは梁を引っ張り出来るように作ることで、強度が増すはずです。柱ほぞ・あなは50o×90o以下にはしないでください。

何で、材料寸法が5寸×8寸なのかというと、スパンが12尺跳んでも、普通の屋根荷重であれば持ちます。気仙は雪が少なく雪荷重が大きいところでは慎重な施工を考え、危ない橋は渡らないのが伝統工法なので、「法」と計算が良くても、やってはいけないことは職人として絶対駄目です。設計者が計算上耐うるといっても、第二第三の問題児は作りたくありません。

建前時写真
http://www.doblog.com/weblog/myblog/33509/2009459#2009459


posted by kanno at 03:55| Comment(2) | TrackBack(0) | 木造建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月15日

「倭の国」が亡国に、・・・・・・・・・・

マツダさん。
コメントの返事を書いたら400字越えたからアウトだって。
表にやり直して、返事します。

もちろん、真面目に怒っています。
国会の証人喚問で判るでしょ。我々、「ものつくり」が卑しい輩に翻弄されている構図が、ハッキリしたでしょ。

弱いやつに全部押し付けるように、システムをつくった、「建築基準法」、「学・官・産」にろくな輩がいない実態と、「ハイイナ」マスコミの餌食になった、最大の犠牲者。「法」はだれのためにあるのか、国民なのか、利益誘導者のためにあるのか。

伝統木造なども、戦後出来た「法」の大きな犠牲者で、モノをつくったことがない
「官」と結びついた建築学の看板だけの「大学教授」に「ケチ」をつけられ、
伝統木造のアラサガシしか出来ない輩が奨励した「穴」が小さく浅く、「枘」は
短く小さくて良い工法に、金物をやたらメッタニ留める方法を奨励した「法」は
「手抜き工法」奨励以外になんと言ったら好いのか。

(法がつくられた時代の木造住宅は、3寸角の考えで発想した法、現在もそのママが基本なので当時はバラック工法が一般的。法以前の工法は横架材などは、あなたの仕事ように、丸太に近い材が大半だったのです。そして大きな穴、太い枘が主流だったのです。戦後安普請工法をまともだと、決めたのが木造しらない先生と呼ばれる方が西洋の書物を参考に作られたと聞いております。だから本来の伝統構法は知らなかったいっても過言ではないのです。)

昭和30年代までの建物仕事は真ともに仕事が行われてきたが、国が住宅金融公庫と言う、国の金貸しが導入されだしてから、法順守が大きく叫ばれて「法」を守らないと、全てをシャとアウトにした。「霞ヶ関」の亡霊に「国民」と真面目な、ものつくりが「亡国」の最大の犠牲者ではないのか。





posted by kanno at 05:38| Comment(3) | TrackBack(0) | 木造建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月14日

倭の国を憂う、[建ものつくり、手抜きこうじ奨励法]・・・・・・・・・・

今から60年前1945年(昭和20年)8月15日,
日本国は第二次世界大戦に破れ、戦争相手国の米軍の大空襲攻撃により焼け野原になった都市の生活者が最初に求めたものは、まずは「喰こと」から始まり、雨露を凌ぐことが第一だったのである。
とにかく焼け焦げても遣いえる「もの」を何でもかき集め、「暖」を取り、焼け野原の生活、とにかく雨を避けるのには「屋根」を架けなければならなかった。現在の家つくりから考えたらとても想像できない日々、贅沢などは当時の流れから、大戦以前の国の教えは「贅沢は敵」とのことで貧弱な生活が余儀なくされ、国を動かし執行者により添ったものは、闇米など没収したものを横取りして、甘い汁を吸っていたのは、国が貧であろうと、豊かであろうと何時の時代に変わらないのである。





荒廃の国状を再建するため、建物にも最低の「法」をつくり再建しなければと昭和25年(55年前)第3次吉田茂内閣時に施行されたのが、「建築基準法」である。
基本である「総則」は1条〜18条からなるが。法の(目的)第一条、この法律は、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する最低の基準を定めて、国民の生命、健康及び財産の保護を図り、もつて公共の福祉の増進に資することを目的とする。

このように「最低基準」が時代と共に見直され、細かな条文、政令などは改正されて来ましたが、法が出来た時の建物つくりの考えが大きく変わっても、細かな部分の修正のみで、「バラック法」に「高層建物法」をドッキングさせて来たツケが、現在の社会問題が露出したのである。




材料を混合した人工骨材(セメント、砂、砂利 鉄筋)の建物、超高層などの大規模建築の「鉄骨」建物、国際化時代の輸入した外国の建物工法、わが国の自然環境で育った「木」、伝統構法の木材を一緒にした「建築基準法」は、今回社会問題となっている時に解決するべきであり、見直し時でないでしょうか。
知識を習得し、ペーパーテストに合格すれば「建築士」の資格があり、どんな建物でもつくれることを考え、罰則規定(法による脅迫)のみでは、逃げる輩を追いかけるだけで「法」の目的から段々かけ離れていくのではないでしょうか。知識だけを得て、物に触ったことがない資格者を作った、「霞ヶ関城」の大きな誤りに、国民が気づかなければ、日本国はどこかの国の奴隷にしかならないのではと思う。




建物つくりの大きな転換点は商人(あきんど)の考えが大きく進入してきたこと、たてもの造りではなく「銭」儲けの方に移行しだし、そして国策の金貸し商売の手になって、ものつくり手(職人)は消耗品としてしか扱われなくなって、現在に至り後継者を育てることもせず、地方にいる職人にも、銭をちらつかせ、都会に引き出し、国家的損失を政府自らが奨励したのが現在の手抜き工事を奨励「建築基準法」の「最低の姿」なのである。
もっと、「日本人」よ、しっかりしなきゃ、油断したら「東国」「西国」などの外国の植民地になちゃうんじゃない。





(敗戦国日本の戦後は、ずる賢い連中のやりたい放題となって、現在に至っているといっても過言ではなく、民主主義とは名ばかりの表看板、中味は官僚統制された社会主義の時代が60年つづき、多くのほころび集積が、現在の姿であり、55年前の「バラック法」にしがみつき、国は「伝統と未来」を否定し、第一次産業を食いつぶして、繁栄したと、執行者の豪語(ほら吹き)に踊らされている国民をいかにされるのか。未来が見えず銭を持っている輩に、弱者の血液を「ストロー」で悉く吸え上げ、謳歌しているのを見ると、働くしか明日がない大半の国民をどうするのか、我々、「ものつくり」が考え、作る、足元にある「資源と伝統技術」が生かされる、今すぐ進路方向を変更してもらわなければ、次世代の分まで食いつぶしては孫子に恨まれるだけである。)

今,考えないと、これから先は足元に明りのこない、なんとか「とうだい」の食い物にされると思うよ。


写真 
気仙で,百数十年前の最大級の木造の家、骨組み(木質調査委員会で見学することが出来ました。)





posted by kanno at 06:00| Comment(1) | TrackBack(0) | 木造建築 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月11日

冬なのに・・・・・・・

12月なのに、東の空に「夏にできる雲」入道雲
外壁の色の確認に施主が指定した家に行く途中
塗装屋のボスが助手席で、なにやらおかしな空、
雲が何でだろうと携帯写真に納めました。

8日の午後山の向うは太平洋上




2軒目の家から見た山、
義経の時代、みちのく平泉・藤原3代が「金」を
掘り尽くした、「氷上山」」、通称お火の神,
金が出た当時、純金が八畳間に、山に積んだ
くらい堀出したとの言い伝い残っており

それが現在まであったら良かったのになあー




そしたら、昨日(10日)から寒くなり午後からは粉雪に
今朝夜が明けたら、白銀の世界、今年最初の積雪となりました。
(ほんのちょぴり)

師走に入り、例年より寒い日が続いておりますが、
今、寒いということは正月頃は暖かいのでは予想しています。

先日の木質調査の日などは、委員の方々が寒いといって
ましたが風邪を引いてないだろうなと心配してます。




庭のドウダンも綿帽子をかぶり、本当に寒そう・・・・・・・

でもこの寒さは、木材に取っては大事なのです。
(気仙地方では)
材木の自然乾燥には、絶好の機会となり、
今切る「木」が一番旬であり、色といい、艶といい
又、丈夫さと長持ちする材の伐採は、この時期なのです。

年明け早々にも、近くの山の木を伐採する
予定なので、その頃に又も、寒波が来るように、
食べ物にも旬があるように、木の伐採にも旬が
あるのを忘れないで、森林組合などでは、
年から年中切っていますが、そのような
「材木」は工業材の集成材に、化けていって、
木ではなく、化学建材に化けた建築用材に
なっているのです。そのような材は狂いは
しないかも知れないが、そのような木の器住む
人間の方が狂って来るんじゃないかな。

新聞など社会面に出てくる狂ったのはそんな
化学建材の家に住んでいる方々かも知れないよ。
?????????????





子供頃にはよく食べた柿の実

今では生活が贅沢になり、取って食べる子供も
いなくなり、冬枯れに枯葉も落ち、鳥の餌には
絶好の食べ物なのです。

彼らとの共生は天変地変をいち早く察し、泣き声が
変わります。
余り増えすぎるのも良くないですが、米を精米した時
匂いで判るのか、雀が飛んで来て雪の上などに、
蒔いた米ぬかなどをついばんでいます。

田舎と都会との違いは、そのように自然界の生き物など
からの情報で助かることが結構あり、天気が良い日に
鳥が集団できて、急いで餌をついばんでいるのを見ると、
天気が悪くなり食べられない時間が長いからだと察しが
つきます。

今の自然学は、学校とか書物からしか知識を得てないので、
日本も段々怪しい時代が来るのではないかと予想します。





2005年12月05日

木質基準策定委員会・・・・・気仙・聞き取り調査

師走のある日、「NPO緑の列島ネットワーク」が3年前からNPO事業として「木材品質基準策定委員会」を設け、全国各地域の国産材利用について「地域基準」作成のため、聞き取り調査をして来ました。
レポート締め切りが今年の末となり、東北地域を聞き取り調査してからとのことで、延べ3日間お付合いさせて戴きました。

NPO緑の列島ネットワーク・木質基準
http://www.green-arch.or.jp/basis.html


東北の中でも、気仙は国産材利用については特異な地域ではないかと思います。特に「杉・松」の超長材を利用しての家つくりは伝統的なものを持っており、現在工事中の住宅をはじめ、過去の民家などを含む、幅広く調査して行きました。




先人がつくり育てて来た、伝統の技術を持ちながら、大規模公共建物に地元材を使ったものは数件(片手指)しかなく、行政を含め、地元建築設計者に取っても木造建築と地域材に対する意気込みは全然無いに等しい。
現在、社会問題になっている、輩の時代になってからは、トンと方向が変わり、将来粗大ゴミにしかならない建物、コンクリートで作る方向にしかなっていない。そして、ちょっと資料を齧ればわかる設計者が、安易な方向のみに向かっているのが現状である。





調査のなかで、出会った建物には大工にしか考えられない、「木」から物を聞いた建物に多く出会いご協力を戴きました。幾ら鉛筆で「絵」を書いても、そんな木は何処にもないのである。加工すれば別ですが、自在定規でしか書けない、自然の儘を表現できる設計者は無いのに等しいのが今の状態である。




自然な形にはごまかしがなく、計算軸でやる設計は今回の事件のように勝手に作りそして逃げるのが、今の建物つくりの現状なのである。数値を並べたものしか信用しないシステムにも大きな問題が存在していると思う。そして現在の「ものつくり」設計者は「自然学」を知らないのが大半であり、専門の学を学んだのが、一番建物つくりが判っているとの錯覚、また住まい手も、言葉巧みな輩の話に「命」を担保に銭を借り、家族にバラ色な生活の夢を見たのが、目が覚めたら大きな棘のバラの林の先には、強風が吹き曝し断崖絶壁に立たされ、明日はどうなるのか。余り、安くて良くての、住まいなんて、恐らく不可能なことを認識されるのが、「本物の生活」時代に入ることになるのではないでしょうか。

ことわざ
「安物買いの銭失い」、正に昔の言葉に重みがある。
命を担保に銭を借り、安物で儲かったのは、買った時に気持ちで儲かったのだから、
一生苦しむのも、「自業自得」、我々は真面目にものつくりをしています。


posted by kanno at 12:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 気仙大工 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2005年12月01日

日本一、でっかい県に、サイタマから来た嫁っこの「ブログ」

東京総会、準備された皆さんごくろうさんです。感謝・・・感謝
また遠路参加された皆さんありがとうさんです。

四角い建物に携わっていると、なぜか話題も四角から出られずにいるようなので、
自然が「丸」(円・縁)く出来ているのに気(木)がつかずにいるようです。(二次会の酔っ払いの話)

木の家も元を正せば、丸太から始まっているのです。
物事もマルクしようと、皆んな頑張って日々を過しているのに、
丸くならずに頭のてっぺんばかり、掻いているようで。

話が変わります。地元といっても日本一でっかい県の変わった話。
いわてに来る人には、自然の魅力に惹かされて、
そのまま自然に居ついた「よっめ子」の「ブログ」が超人気、
皆さんも一度見て見たら,
おおらかな生活をイラスト入りで書いてますが、
真面目に、四角いことばかり考えていると、段々顔まで四角になるんじゃない。
マァールクいきましょう。・・・・・・・・・・・・・・

リンクにも掲載しました。
三上亜希子の「農家の嫁の事件簿」
http://kamatsuta.exblog.jp/

NTT東も本人紹介
http://www.ntt-east.co.jp/universal/web5-3.html

 
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。